「敬愛の先」
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建物の影を伝い、ジリジリと照りつける日射しを避けて隊舎へと向かう。
今日も暑いな〜
十番隊と書かれた門をくぐり建物の中に入った。
「ななし三席、おはようございます!」
「おはよ!早くからご苦労さま。」
一応でも三席という事で、隊士から挨拶をされる。
隊長と副隊長のお陰か隊の空気は良く、皆協力しながら働いていて過ごしやすい。
真面目でクールな日番谷隊長と、美人で優しい松本副隊長。
私は2人をとても尊敬している。
少しでも追いつこうと頑張っているところだ。
廊下を進み左手奥にある執務室の前で歩を止める。
コンコンー
「ななし参りました。」
「入れ。」
扉を開き中に入ると奥の席に日番谷隊長がいた。
「失礼します。おはようございます日番谷隊長!」
「おはよう。すまんな、こんな早くから呼び出して。」
「いえ構いません。」
むしろ朝から隊長に会えるなんて感激です。
なんて心の中で思いながら、座るよう促され一番扉に近い席についた。
いつもは別の部屋で業務をしているのだが、今朝隊長から執務室に来るようお達しがあったのだ。
「今日は松本が前半休みを取っていてな、どうしても片付けなきゃならん書類が溜まってるんだ。頼めるか?」
隊長は頭を抱えながらため息を吐いた。
「日番谷隊長のお頼みなら、喜んでお手伝いいたします。」
笑顔で応えると、隊長も助かると少し口角を上げた。
隊長は書類を何枚か選び立ち上がると、ソファーに座っていた私の隣に腰掛けサラッと書類の内容を教えてくれた。
……近い。
チラリと横を盗み見ると、翡翠色の瞳に長い睫毛、綺麗な肌とサラサラな銀髪が間近で視界に入り、一気に心拍数が上昇する。
これでは集中できないと急いで視線を書類に移した。
「どうしたななし?」
「な、なんでもありません!」
顔が赤くなっていないだろうかと心配になる。
「一通り終わったらチェックする。わからないところは遠慮なく聞け。」
と説明を締めくくると隊長は席に戻り自分の分の書類処理を始めた。
私も頑張らねば。
早速目の前にある書類に取り掛かった。
淡々と時は進み、気が付けば仕事を始めて2時間ほどが経っていた。
一度集中すると没頭してしまうタイプなのだ。
そして視線の先にいる彼も、また同じタイプだと感じた。
隊長にお茶でも入れようと席を立ち給湯室へ向かった。
棚から急須と湯飲みを取り出しお茶を準備する。
ふと棚の上に置かれた籠の中を見ると現世のお菓子であるチョコレートがあった。
隊長は好きだろうか?
憧れの人だけど好きな食べ物とか全然知らない…
折角こんな近くにいるのにな。
少しでも近づきたい。
そんな思いでお盆の上にお茶を二つ、そして可愛い袋に包まれたチョコとやらを数粒頂戴した。
ガラッと扉を開き執務室に入ると、相変わらず書類に没頭していたようで隊長はサラサラと筆を走らせている。
私は机に近づくとコトリとお茶を置いた。
「少し息抜きしましょう。」
私の言葉に隊長は顔を上げ、あぁと小さく呟いた。
「隊長は甘いものお好きですか?」
お盆に載せてあったチョコレートを差し出すと、隊長は私の手から一粒受け取った。
「疲れているときは甘いものがいいかと…」
「チョコレートか。甘いものは嫌いじゃない。」
そういうと包みを開けて口に放り込んだ。
「なかなか美味いな。」
私を見上げて笑う隊長にまた鼓動が早くなる。
「良かったです。」
ほっとして緊張が解け素直に喜んでしまった。
「ななしも頑張りすぎるなよ。」
ほらっと日番谷もお盆からチョコを取り差し出した。
「あ、ありがとうございます。」
意外な行動に驚き受け取ると、じわじわ嬉しさが込み上げ顔が緩んだ。
口に入れるとチョコはゆっくりと溶けて甘さが口の中に広がる。
「ほんと…美味しい。」
そう言葉を漏らした私の顔を日番谷隊長は見つめていて、それが少し恥ずかしかった。
「数時間したら松本が戻ってくる。もう少し頑張るか。」
「はい隊長!」
私は席に戻ると残りの書類を片付けにかかった。
休憩の後からは作業が捗り12時前に粗方片付けることができた。
「確認お願いします。」
「もう終わったのか?」
さすがだなと手渡した書類をぺらぺらと捲り確認していく。
数枚印鑑を押してトントンと揃えると顔を上げた。
「ご苦労だった。助かったぜ。」
「お役に立てて良かったです。」
褒められて嬉しい反面、隊長とのこの時間は終わってしまうんだと少し悲しくなった。
「ななしが副隊長なら俺も仕事が捗るのにな。」
え?
一瞬時が止まった気がした。
「そんな、光栄です。」
お世辞だとわかっているのに胸が高鳴る。
懸命に平常を装い鼓動を押さえるのに必死だった。
隊長の言葉、仕草、すべてが私を乱す。
手の届かぬ雲の上の存在なのだから思い上がってはいけない。
このままでいいのだ。
ばんっ!
「おっはようございまーす。半休ありがとうございました。」
勢いよく扉が開き、生き生きとした松本副隊長の声にびくりと反応し振り向く。
「おはようございます、松本副隊長。」
「あら名無しさんじゃない、執務室に居るなんて珍しい。」
出勤するなりソファーに寝そべる松本。
「それは…」
「お前の仕事を手伝ってもらってたんだよ。」
出勤早々寝るんじゃねー仕事しろ、と先ほどから打って変わって苛立った顔をしている日番谷隊長が説明する。
「あらそうなの?ありがとう名無しさん助かったわ。」
日番谷とは対照的に松本はキラキラと効果音がついているかのような笑顔で名無しさんを抱き締めた、否、豊満なお胸に挟んだ。
「まふもほふふはいほー」
窒息しそうになり手をバタつかせて抵抗する。
「あ、ごめんごめん。」
それに気づいた松本は体を離し、日番谷は毎度のやり取りに呆れてため息をついた。
松本は名無しさんの肩に手を置きながら日番谷の机の上に置かれた処理済みの書類の束を見て目を丸くする。
「もしかして全部終わったの?」
「一応終わりましたよ。」
私が答えるとしばしの沈黙。
「あんた…」
急に真剣な面持ちになる松本副隊長。
「何でしょう?」
少し緊張しながら話の続きを待つ。
「今日からここで業務しなさい。」
「…へ?」
余りにも予想外な提案に素っ頓狂な声を出してしまった。
「何勝手なこと言って…」
「うんうん、そうしなさい。」
日番谷の言葉はスルーされ、机はここを使って私物は徐々に移せばいいから、と半ば強制的に話は進められた。
「おい松本!」
ついに怒りが爆発した日番谷が怒鳴った。
「いいじゃないですか〜隊長もその方が仕事が捗るでしょう?」
松本は日番谷の処理済み分の書類を指差しながら言う。
「…」
いつもより高く積まれた書類の束を見ながら少し考えている様子の隊長。
さすが副隊長、ちゃんと見てるんだな。
私が関心していると隊長ははぁ〜と息を吐きわかったよ、と頭を掻きながら渋々承諾した。
とりあえず今日からはあまりにも急すぎるからと、午後からは私物の移動と引継ぎがあればそれも、あと同室の席官たちには俺から伝えておくと言われ私は部屋を出た。
私は明日から執務室勤務となった。
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