中編

□01
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 足先に転がる三つの石。

普通の人ならば気にもかけない景色の一部だろう。

しかし、私はくのたまだ。

更に言うなら、この忍術学園の最上級生。

仕掛け罠のサインを見落とす訳がない。

避けて通ろうと体の向きを変えた時、頭上から聞き慣れた声が降って来た。


「ざんねん。」


 ななしは小さく溜息を吐き、声の出どころへ視線を向ける。

側に立つ木の枝に人影があった。


「綾部、なんのつもり?」

「やっぱり名無し先輩は、簡単には落ちてくれないですね。」


 苛立ちは隠さなかったはずだが、綾部は物ともせず、眉一つ動かさない。

ここ数ヶ月、毎日の様に落とし穴を仕掛けられている。

私がよく通る道にばかりだ。


「そろそろ仙蔵に言いつけるよ。」


 腕を組んで言うと、綾部は柔らかそうな髪を靡かせて木の上からトンっと降りてきた。


「それはちょっと困ります。」


 焦った様子もなく言うので、本当にそう思っているのか疑わしくなる。


「私も困ってるんだけど。」

「名無し先輩が僕の落とし穴に落ちてくれたら、それで満足なんですけど。」


 まるで、私が落ちれば済む話だと言われているようだ。

自分が折れることを微塵にも考えていない口ぶりに、頭が痛くなった。

この子を上手く手懐けている仙蔵を尊敬するよ。


「分かってて落ちる人なんていないでしょ?」


 埒の明かない押し問答にななしがどうしたものかと思案していると、綾部は懐に近付くように側に来て「困りましたね。」と楽しそうに微笑んだ。

本当に分からん。

この綾部喜八郎とかいう後輩が何を考えているのか。


「そもそも、どうして私を落とし穴に落としたいの?」


 話が進まないので率直に聞いてみた。


「僕の落とし穴に落ちないのは、あなたと立花先輩ぐらいなんです。」

「……はあ。」

「僕は卒業までに名無し先輩を落としたい。」


 呆けた私とは対照的に綾部の表情は至って真剣だった。


「うーん、落とし穴に落としたい気持ちは良く分かったけど……私は簡単には落ちないよ?」

「だからです。」


 綾部の揺るがぬ挑戦的な姿勢にわずかに目を見張った。

私の先輩としてのプライドは低くない。

罠に掛からない自信はある。

 綾部はななしの表情を見て一歩前へ踏み出ると、わざとらしく腰を屈め私の顔を見上げた。


「これからも付き合ってくださいね、名無し先輩。」


可愛らしい仕草とは裏腹に、細まった目元は狡猾的だった。

自分の容姿を理解しているかのような振る舞いが、忍たまながら恐ろしいなと思う。

仙蔵が気に入るわけだ。

仕掛け罠の技術を抜きにしても良い忍びになれるだろう。

ななしが諦めて大きく溜息を吐くと、綾部は嬉しそうに笑った。

猫の様に自由気ままで扱いずらい、ただ、時折見せる笑顔は最高に可愛いんだよな。

ななしはそんな事を思いながら綾部のくりくりした目を見つめた。











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2022.07.29

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