「敬愛の先」

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あれから無事に退院する事ができ慌ただしい日常に戻った。




隊員たちも心配してくれていたようで復帰初日は次々と声をかけられて大変だった。




やっぱり忙しくしている方が私の性に合ってるな。




手元の書類を捌きながらそんなことを思っていると後ろから急に抱き着かれた。




「わぁ!」




後頭部に当たる弾力のある柔らかい感触ですぐに誰だかわかる。




振り向き見上げると満面の笑みで見下ろされていた。




「副隊長どうしたんですか?」




「本当名無しさんがいると隊が明るくなるわ。それに仕事も捗るしね。」




「そうですか?」




「そうなのよ。」




るんるんとしながら席に着く副隊長をみて何だか心がくすぐったい。









「ななし。」




「はい。」




呼ばれて隊長の側へ行く。




「どうされました?」




「来週からの現世への長期任務だが四席に頼んである。」




「え?でもそれは私の任務だったはず…」




「ななしには別の事を頼みたくて勝手だが交代させた。」




「別の仕事ですか?」




隊長は頷くと辞書ぐらいの厚さの書類の束を机の上に載せた。




「こ、これは何でしょう…」




恐る恐る聞いてみる。




「処理済みの書類だ。これを整理して欲しい。それとあっちも。」




隊長は振り向かずに親指を立てて後ろの段ボール箱を指さす。




量多すぎない?




内心、冷や汗が止まらない。




「書庫整理まで手が回らなくてな。ガサツな奴には任せられない、急がなくていいから少しずつ片してくれ。」




「わかりました。」




私は気を引き締めて返事をすると、現在の書庫の状態を偵察しに行くと隊長に伝え先程指示された段ボール箱をもって書庫へ向かった。










































































 * * *







「隊長ほんと名無しさんに優しいですよね。」




「うるさい。」




病み上がりで現世への長期滞在任務は負担が大き過ぎる。




書庫が荒れているのも事実だ…と言うのは言い訳で、今は離れずここに居て欲しいという俺の身勝手な采配。




つまり職権濫用だ。




「隊長も可愛いとこあるんですね。」




見透かした様な顔が妙に腹立つ。




「…ななしには言うなよ。」




「はぁーい。」









































































 * * *






書庫へ向かう途中ばったり檜佐木副隊長と出会った。




「お疲れ様です。」




「おう!お疲れさん。もう怪我はいいのか?」




「はい、お陰様で。」




当たり障りの無い会話を交わしていると、檜佐木はヒョイと名無しさんが抱えていた段ボール箱を持ち上げた。




「荷物どこまで?」




「しょ、書庫ですが他隊の副隊長にそんなことさせられません。」




焦って奪い取ろうとするも身長差のせいですんなりと躱される。




「いいんだよ少し話がしたいんだ。」




そんな事言われたら無下に断ることはできない。




素直にありがとうございますとお礼を言って書庫へ向かった。






「よっ。」




軽快な掛け声と共に檜佐木はドサッと段ボール箱を机の上におく。




「ありがとうございました。」




「どういたしまして。」




かなりの重量があったにも関わらず軽々と運ぶ姿に頼もしさを感じた。




「ところでお話とは…」




「あぁ食事に誘いたくてな、色々世話になったお礼に。」




「そんな、お気になさらず。」




「そう言うなよ、自分から言っておいて何も無いのはカッコがつかないだろ?」




ニッと白い歯を見せて笑う。




「それにさ、ななしと仲良くなりたいんだよ。」




そう言って目を細め頭をポンポンと優しく撫でる檜佐木副隊長にドキッとした。




この顔は反則ではないか?




私は照れて少し俯いた。




違和感を感じさせない流れで触れてくる副隊長。







静かな書庫内に二人きり。




この距離に加えて優しく触れる大きな温かい手。




意識してしまうのは必然。






「あ、あの、ココ締め切ってて埃臭いですよね!窓開けますね。」









私はぎこちない動きで副隊長の横を通ると重いカーテンを開き勢いよく窓を開けた。




冷たい空気が部屋へ流れ込んできたと同時に、棚の上にあった書類が一枚強い風に煽られ外に飛んだ。




「あ!」




名無しさんは咄嗟に窓から体を乗り出し紙を掴む。




ホッとしたのも束の間、体勢を崩し前方に倒れそうになったところを檜佐木が腰を抱いて中へ引き寄せた。




「あっぶね。」




「すみません!」




檜佐木の腕の中で上半身だけを振り向かせて謝る。




「お前なぁ。」




焦った様な呆れた様な顔に見下ろされて居た堪れない。





「…ありがとうございます。」






決まりが悪く呟くと檜佐木が赤くなった名無しさんの頬に触れる。




「っ…」




一気に体温が上昇した。





黙ったままの副隊長にどうしていいのかわからない。





先程よりも穏やかな寒風がカーテンを揺らす。





「心臓に悪い。」




そうポツリと言い放つと檜佐木は触れていた手を離した。





「本当にすみませんでした。」





頭を下げ再度謝るも恥ずかしくてカッコ悪くて申し訳なくて今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。






「次の休みだ。」





「…え?」





「拒否権は…無いよな?」





腕を組み口角を上げる副隊長を見てようやく言っている意味を理解した。





「はい。」





何故かしてやったりという顔をしている檜佐木副隊長が可笑しくて自然と笑ってしまった。





















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