短編

□六代目火影
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「六代目!お願いですから仕事してください!!」





机に両手をついて懇願する私の声は、虚しくも部屋に響いて消えていく。






目の前には上半身をダラリと卓上に垂れた六代目、カカシさんは虚ろな目をしている。





腕の横に積み上げられている書類は先ほどから1ミリも減っていない。







「もう無理、休ませて……」






答えるカカシさんの声は火影とは思えない程に弱々しい。







私だってそうしてあげたいのは山々だが期限が近いものもあるし、溜め込んだら結果的に自分を追い込むことになる。






今日はシカマルが任務に出ていて手伝ってくれる人もいない。






さすがに私が手伝える範囲も決まっている。






どうしたものかと溜息を吐いた。







「少しだけですよ、休んだ後は仕事してくださいね。」






渋々言うと机から顔を上げたカカシさんはニッコリと嬉しそうに微笑んだ。






「ななしのそう言うところ、ほんっとスキ。」






「はいはい。」






私はできそうな書類を吟味しながら適当に相槌を打つ。






「ねぇ〜聞いてる?」






「聞いてますよ。」






カカシさんは事あるごとに私の事を好きだのなんだの言う。






だがそれは私を上手く操作する為の手口だと思っている。






冗談ぽく口にするその言葉がどれだけ私を苦しめているのか。






人の気持ちも知らないで……






なので一々反応していられないし聞き流すのが一番だ。






私は必要書類を手に取ると席について資料を確認しながら作業を進めた。






シカマルならスラスラと処理できるのだろうが、私と彼とでは悲しくも頭の出来が違い過ぎる。






パラパラと書類を捲っていると不意にカカシさんの顔が視界一杯に映り込む。







「わぁ!!」






驚いて後ろに体を引くと背中を椅子の背で思いっ切り強打した。





「っ…」




声にならない音が口から漏れた。





「大丈夫?」






「だ、大丈夫じゃないです……」






平然と聞いてくるカカシさんに苛立ちを感じながら、痛みに背中を抑える。






「なんで脅かすんですか、六代目。」





「だってーななしが構ってくれないから。」






拗ねた様に口を尖らせるカカシさんに子供かと心の中で突っ込む。







「六代目が少しでも休憩できるようにと、こうして私が手伝ってるんじゃないですか!」






「はぁ〜」





なんで今のタイミングで溜息なんだ。






「ななしさ、六代目って言うの止めて?」





「は?」





「だーからななしに六代目って呼ばれるの嫌なの。」






一体何を言ってるんだこの人は。






呆れて眉間に皺を寄せる。






「無理ですよ、もう火影様なんですから。立場が違います。」





カカシさんは火影。





私は火影補佐の一上忍。





当たり前だがもう昔の様には呼べない。






「じゃあ火影命令ね。ほら、名前で呼んで。」





「そんなことに使わないでください。」




げんなりしてカカシさんを見るも、当の本人はあっけらかんとした表情で少しも悪びれていない。





「火影であるオレが良いと判断して命令してるんだ、ちゃーんと従わないとダメでしょ?」





「うっ……」





どうしてそんな頑なに。





二つの漆黒に見つめられてたじろぐ。





私が逃げ出さない様、ご丁寧に椅子の背に両手をついて。





カカシさんは徐々に距離を詰め圧をかけてきた。






「ななし。」






「わ、わかりましたから。だから…ちょっと離れて。」






恥ずかしくて、これ以上距離が縮まらない様にカカシさんの胸に両手を添える。






「このまま聞かせて。」






なんで。





今日のカカシさんは一段と意地悪だ。






いつまでもこの状態だと私の心臓がもたないと覚悟を決める。





「カ、カシさん……」





すぐそこにある顔を直視できずに言うと、両手で頬を挟まれた。





強制的に視線を合わせてくるカカシさんに顔に熱が集中する。






「もう一回。オレの目を見て言って。」





もう、どうにかなりそう。





苦しい程に心臓が脈打つ。





たかが名前を呼ぶだけじゃないかと己を落ち着かせる。






「……カカシさん。」





「ん。」





カカシさんは満足そうに優しく笑う。






「オレってさ忍耐力には自信があったんだけど、ななしに関してはそうでもないみたい。」





いきなり忍耐力って何の話?





