「敬愛の先」

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今日も相変わらずの快晴。


時間が早いせいかさほど暑くはない。



私物の移動と引継ぎ業務を昨日の内に終わらせたので直接執務室へと向かう。









まだ誰も来ていないらしい。



鍵を開けて中に入った。




とりあえず日課の掃除を始める。



掃除と言っても簡単なもので、空気の入換と拭き掃除くらいだ。






入口の扉と窓を開けて換気し固く絞った布巾で順に机を拭くと気持ちの良い風が部屋を通っていった。





ちょうど最後の机を拭き終わったタイミングで日番谷隊長が眠そうな顔で部屋へ入ってきた。



「おはよう、早いな。」


「おはようございます。つい、いつもの癖で…」



「ななしらしいな。」



隊長は席に着くなり数枚の手紙に目を通し始めた。




その姿を目で追いながら、これから毎日隊長と会えるのだと思うと嬉しくて自然と笑みが溢れる。











それから程なくして松本副隊長が出勤してくると、午前中は隊首会があるからと隊長は部屋を出て行った。








「ねぇ〜名無しさん、お願いがあるんだけど…」



「なんでしょう?」




私は嫌な予感がしたものの書類整理の手を止めて話を聞く。




「この書類を九番隊に届けてくれない?ついでにこれも三番隊に。」



松本副隊長に両手を合わせお願いされてしまった。




書類を届けに行くのはいいのだが、九番隊のついでに三番隊は遠すぎる。


場所的に真逆…



「わかりました。届けに行ってきますね。」




尊敬する副隊長の頼みなので出かかった文句を飲み込んで快く引き受けた。





「では行ってきます。」



書類の入った二冊の封筒を持つと、隊首会で隊長が不在だろうから副官に預けてね、と言われ送り出された。







お昼に近い時間のため太陽が真上からじりじりと照りつける。




暑い。




空を見上げると眩しくて眩暈がしそうだ。



早く終わらせよう。


名無しさんは九番隊へと歩を早めた。

















九番隊執務室



コンコン


「十番隊三席、ななし名無しさんです。書類を届けに参りました。」




「入れ。」




「失礼します。」




扉を開くと檜佐木副隊長が脚立に登って戸棚の整理をしている様だった。




「すまんこんな状態で。」



いえ大丈夫です、と言い脚立へ近づく。





「お片付け中ですか?」



足元には箱やら何やらが散乱している。




「ちょっと探し物があってな。ったく、アレどこにしまったかな〜」








檜佐木副隊長は上の戸棚をゴソゴソと探している。





「お、あった!!」




その光景を見上げていると、嬉しそうに探し物を持って三脚から下りてきた。





手元を見ると瀞霊廷通信の古い雑誌のようだ。




「悪いな待たせちまって。」



申し訳なさそうに頭を掻く檜佐木副隊長。




「探し物が見つかって良かったです。」



これが届けにきた書類ですと封筒を差し出した。




檜佐木は微笑んだ名無しさんにしばし見惚れながらそれを受け取る。



「隊長宛だな。渡しておくよ。わざわざありがとな。」






















「これ、片付けるの大変じゃないですか?」



「ん、あぁ…」




私たちは散らかった部屋を見回す。




時間あるし片付け手伝おう、協力すれば直ぐに終わりそうだし。








「良ければお手伝いしますよ。」



「いや、さすがにそれは悪い。」



「困った時はお互い様です。」



再びにこりと笑うと檜佐木の顔が少し赤らんだ気がした。




「じゃあ、お願いするよ。」



檜佐木副隊長は背を向けて書類と雑誌を机に置き脚立を登ると、私に下にある物を渡してほしいとお願いした。



脚立の近くにあるものから順に檜佐木副隊長へとテンポ良く手渡す。





息の合った連携で思っていたよりも早く部屋は片付いた。










「じゃあ、これで失礼しますね。」



三番隊への封筒を持ち直し挨拶する。



「助かったありがとう。今度何かお礼するよ。」



「気にしないでください。では、失礼しました。」



そう言い静かに部屋から出た。




次は三番隊、急がなくちゃ。





私は急ぎ足で三番隊へ向かった。













































三番隊




隊舎へ入り執務室へ向かっていると、段ボール箱を手に歩く吉良副隊長が見えた。




急ぎ足で追いかけて後ろから声をかける。




「お忙しいところ失礼します。」



吉良はその声に足を止め振り返った。




「君は確か十番隊の…」



「はい、十番隊三席ななし名無しさんです。」




素直に知ってくれていたのが嬉しかった。



顔が緩むのを耐え、書類を届けに参りましたと付け加える。





「悪いね。今から執務室に戻るところだから一緒についてきてくれるかな?」



「わかりました。あの、荷物お持ちしましょうか?」




何だか重そうだったので声をかけてみるも、大丈夫ありがとう、とあっさり断られた。



私は大きい段ボール箱二個分を抱えて歩く吉良副隊長の少し後ろをついて行く。

















「じゃあこれは市丸隊長に渡しておくね。」



封筒をサッと確認すると、暑かったろうと冷たいお茶を渡された。



「もうお昼休憩の時間だし、ななしさんさえ良ければ少し涼んでいったらいいよ。」




「あ、ありがとうございます。」



なんて気遣いの出来る方なんだと感激する。





