短編

□あの頃D
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「誰かジュース買ってきて。」





炎天下の中、私と硝子はグラウンドの階段に座っていた。





目の前で組み手をしている悟と傑が私の提案に動きを止める。






「お前らもちょっとは練習しろよ!」






余りの暑さのせいで悟の声にさえ反論できない。







「悟、ジュース。」





「うるせーよ!」





二人は階段の方へ近づいてくるとザッっと土をこすって音をさせ、同じように側へ腰を下ろした。






「じゃんけんでもする?」





傑はそう言うと手を前に出す。





悟も渋々手を突き出した。





「……仕方ないか。」





私は観念して手を出す。





硝子は暑さのせいで先程から一言も言葉を発していなかったが、ゆっくりと手を出した。






「一回勝負な!」




「はいはい。」




悟の声に傑が答えると、続けてじゃんけんと声を発する。










「マジか〜」




「やだ〜!」





私と悟がグー、傑と硝子がパー。






そして最終。





悟に負けて私が買いに行くことになった。





「みんな酷いよ…」




「俺カルピスな!」




そう言いながら悟は嬉しそうに口角を上げる。





「私はスポーツドリンクで。」





硝子が始めてしゃべった。






「ななし一緒に行くよ。」




「え?なに、どうしたの傑!」




「一人で4本持つの大変だと思って。」




いや、そんなことは…じゃあ傑が行ってきて、とは絶対言えない。




「ほら行こうか。」




と、傑は私の腰に手を回して促す。




「す、傑。」




何だか怪しい笑みを浮かべる傑に、私は流れるままに校舎へ向かって押される。






「おい!傑。」




私たちの背中に悟の声が飛んできた。





「何企んでるんだよ。」




「……別に何も?」




え、なに?




私は二人の顔を交互に見る。





「……俺も行く。」





あれ?じゃんけんした意味。





もう悟と傑で行ってくれたらいいのにと思ったが、二人の空気に口が裂けても言えない感じがした。






「私もいく。」




「え?硝子まで?」





何がなんだかわからないまま、結局私たち全員で自販機へ向かった。







「はぁ〜要らない事してくれるね。せっかくななしと二人きりになるチャンスだったのに。」




傑は盛大に溜息を吐く。





「やっぱ企んでんじゃん!ていうか早くその腕放せよ。」





悟にそう言われたが、傑は頑なに私の腰に手を回している。





体が密着していて熱い。





「傑、暑いよ。」




そう言って私は傑を見上げる。





「じゃあ脱ぐ?」




「……脱がない。」





笑顔で何言っての?




暑さで頭おかしくなっちゃった?