私がパチパチと瞬きを繰り返すと、更に顔が近づいてきて口布をつけたままのカカシさんの唇がそっと触れる。





呆けた私の唇に。






ほんの一瞬の事だった。






「こうすればオレの好きってちゃんと伝わる?」






状況を理解して、もう手遅れだが両手で口を覆った。






「冗談だと思ってたでしょ?」






そう言って笑った顔が見たことない様な大人の顔で。






いつもの適当なフワフワした感じは微塵も感じない。






「オレの気持ちが伝わったなら、ちゃんと考えてほしい。」





そう言いながらカカシさんは自信がなさそうに眉をさげる。






ここまでしておいて……






どうしてそんな顔をするのか。






私は椅子の背から離れていくカカシさんの手首を掴む。






カカシさんは私の行動に少し目を見開いた。









「ちゃんと伝わりました。」











ずっと。






ずっと見てきた。






私は小さい頃からカカシさんだけを。






遥か遠くの存在だと思って諦めていたのに。







私は掴んでいた手を引くと、驚いているカカシさんの唇に自分のそれを重ねた。







ほんの一瞬。







カカシさんの目は先程よりも大きく見開いている。









「これで、私の気持ちも伝わりましたか?」







そう言うと、カカシさんは微かに眉を寄せた表情を見せて、腕の中にすっぽりと私を収めた。











「……あぁ。」






耳元で聞こえる声は火影とは思えない程に弱々しい。






私はゆっくりカカシさんの背中に手を回すと、今までひた隠しにしていた想いが伝わりますようにと力を籠める。










コンコンッ





「失礼しま……え、どうされたんですか?」







報告に入ってきたライドウが、机の向こうでひっくり返っているカカシを見てぽかんと口を開ける。







私はノック音に驚いて、ついカカシさんを突き飛ばしてしまったのだ。






「あ、ごめんなさい六代目!!」






すぐに我に返り駆け寄って助け起こす。






「ななし〜」





ジト目で見られて私は居たたまれなくなる。






火影のただならぬ気配に、側にいたライドウは一歩後ずさった。






「な、何か揉め事でも?」





カカシは立ち上がると気にしないでと笑顔で席に戻った。





私はその場で頭を抱える。





「え?え?」





ライドウは焦って交互に私たちを確認する。






「で、何。報告でしょ?」






笑っているのに漏れ出るオーラが恐ろしい。






ライドウは一刻も早く立ち去りたくて早口で報告を終えると、すぐに執務室から出て行った。









「ななし。」





「…はい。」





「ちょっと、こっちおいで。」





私は立ち上がって机を挟んでカカシさんと対面する。






「違う違う、こっち。」





自身の横を指さすカカシさんに戸惑いながらも、指定された所まで近づく。






くるりと椅子を動かすと、腕を引っ張って私を膝の上に乗せた。






「な、何ですか!」





狼狽する私の頭を押さえて片方の手で口布を下ろし、噛みつくようにキスする。







「んっ!」










チュッと音を立てて離れたカカシさんの顔は不機嫌だった。






「今度六代目って呼んだら……これよりすごいことするからね。」






背筋にゾゾっと悪寒がする。





こ、これが火影の圧。






血の気の引いた顔でコクコクと頷く私と対照的に、カカシさんは笑顔を見せる。






「ここじゃーろくにイチャつけない。ってことで一緒に住もっか。」






いきなり笑顔で何を言い出すんだこの人は。







「火影命令……じゃなくてオレからのお願い。」







優しく微笑むカカシさんにドキッと心臓が音を立てる。







「カカシさんのお願いなら、仕方ないですね。」







そう言って顔を緩めた私に、カカシさんが再び唇を重ねてくる。







味わうように優しく。







名残惜しくも顔が離れ、見つめ合い。






頃合いを見て膝から立ち上がると、私はカカシさんの両肩に手を置いた。











「でも仕事中は六代目って呼びます。絶対に。」






「え?」






「それと執務室で触ってくるの禁止。」






「え!?」






「あと……大好きです。」









その言葉を聞いて耳まで赤くしたカカシさんを放置して仕事に戻る。






先ほどよりもスラスラと作業が進んでいくような気がした。








「ほーんと、ななしには敵う気がしないよ。」






そう言って椅子を回し、カカシさんは机に向き直る。









「早く終わらせて、一緒に帰りましょう。」






ね?と声を掛けると口布で見えないカカシさんの口元が弧を描いたような気がした。







「そういう事なら、仕事なんてさっさと終わらせちゃいましょーかねぇ。」






そう言ったカカシさんは、未だかつてない程の速さで仕事を終わらせた。



















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