「温もりを知ったから」

□14
1ページ/1ページ











京都校に来るのは二回目だ。





初めて来たのは交流会の時。





随分と懐かしい。






校門を眺めていると歌姫さんが手を振りこちらへ走ってくるのが見えた。









「名無しさん!!」





「歌姫さん!」






「久しぶり!元気だった?」






「お久しぶりです!はい元気でしたよ、歌姫さんもお変わりありませんか?」






「この通り元気よ。」





歌姫さんは両腕を広げて見せながら少し眉を上げた。





「良かったです。」





親しい人との再会で密かに心が弾む。






「ごめんね、わざわざ助っ人なんて。」






「いえいえ気にしないで下さい。困った時はお互い様ですよ。」






そう言って笑って見せると、歌姫さんの目がスッと細まる。






あたたかい眼差しを向けられて、何だか照れ臭い。







「寮へ案内するわ。」






くるりと袴を揺らし体の向きを変えた歌姫の後ろを、名無しさんはキャリーバッグを引いて付いていく。







大木が並ぶ道を歩けば蝉の鳴き声が鼓膜を震わせた。






ここも東京校と変わらず敷地が広い。






寮に着く頃には汗だくになっているだろう。






学長に挨拶に行く前にシャワーを浴びたいな。






けたたましい蝉の声と蒸す様な暑さで、私たちは会話を交わすことなく寮へと辿り着いた。



























京都校での生活は快適だった。






人手不足で呼ばれたはずなのに一日の依頼件数はそれ程多くなく、時間に余裕を感じる。







馬車馬の如くこき使われると覚悟してきたので拍子抜けだ。







五条さんの言っていた通り、これはただの嫌がらせだったのかもしれない。







東京は忙しいだろうなと思いながら、呪霊を祓い終えた。







夜は歌姫さんと飲みに行く約束をしている。







美味しいものを食べてお酒を飲んで、歌姫さんと話ができる。






楽しみで仕方ない。


















「お待たせー、早いわね。」





「楽しみでつい早く来ちゃいました。」





「あーもうホント可愛い!」





東京なんかやめて京都においで、と私の両手を握りながら言う歌姫さんが可愛い。





「お店予約しておいたから早速行きましょ。」








名無しさんは返事をして歌姫の横に並び大通りを歩く。









私もそろそろお店探さないとなと五条さんとの約束を思い出す。






デートかぁ〜






その言葉だけで変に意識してしまうな。






デザートの美味しいお店は良く知らないので調べるのに時間がかかりそうだ。







甘い物の中でも何が好きなんだろう。






和?それとも洋?






