「敬愛の先」
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昨日の隊長の言葉が頭から離れず、手元の書類の一行目を何度も繰り返し黙読していた。
あれから隊長はいつも通りで私だけが意識している状態だ。
まさか保護者的目線で言ったんじゃないよね?
持っていた書類を下へずらして隊長を盗み見る。
「…なんだ?」
視線に気づいていたのか作業の手を止めず声を発した隊長に思わずびくりと肩が上がる。
目が合っただけで顔が燃える様に熱い。
「な、なんでもありません。」
サッと持っていた書類で自身の顔を隠しバクバクと煩い鼓動を落ち着かせた。
横から2人のやり取りを見ていた松本はさっと名無しさんの隣に移動すると、名無しさんを真似て書類を顔の位置まで上げると耳元で囁く。
「また何かあったの?」
「ぅえ?」
思いの外大きい声に今度は松本がびくりと肩を上げた。
驚かせてしまった事にすみませんと謝罪すると隊長に聞こえないように小声で応える。
「…ここでは言いにくいです。」
納得した様に、じゃあ一緒にお昼行きましょとだけ言うと返事を聞かずに離れていった。
何とか午前業務を終わらせて、約束通り副隊長と共に十番隊隊士に人気のある食事処へ来た。
「で、何があったの?」
温もりのある木目調のテーブル席に向かい合わせに座り、注文を終えると早速本題に入る松本副隊長。
「それが…その…」
相談していいものか思案していると痺れを切らしたように、もう言っちゃいなさい案外あっさりと解決するかもしれないわよ、と催促され私は意を決して話を始める。
「実は…」
隊長の事が好きだと気づいたこと、飲み会の後の話、そして昨日の隊長とのやり取りを説明した。
色々と省略したけど伝わったかな?
話しが終わると松本副隊長は目を輝かせて机の上にあった私の両手を握りしめて嬉しそうに微笑んだ。
「おめでとう!やっと進展したのね!」
…やっと進展した?
私の頭の中は疑問符で埋め尽くされる。
「名無しさんが隊長を意識してたのは前から感じてたのよ。」
気づかれていたのかと驚きで目を見開く。
「隊長もヤキモチ妬くなんて可愛いところあるのね。」
「えっ⁉」
ヤキモチ?
「あー楽しくなってきた!」
松本副隊長はひとり盛り上がっていく。
「好きになったなら仕方ないわよ!観念して頑張りなさい、応援してるから。」
と言うと上機嫌で到着した熱々の蕎麦を啜り始めた。
…そうか、もう頑張るしかないんだ。
美味しそうに蕎麦を頬張る姿を見ながら副隊長の言葉がストンと腑に落ちた。
「休憩ありがとうございました。」
お昼を済ませて執務室へ戻ると午前中と変わらず自席で書類を処理している日番谷隊長。
「おう、ん?松本はどうした?」
「用事があるとおっしゃっていましたが…」
それを聞いて眉間の皺が深まる。
「あいつサボりだな…」
え、サボりだったの⁉
「すみません!」
「ななしが謝ることじゃねーだろ。」
そんな素振りは一切見せてなかったのにさすが常習犯…って呑気に関心している場合ではない。
これじゃ隊長と2人で仕事することになる。
私は意識している事を悟られない様に席に着くと、書類を机の上に出し、筆を手に取る前に気持ちを落ち着かせるため窓の外を見た。
雲一つない青空が焦っていた心を徐々に冷静にしてくれる。
さっき頑張るって決めたけど具体的にはどう頑張ればいいんだろ…
隊長に相応しい女になるにはどうすれば良いのか。
改善するべきところが山程あるんじゃないか?
隊長はかっこいいし、頭も良いし、優しいし、強いし、非の打ち所がない。
私なんて…
「何考えてる?」
予想外に声をかけられすぐさま思考を停止して振り返る。
「…難しい顔してたぞ。」
こちらに真剣にな眼差しを向ける隊長。
「あ…」
あなたに相応しい女になるにはどうしたらいいか考えていました、とは絶対に言えない。
「…何でもないですよ。」
そう言って笑って誤魔化すと、隊長は立ち上がりその返答では納得できないという顔で私の側まで来た。
「また厄介事を引き受けたんじゃないだろうな?」
また、とは前回のハロウィンの件のことだろう。
「引き受けてません!」
「…」
私の言葉を精査するかのように机に手をついて見つめられる。
体が触れてしまいそうな距離と仕草にドキッとしながらも翡翠色の綺麗な目に見惚れた。
「ならいいんだ…俺で力になれる事があったら言えよ。」
余りにもかっこいい台詞に、私は固まったままはいとだけ応えた。
あれから少し経って松本副隊長が執務室へ戻って来た。
「おい松本なにしてたんだ、休憩時間はとっくに過ぎてる。」
勿論だが隊長はご立腹だ。
「すいませーん。ちょっと打ち合わせで…」
悪びれた様子もなくソファーへ腰かける副隊長。
「打合せ?」
「はい!次月の瀞霊廷通信の打合せです♡」
「…何するつもりだ?」
眉を顰めた隊長と対照的に楽しそうに目を輝かせる副隊長。
「ふふ、今回は隊長にも協力してもらいますから。」
「断る。」
食い気味にきっぱりと言い切る隊長。
「えーじゃあ名無しさんの相手役は修兵にお願いしようかしら…」
松本は露骨に檜佐木の名前を出し、その言葉に日番谷はピクリと眉を動かした。
「えっ⁉」
隊長の反応には気づかず私は急に登場した自身の名前に声を上げた。
「…説明しろ。」
あからさまに不機嫌になった日番谷が怪訝な面持ちで問うと、松本は満足そうに口角を上げ説明を始める。
「クリスマス特集は人気隊士のプロマイドを付けようって話になって、男女ペアでの撮影をすることになったんですよ。」
「もしかして、また強制参加ですか?」
「もちろん。」
10月号ではかなりの人気っぷりだったから今回も期待してるわよ、とウインクされる。
「そんなぁ〜」
私はガクリと肩を落とし、だけど隊長のプロマイドは欲しいな…なんて呑気なことを考えてしまった。
「で、撮影協力いただけない人はやちるの隠し撮り写真がプロマイドになるのよ。」
これが本当の強制参加だ。
恐ろしい事をサラリと告げられ頭を抱えると、隠し撮りされるのなら撮影した方がいいか…という考えに至ってしまった。
「それで隊長、どうします?」
「どうするも何も参加するしかないんだろ。」
怒りを通り越して呆れている様子で頬杖をつく隊長。
「さっすが隊長!話が早くて助かりますー。」
テンションの低い私たちには気にも留めずに副隊長は楽しそうに話を進める。
「じゃあ名無しさんの相手は隊長で決定ね。同じ隊の方が都合が良いし。」
ええ!!!
私の相手が隊長!?
そ、そんなの緊張して無理だよ。
訴えの眼差しを副隊長に向けるも得意気にウインク一つで躱された。
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