「これ松本さんからだろ?君も大変だね。」





書類の内容で察したらしく苦笑する吉良副隊長。




「これも副官補佐の仕事ですから。」





私は促されソファーへと腰掛けると、もらったお茶を乾いていた喉へ流し込んだ。







ふうっと染み渡る水分を感じながら吉良副隊長を眺めていると、隊長の席であろう机の上から手紙を手に取り中を確認してスラスラ筆を走らせていた。






あれって今朝日番谷隊長が処理していた書類じゃなかったっけ。




封筒の色と形でそんなことを考えていたら視線に気づいた吉良副隊長が、これは隊長が処理するべき書類だよ、と困った表情で笑った。




「うちの隊長はあまり手を付けてくれなくてね。」









隊長の分まで仕事をこなす彼の後ろ姿が気の毒に思えた。



これは提出期限が近いから急いで確認してもらわないと、とぼそぼそ呟きながらもテキパキと書類をこなしていく。








尊敬の眼差しで吉良副隊長を見つめていると背後から…



「なに女の子連れ込んどんのイヅル。」



と楽しそうな声が聞こえ、驚き振り向くとかなりの至近距離に市丸隊長が立っていた。





「っ!市丸隊長…」



私は周りから見てもわかる程にビクつき後ずさった。


市丸隊長の気配に全然気付かなかった。






「た、隊長!別に連れ込んでなんか…」




吉良副隊長も気付いていなかった様で顔を赤くして反論していた。




「こんな可愛らしい子とじゃれて、ボクも仲間に入れてほしいわ。」




「じゃれてなんていないです。」


私は焦って両手をブンブン振る。




そうなん?と首をかしげると、ソファーの背に手をついてグッと顔を近づけてくる市丸隊長。


余りにも近い顔の距離に息を吞む。




「じゃあボクと二人でじゃれる?」



鼓膜を震わせる声に私は背筋がゾクッとした。




「隊長!ななしさんを困らせないでください!」




市丸は吉良の制止に両手を上げ、冗談と名無しさんから離れる。





こ、怖かったぁ。



元々市丸隊長は得意ではなかった。





「ごめんね。うちの隊長が。」



申し訳なさそうに眉を下げる吉良副隊長。



「いえ、大丈夫です。」



正直ホッとした。







「なんやボク悪者みたいやん。」


と市丸は不貞腐れたように自らの席に着く。





「隊長がからかうからいけないんです。」



少し怒った声色で、戻ってきて早々ですがこれ確認してください、と吉良は先ほどの書類を手渡した。


















「…そろそろお暇しますね。」



なんだかこの空気に居づらくなって私は立ち上がった。




「あぁ、ありがとうななしさん。」



「また遊びにおいで〜名無しさんちゃん。」




2人に見送られ失礼しましたと扉を閉めると、ドッと疲れが押し寄せた。






市丸隊長…松本副隊長の幼馴染らしいけど苦手だな。



何考えてるか全然読めない。





ふぅ〜と息を吐き気分を切替えると、自隊へ向かって歩き出した。






































































 * * *








日も暮れて今日も一日終わったな、と思いながら窓の外を見る。




動き回ったせいかいつもより疲れている気がした。





日番谷隊長は未だに仕事をしている。



松本副隊長は京楽隊長と飲みに行くと言って帰ってしまった。





私も今日は帰らせてもらおうかな。





挨拶をしようと立ち上がると、机の上に置いていた紙がひらりと床へ落ちた。




はぁ〜と隊長に聞こえない程の小さな声で溜息を吐いて屈むとガンっ、と机の角で額を強打した。





「あいたっ」



走った痛みについ大きな声が出てしまった。





「大丈夫か?」




隊長はその声を聞きすぐに駆け寄って側で屈みこむ。





私は恥ずかしくておでこを押さえながら大丈夫ですと答えた。





「…見せてみろ。」



隊長は押さえる私の手を掴み、そっと前髪をあげた。




「赤くなってる、冷やした方がいい。」



翡翠色の瞳に私が映り込む程の近い距離に心臓は爆発しそうだ。



握られた手が熱い。





オロオロとする私の様子に気付いた日番谷は、悪いと言いサッと手を離した。




「冷やすもの持ってくるから待ってろ。」



そう言って部屋を出ていった日番谷隊長の耳も赤くなっていた気がした。




私は火照った顔を両手で覆い、自身の鈍臭さと意識した顔を見られた恥ずかしさで身悶えた。






















しばらくして隊長は氷嚢を持って戻ってきた。




「これで冷やしておけ。」



ありがとうございますとお礼を言って受け取りおでこに当てる。





時間が経ってぶつけた所が熱を持ってズキズキと痛んでいたので氷嚢はひんやりと冷たくて気持ちいい。




席に戻った日番谷は頬杖をついてその様子を見ていた。





「疲れてんだろ。」



「えっ⁉」


疲れた態度出てたかな?



「ななしにしては珍しいからな、そんなヘマ。」



再び顔が熱くなる。





「今日は帰って休め。無理すんな。」




私のこと見てくれていたのだと隊長の優しさが心に染みる。




「はい!」



嬉しくてついへらっと笑ってしまった。






日番谷隊長は私の顔を見て頬を掻き視線を逸らすと、すぐに書類へと視線を移した。







「では、お先に失礼します。」




そう言って日番谷にペコリと頭を下げ上機嫌で部屋から出た。









 










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