食べてるのを見たことあるのは洋菓子ばかりだったな。






五条さんの好みがわからない。











「……って五条の奴が。」





「え?五条さん!?」





頭に思い浮かべていた人物の名前が歌姫さんの口から出て咄嗟に反応してしまった。





意識がデートの事に持っていかれていたので、話は右の耳から左の耳に抜けている。






「…どうしたの行き成り?」





歌姫さんは急に声を上げた私に驚いていた。






「ごめんなさい!ぼーっとしてました。それでなんでしたか?」






「あぁえっと昨日ね、名無しさんを早く返せって五条から電話がきたのよ。私の一存で返せる訳ないのにさ、ホント迷惑。」







早く返せって…五条さん何言ってんの。






可愛い。










「ちょっと名無しさん、顔赤いわよ?」






大丈夫と顔を覗き込んでくる歌姫に、焦って大丈夫ですと顔を隠した。






「なら良いけど……それにしても五条に気に入られてるのね。」







「あはは、そんな事ないですよ。」







「そうでしょ!アイツがわざわざ私に連絡よこすなんて、余程の事が無い限りないんだから。」






「そうですか?」






「そうなのよ。でも災難ね、名無しさん五条のこと嫌いじゃない。」







「まぁ……前はそうでした。」






「えぇ前は!?」






驚くのも無理はない。






歌姫さんと仲良くなったのも五条さんの愚痴を言い合って意気投合したからで。





そんな私を見ていたのだから信じられないだろう。







「どうしちゃったの?何かあった?」






動揺している歌姫さんに腕を掴まれ、ガクガクと体を振られる。






嫌いだと言っていた手前、非常に言いにくい。






言葉を濁しながら話をしていると、向かっていたお店のすぐそこまで来ていた。






取り敢えず予約の時間もあるので中に入る。






席に通されて座ると焦っていた気持ちが少し落ち着いた。





歌姫さんは落ち着いていない。






「ねぇ名無しさん、五条に脅されてるの?」






「そんな事はないですよ。ほら、先に注文しましょ。」






「注文が終わったらちゃんと説明するのよ。」






「はーい。」







ここまで言われたら話さない訳にもいかない。






お酒の力を借りて悩みを打ち明けてみようと心に決める。






生ビールが到着して乾杯すると一気に体に流し込んだ。






「いい飲みっぷりね〜見てて気持ちいわ。」





「歌姫さんも。」





泡の口ひげを付けながら顔を見合わせて笑った。






次々と料理が運ばれてきて、テーブルの上はすぐにいっぱいになる。






美味しそう、どれを食べるか迷うな。







端から一通り食べ終えた頃に歌姫さんが、ねぇと話の流れを変えた。






「そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」






うん。





そりゃ気になるよね。





話すと決めたが、どこまで話そう。






もうこんな機会ないだろうし、全部話してしまおうか。






歌姫さんの事は信頼している。






誰かに言いふらすなんてことはしないだろう。







私はグラスに入ったお酒をグイっと飲み干すと話し始めた。







「あの、混乱していて上手く話せないかもしれないんですけど……」






「いいわよそんなの。名無しさんの話なら何でも聞くから。」






カッコイイ台詞に頬が緩む。







「ありがとうございます。」






何から話したらいいのかわからないまま、五条さんが風邪を引いて家に行った話をした。






それから青森へ二人で出張に行ったこと、キスのこと、付き合おうを言われたこと、実家に来てくれたこと、今度お礼にデートすること。







洗いざらい話した。







歌姫さんは怒ったり顔を青くしたりしながら真剣に話を聞いてくれている。







「あんたそれ、完全に目つけられてるじゃない!!あのバカの事だから欲しいものは手に入れるまで諦めないわよ。」






「そ、そうなんですか?」





「そうよ!嫌ならもっとキッパリ断って突き放しなさい。」






「そうしたいのは山々なんですが……できなくて。日に日に五条さんの存在が大きくなっているんです。気づいたら嫌いでもなくなっていて。」






歌姫さんは困惑した顔で私を見つめる。






「名無しさん……」





「それともう一つ、聞いてほしい事があるんです。歌姫さんは七海さんをご存じですか?」






「あぁ七海?知ってるわよ。かなり前だけど一回だけ会ったことある。」






目付きの悪い真面目そうな子よね、と人差し指を顎に当ててその時を思い出している様だ。







「私、七海さんと学生の頃から親しくて、最近彼が好きだって自覚したんです。それで、彼も私の事が好きだから付き合ってほしいって言われて。でも迷てて…」






「え?ちょ、ちょっと待って!」





歌姫さんは焦りながら私の話を制止するため手の平を向ける。






「情報量が多すぎるんだけど。」






「そうですよね、行き成りこんな話してすみません。」






シュンっとする名無しさんに歌姫は違う違うと手を横に振る。







「責めてる訳じゃないのよ。少し話を整理させて?」






「はい。」






「名無しさんは七海の事が好きで彼も名無しさんの事が好き。」






「はい。」






「でもバカの事が気になって気持ちに応えられない。そういう事でいいの?」







「……そうです。」






改めて人の口から聞くと何ともおかしな話だ。






好きな人から告白されているのに応えられないなんて。








「確認しておきたいんだけど名無しさんは五条のこと好きなの?」






「えっ?」






「今の話聞いてると場合によっちゃー最低の女よ?」






「うっ、はい。」






そうはっきり言われると心が痛い。






「五条さんの事は良く分からないんです。好きかどうか。でも頭の中で五条さんがチラつくから、このまま七海さんと付き合ってもいいのかなって。」














「はぁ〜」





私の話を聞いて歌姫さんは盛大な溜息を吐く。








「あんたそれ、よく考えてみなさい。七海に告白されて応えらえないってどういうことなのか。」







それは、どういうことなんだ?







私は眉を寄せる。







「好きな人に告白されて悩むのは、他にも好きな人がいるから。五条の事が好きだと言っているようなもんよ。」






「五条さんのことが、好き?」





「そう。頭にチラつくとか気になるって言ってるけど、好きな人と付き合うのを悩ませる程ってことは、同じくらい好きかそれ以上かってことでしょ?」








あぁ。





そうかもしれない。





悩む理由。






五条さんを好きになってしまったから悩んでるんだ。






「私、あんなに嫌いだった五条さんのこと、好きになっちゃったんですね。」






「本当よ!裏切り者〜同士だと思ってたのに。」






そう言いながらも歌姫さんの表情は柔らかい。





ごめんなさいと笑って謝罪する。







「けど、どうするの?」







「むこうに帰るまでに決めます。」







「そっか……絶対、七海の方がいいと思うけど。」







「まぁそうですよね。」






絶対と言い切る歌姫さんに苦笑する。






今までの事を考えても七海さんを選ぶ方が良いに決まっている。





それはわかっている。





わかってはいるんだけど……













「七海さんと関係が悪くなるのは嫌だな。」






名無しさんは俯きながらボソリと呟く。






「大丈夫。告白を断られて性格を変える様な男じゃないって名無しさんはわかってるんじゃない?」






二ッと口角を上げる歌姫さんが頼もしい。






そう言ってもらえるだけで心強かった。






「……はい。」






歌姫さんは背中を押してくれている。







怖気づいてはダメだ。






ちゃんと言おう。










「歌姫さん、ありがとうございます。」






それを聞いて歌姫はふっと笑う。






「ほらーもっと飲みましょう?今日はパーッとね!」





「はい!」






私たちは夜が更けるまで騒ぎ続けた。





















.
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