「敬愛の先」
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「あの子が居ないと寂しいですね。」
名無しさんの席を見ながら松本は話す。
「あぁ。」
日番谷はその様子をチラリと目だけで確認した。
「早く帰ってこないかしら。」
「無茶ゆーな。」
松本はソファーの背に手をかけ日番谷を見る。
「…なんだ。」
日番谷は業務の手は止めず視線に応えた。
「来月クリスマスですけど、十番隊はプレゼントあるんですか?」
少し間があり…興味ないと一言。
「えー五番隊は隊長から隊員へプレゼントがあるって言ってましたよ!」
私こんなに頑張ってるのにご褒美ないんですか〜と不服そうな顔の松本。
その言葉にピクリと眉が動き顔を上げ睨みつける日番谷。
「頑張ってる姿を見せてから言え。」
松本は先程から一向に処理が進んでいない。
「はぁーい」
渋々返事をすると机の上に積まれた書類に手をつけ始める。
はぁ〜と溜息を吐いて日番谷も処理を再開した。
* * *
高層ビルの屋上は強い風が吹いていた。
キラキラとした光が眼下に広がっている。
「夜なのに明るいですね。」
後ろから夏木が話しかけてきた。
「そうね。」
眩しいくらいと言って振り返ると、偵察に行っていた竹添と花緒が丁度戻ってきた。
二度目のメンバーと言うこともあり連携が取り易い。
「特に虚の気配は無かったです。」
報告する花緒のウェーブのかかった黒い髪が風で揺れる。
「油断はできないわ。気配の察知しにくい虚も出現する様だから気を引き締めていきましょ。」
応援要請の報告書によると特殊な虚がこの空座町に多数出現しており、何人もの死神が殺されている。
今回の任務はその虚を討伐すること。
簡単な任務ではないが席官である私と竹添さん、そして入隊からメキメキと頭角を表した夏木くんと花緒くんの2人が派遣メンバーに選ばれたのだ。
私たちは住宅街へと移動してぴょんぴょんと屋根の上を渡った。
この辺りは随分と静かなのね。
煌びやかだったビル群と対照的に道も薄暗く静寂に包まれていた。
微だか虚の気配を感じる。
その方向へ四人で向かうと案の定虚がいた。
報告にあった虚ではなさそうだったが何故か違和感を感じる。
この違和感は何なのかわからないが難無く倒せそうだと考えていると、隣に立つ花緒の呻き声と共に視界に鈍く光る鋭利なモノが映り込んだ。
「…っ⁉」
すぐさま花緒以外の3人は距離を取って斬魄刀を手に取る。
この距離で気配に気づかないなんてあり得る?
他のメンバーも同じ事を思っている様で目を見開いていた。
着地と同時に地を蹴り虚へ斬りかかると、花緒の体を貫いた爪を引き抜き私の攻撃を避ける為に後ろへ飛び退いた。
二人が花緒の側へ来るのを確認しながら虚と対峙する。
「花緒しっかりしろ!!花緒!!!」
閑静な住宅街に夏木の悲痛な叫びだけが響いた。
「夏木くんは花緒くんを安全な場所へ。竹添さんは後ろの虚をお願いします。」
私はそう言うと鋭い爪を持つ虚に向かって歩きだす。
得体の知れない相手だ。
手は抜かない。
「神解け(かむとけ)白縫い(しらぬい)」
刀身に掌を翳し解号を口にすると、斬魄刀と身体の周りにパチパチと電気が走る。
夏木は花緒を近くの公園の木の下へ座らせると、暗い光に包まれたななし三席を見た。
あれがななし三席の始解…
先程までとは比べ物にならない速さで虚の背後に移動すると刀は振り切られており、既に首が切り落とされていた。
動きが捉えられなかった…すごい。
何か変…
天に消えてゆく虚を見ながら刀を握り直す。
切った筈なのに手応えがない様な。
ちらりと竹添さんを確認すると虚に刀が刺さっており加勢は必要無さそうだ。
他に隠れていないか感覚を研ぎ澄まして周囲を確認する。
…え?
「うそ…」
一瞬にして十数体の虚が出現し囲まれた状態になっていた。
出てきたと言うより目に見えていなかっただけで初めからそこに居たかの様な異様な感覚。
こちらを見ていた夏木くんの背後にも虚が現れ喰いかかろうとしている。
勿論気配がほぼないため本人は気づいていない。
考えるより先に身体が動いていた。
夏木くんを突き飛ばすと鋭い歯が左肩から腰にかけて刺さった。
燃える様な痛みに顔が歪む。
地面へと倒れた夏木は何が起きたのか理解できず、上体を起こして振り返ると顔を青くして叫んだ。
「ななし三席!!」
噛まれた所からぼたぼたと滝の様に血が流れ出る。
右手に持った斬魄刀を虚に振るが難なくかわされた。
幸いにも腕は取れていないみたいだが、痛みと出血で力が入らずその場で膝を着く。
傷口からどんどん血が溢れ出て自らの影の様に血溜まりが広がっていく。
あぁ…私はここで死ぬのかな。
走馬灯の様に今までの日常が頭の中に巡る。
死神になった時から覚悟していた事なのに。
どうしよう…
死にたくない。
夏木くんが駆け寄ってきて身体を支えてくれた。
「ななし三席!」
肩に触れた手が震えているのが伝わってきた。
まだ仲間が生きてる。
諦めるわけにはいかない。
意識が途切れそうな中、周りの虚の位置を確認する。
「少し…下がって。」
口から血が出るのも構わずに言葉を絞り出すと、夏木くんは躊躇いながらもそっと支えていた手を離した。
私は白縫いを持つ手に力を入れて霊圧を上げると地面へ刀の先を突き立てた。
「紫霆・霈然(していはいぜん)」
暗い夜空に閃光が走ると、雷鳴と共に十数体の虚へと幾本の紫の雷が落ちた。
出現した全ての虚が灰となりパラパラと消えていくのを確認すると、視界が真っ白になり力が入らず体が傾いていく。
最後に日番谷隊長に会いたかった。
私の意識は途切れた。
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