「暑さで頭イカれたか?」





悟と意見が一致するなんて珍しい。






私たちは自販機のところまで来ると順番に冷たいドリンクを購入した。






建物の影に入ってそれをゴクゴクと勢いよく流し込む。






「あー生き返る…」





食道から胃にかけて冷たさを感じ、暑さが和らいだ気がした。





壁にもたれながら頭を垂れていると、数メートル先の方からキュッキュッと金属が擦れる音がして顔を上げた。





庭に設置された水やり用の水道を悟が見つけたらしい。





悟の手に握られたホースから水が噴き出して、ジャバジャバと足元に水溜まりを作っていく。





「悟、怒られるよ。」





傑が注意するも彼は聞く耳を持っていない。





「大丈夫だろこれくらい。」




そう言うと悟はホースの先を摘まんで傑に向けた。





もちろん勢いの付いた水が傑を襲う。







「……悟。」




ワントーン低くなった傑の声に、悟はゲラゲラとお腹を抱えて笑う。





傑の綺麗な黒髪から雫が滴って、頭から足先までびしょ濡れだ。






「あー」





「何やってんだアイツら。」






やってしまったと私は声を漏らし、横にいた硝子は呆れ顔だ。






「覚悟はできてるのかな?」





顔は笑っているが傑の声は恐ろしい程に怒気が含まれている。






「いーじゃん涼しくなっただろ?」





全く反省の色を示さない悟は、今度は真上にホースの先を向ける。





サーっとベールの様に悟の周りを水が囲った。





飛沫が舞って冷たい風がこちらまで来る。






陽の光に当てられて輝く水滴に、二重の虹が掛かったのを合図に追いかけっこが始まった。






目の前の二人は水を撒き散らしながらあっちへこっちへ。







辺りに充満する飛沫のおかげか心持気温が下がった気がする。







「硝子。」




「ん?」




「嫌な予感がするんだけど。」




「奇遇だな、私も感じてる。」





持っていたドリンクのキャップを閉めた瞬間、頭の上から冷たい水が降った。






悟の標的が私たちへ切り替えられた様だ。







ぎゃははと私たちを指さしながら涙を溜めて笑う悟に傑の平手が飛ぶ。






頭をバシッと叩かれた悟は痛てっと上体を折った。







夜蛾先生を含め私たちを無限の対象に入れていないのは、悟なりに信頼している証なのだろう。







髪から落ちた水滴が顔の中央辺りを流れる。







硝子もびしょ濡れだが涼しい顔をしていた。






暑さで躱すのも面倒で、頭の上からモロ被ったので首を伝って服の中まで濡れてしまった。





冷たいTシャツが肌に触れ、そこにゆるゆるとした夏特有の風が通る。





始めこそ悟に殺意が湧いていたが、これが案外気持ち良い。





私は顔に張り付いた前髪を掻き上げると、掴み合っている二人に近づいた。






「ねぇ悟、それ貸して?」





笑顔で悟の手にあるホースを指さす。





予想と違った反応だったのだろう、悟は私の笑みに目を見開く。





フリーズした悟の手から無理矢理それを奪い取ると、水が自分に掛かるのも構わず撒いた。





水遊びなんて何年ぶりだろう。





こんなにも楽しいものだったんだ。





「冷たくて気持ちいいね!」





水を浴びながら3人に向かって笑いかけると、一様に笑い返してくれた。





「ななしっておでこ出してても可愛いね。」





「そうかな?傑とお揃いー」





そう言うと傑の表情が優しく緩む。






「ななし、傑とお揃いはやめろ!」





悟の表情は苦虫を噛み潰したようだった。






硝子はそんな私たちを保護者の様に眺めている。






私は悟に一歩近づいた。









「じゃあそろそろ、悟も無限解いていいんじゃない?」





この中で、悟は唯一濡れていない。





「気持ちいいよ!ね、傑?」





「水遊びも案外楽しいものだよ。」





私たちの顔を交互に見ると悟は二ッと笑って。





「こい!」





と両手を広げた。






私はじゃー行くよと声を掛け、ゆるゆると水柱を揺らし悟の方へホースを向ける。








上から雨の様に降らせると思わせ、ホースを持ち上げた瞬間に先端を指で押し潰した。






先から出た水が勢いよく悟の顔面にクリティカルヒットする。





ボチャっとサングラスが地面へ落ちて悟の表情は徐々に険しくなっていく。





艶のある白髪から雫を滴せ私たち同様びしょ濡れだ。






「一人だけ逃れられると思うなよ?」





私が貼り付けた笑顔でそう言うと、後ろの傑と硝子がほぼ同時にフッと噴き出した。





「……おい。」






騙されたのだと理解した悟は、面白い程に機嫌が悪くなる。





私たちの策に簡単にハマってくれた。





「さすがななし。」




「ななし最高。」




傑は私の肩に肘を置いて、硝子は側で頭を傾ける。





「お前ら騙したな!!」





私たちの笑い声が校舎の間を響き渡る。





4人びしょ濡れで何をやっているのか。





本当に馬鹿で子供っぽくて。





でも純粋に楽しかった。





「悟もお揃い。」





そう言って笑いかけると、悟はバツが悪そうに目を逸らす。





「こんなお揃い嬉しくねーよ。」





「嬉しいくせに。」





すかさず傑が揶揄う。






「うるせー!」





私は落ちたサングラスを拾うと悟に手渡した。





「たまにはさ、皆で馬鹿やっても楽しいね。」




「たまにはな。」




「悪くないと思うよ。」





硝子と傑がそう言うと、悟が濡れた前髪を掻き上げ器用にサングラスで止める。






「馬鹿ばっかりだな。」






そう言いながらも口元は満足そうに弧を描いていた。











この後、夜蛾先生にめちゃくちゃ怒られたのは言うまでもない。











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