「敬愛の先」
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先程干したタオルが気持ち良さそうに風で揺れている様子を畳の上に転がってボーっと眺めていると自然に気持ちが安らいだ。
今日は休み。
約束の時間は午後からなので洗濯が終わってのんびりと過ごしている。
他隊の副隊長と出かけることなんて初めてなので緊張して朝から気もそぞろだ。
そもそも私は隊長が好きなのに檜佐木副隊長にもドキドキして浮気性なのか?
顔もイケメンだしスタイルも良い、地位もあって女の人に慣れているのか扱いが上手い。
勿論いい意味で。
そして比較的距離が近い。
私は転がったままで机の引き出しから日番谷隊長のプロマイドを出して見上げた。
「…かっこいい。」
撮影には行かなかったのか、鍛錬中の隊長の下の方にピンク色の髪が映り込んでいる。
いつの間にか緩んでいた顔に気付いて恥ずかしくなった。
日番谷隊長が好きだ。
やっぱり檜佐木副隊長とは違う。
あの言葉”檜佐木にやるつもりはない”って、すごく嬉しかったな。
何度思い出してもドキドキする。
真意はわからないけど多少は自惚れている。
束の間、穏やかな幸せな気持ちに浸った。
* * *
「檜佐木副隊長!」
「おう。」
「すみません、お待たせしてしまって。」
約束場所に向かうと既に腕を組んで待っていた檜佐木副隊長の姿を捉えて、しまったと思いながら駆け寄る。
「俺も今来たとこだ。」
「それなら良かったです。」
そう言って笑いかけてくれたのでホッとした。
「じゃあ行くか。」
「はい!」
ご飯の時間まで少しあったので栄えた通りを並んで見て歩く。
雑貨屋の様なお店に入ったり、眼鏡屋でどんな形が似合うのか試してみたり、綺麗な和服が並んだ店を少し覗いたりした。
そうこうしていると時間も頃合い良く、ちょうどお腹が空いてきて予約している店へ向かった。
「わぁ…高そうなお店。」
「そうか?」
品の良さそうな綺麗な女の人が部屋まで案内してくれて、途中に中庭があるような自分では絶対に来ないであろうお店だ。
広過ぎず狭過ぎない落ち着いた個室に案内されると向かい合って座った。
「緊張しますね。」
「個室なんだ気楽にすればいい。」
「ありがとうございます。」
運ばれてきた食前酒で乾杯すると、見た目でも楽しめるような豪華な料理が次々と運ばれてくる。
勿論、どの料理も美味しくて会話も弾みお酒が進んで食べ終わるころには酔いが回っていた。
「すみません。飲み過ぎました。」
「いや、俺としては嬉しいよ。」
帰り道フラフラしている私に檜佐木副隊長は危ないからと手を繋いで十番隊の宿舎まで送ってくれた。
「本当にありがとうございました。」
門の前で頭を下げる。
「お礼なんだ気にすんなよ。」
優しさが嬉しくて顔を上げると自然に顔が綻ぶ。
* * *
詰所から出て宿舎へ向かったところで門の前に人影が見えた。
あれは檜佐木とななし?
たまたま通りかかった日番谷は何故か鉢合わすのが嫌で自然と塀の陰に身を隠し気配を消した。
盗み見なんて趣味悪りぃーな。
そんなことを考えながら塀に背中を預けた。
会話が微かに聞こえる。
罪悪感を感じ立ち去るべきだと思いながらも耳を傾けている自分がいた。
* * *
「寝るまでにいっぱい水飲んどけよ。」
「水ですか?」
「あぁ、次の日体がまっしになる。」
「経験済みなんですね。」
「おたくの副隊長のせいでな。」
他愛ない会話で笑い合って今日一日でかなり仲良くなれた気がする。
この前の飲み会では日番谷隊長がここまで連れてきてくれたんだっけ。
必死に涙を堪えてた。
懐かしいな。
「ななし?」
「あ、はい。」
少し物思いにふけってしまったと意識を戻す。
夜の十二月の気温はいつもなら震える程に寒いのに今はお酒で火照っているせいか心地よかった。
気分が良くてへらりと笑いかけると、そっと手を引かれて気づいた時には檜佐木副隊長に包まれていた。
「ふ、副隊長!?」
急な出来事に固まったまま動けず手が宙に浮いていた。
頭が混乱してドキドキと鼓動が加速する。
「…好きなんだななしの事が。」
檜佐木副隊長が私を好き?
予想もしていなかった事に頭がついていかない。
背中に回された腕が力強くて、かと言って苦しいわけではない優しい抱擁。
私は檜佐木副隊長の胸に手を添え少し体を離し見上げると見つめてくる熱の籠った目にドキッとした。
少しずつ顔が近づいてきて咄嗟に檜佐木副隊長の口を両手で覆った。
「私、日番谷隊長が好きなんです。」
その言葉を聞いて離れていく檜佐木副隊長と同時に肩に掛けてあったストールがバサッと音を立てて地面に落ちた。
「…そうか」
「ごめんなさい。」
気まずさを感じて俯くと謝るなよと温かい大きな手がトントンと肩を叩いて、落ちたストールを拾い上げ包む様に掛けてくれた。
「日番谷隊長に愛想が尽きたら俺のところに来いよ。」
檜佐木副隊長の声が明るくて言葉が見つからない。
私は微笑み返すことしかできなくて申し訳ない気持ちで一杯になった。
「じゃあ、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
去っていく後ろ姿を見送り、見えなくなった後も宿舎に入る気になれずぼんやりと雲一つない空に浮かぶ月を見上げていた。
すっかり酔いは覚めてしまったな。
二人の会話を聞いていた日番谷も変わらず塀にもたれたまま、呼吸の度に広がる白と綺麗な月を眺めていた。
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