「温もりを知ったから」

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カーテンの隙間から陽が差し込み、眩しくて目が覚めた。






手の上に乗った保冷剤がふにゃっと力尽きた様に解け切っている。






あのまま寝ちゃったみたい。






体を起こし時計を確認すると4時40分だった。







喉が乾いていたのでキッチンに行きコップに水を注いで一気に飲み干した。







冷たい水が体に行き渡りふ〜っと息を吐く。







もう寝直すことはせずに洗面所へ向かう。







鏡に映った顔を見て安堵した。





冷やした甲斐あって目は腫れていない。






「良かった。」






そう呟くと顔を洗って歯磨きをした。









廊下に置きっぱなしになっていたリュックから使用済みの服を取り出して洗濯機へ放り込む。







洗剤とお気に入りの香りの柔軟剤を入れるとスタートボタンを押した。







キッチンへと戻りお湯を沸かしコーヒーを作る。







やはり食欲はなかった。






なので朝ご飯はこれだけ。







コップ一杯に詰めた氷の上から熱いコーヒーを注ぎ入れると、パキパキと音を立てて氷が溶け出す。







完成した出来立てのアイスコーヒーを手にリビングへ移動しパソコンを起動させ、今日の仕事のチェックをする。






それから洗い終えた洗濯を干し、着替えと化粧を終わらせた頃には時刻は7時を回っていた。








スマホを手に取りメッセージを作る。







『昨日はありがとうございました。

 五条さんが来てくれて本当に良かったです。

 お礼がしたいので、何か希望があれば教えてください。』






五条さんへそのメッセージ送信した。







そしてもう一件メッセージを作成する。







『おはようございます。

 昨日こっちに帰ってきました。

 色々とご迷惑を

 



と打ち込んだところへ新着メッセージが一件表示された。






五条さんか?返信早いなと思いながら一旦作成をやめて確認する。







それは五条さんではなかった。







送り主は今まさにメッセージを作成していた七海さんからで。







『起きてますか?』







と、一言それだけ。







七海さんにしては簡略過ぎるメッセージで、はい起きていますとすぐに返信する。







すると手にしていたスマホが振動する。





七海さんからの着信だった。





驚きながらも慌てて電話を受ける。







「はい、もしもし。」






『おはようございます。今、お時間大丈夫ですか?』






「あ、おはようございます。大丈夫です。」






朝一の七海さんの低音ボイスは心臓に悪いなと思いながら答える。






『朝早くからすみません。まだご実家ですか?』





「いえ、昨日の夜帰ってきました。」





『そうですか、今日休みですよね?』





「あ、えーっとそれが仕事をすることにしまして。」









沈黙の後、はぁ〜と電話口から溜息が聞こえて、再び心臓が慌てふためく。






「あ、あの……」






『どうして貴方はそう無理をするんですか。』






「無理なんて」




『心配なんです、ななしさんのことが。』






ツラそうな声に言葉が出なくなる。







『今までも無理をするところを散々見てきたので。』






うっ、と声を漏らし返す言葉もなく耳が痛い。







『押し付けがましいことを言っているかもしれないですが、もっと周りに甘えてください。ななしさんに何かあったら悲しむ人がたくさんいるんです。』







七海さんの優しさに心がジーンとする。






込み上げてくるものを必死に堪えて、はいと答えるのでやっとだった。






『今日会えるかと思ったんですが、また日を改めます。』







「えっ?あ、会います!」






会いますってなんだ。





会いたいですと言いたかったのに言い間違えて、咄嗟に出てしまった声に自分でも驚いている。







『…仕事なんですよね?』






その言葉に怪訝そうに尋ねる七海さん。






まぁそうなりますよね。






私は何を焦っているのか、胸に手を置いて落ち着かせる。







「二件だけなので午前中で終わります!」





考えているのか返事がない七海さんに、折角のチャンスを逃すまいと粘る。






「お土産も渡したいので会ってくれませんか?」






『……分りました。私も午前中は仕事が入っていますので、終わり次第お互い連絡を入れましょう。』






「了解です!」






そう約束をして電話を切った。







スマホをテーブルの上に置くと何故かほっとした。







一体私は何に焦っているのか。






五条さんと出張に行ってから変なのだ。







七海さんの事が好きだとやっと自覚したのに、今は五条さんの事がやたらと気になる。






気付けば頭の半分以上を五条さんが占めている状態に戸惑っていた。






強引なのだ彼は。






こちらの事は気にも留めずに、ズカズカと私の心に侵入してきて巣を作る。






昔は吐き気がするほど嫌だったのに、今はそれが心地良い。






あぁ〜何なんだ本当に。






私は何がしたいんだ。







胸の中がごちゃごちゃと落ち着かない。






モヤモヤとじれったい。






私は考えるのが嫌になって少し早いが家を出ることにした。














































































 * * *







仕事を終わらせると七海さんと連絡を取り合って、パン屋に併設されたカフェで合流した。






ずっと何も食べていなかった体に行き成りパンなんか入れて大丈夫だろうかと心配になったが、お昼時に食べないのも違和感を与えるだろうとサンドウィッチをチョイスする。






私の休んだ分の仕事を代わりにしてもらったと聞いていたので、お礼にお昼をご馳走すると言ったがキッパリと断られてしまった。







各々お会計を終わらせて向い合せに席へ着くと、まじまじと顔を観察してくる七海さん。






「どうしたんですか?もしかして顔に何か付いてます?」





余りにも真剣に見られていたので何か付いているのかと焦って顔を触る。






「いえ、付いてません。ですが……」





付いていないと言われて安堵し、その後言い淀む七海さんに疑問符を浮かべながら言葉の続きを待つ。






「顔色が悪いです。ちゃんと食べていますか?」






まさかそんな事言われると思っていなかったので面食らう。






化粧もしているし、もちろん食欲がない事を気づかれない様に注意していたのに。






「食べてますよ、ちゃんと。」





不信感が無いように答えるも、これは信用していない顔だ。






次に言われるだろう言葉を予想して言い訳を考えていると、七海さんは急に立ち上がってレジへ向かった。






もしかして怒らせてしまったのか。






私はあわあわしながら席へ戻って来た七海さんを見上げる。








「私の家へ行きましょう。」






「ええ!?」






状況が良くわからずに混乱して大きな声を上げてしまった。






口を両手で押さえるも、もう遅い。






周りからの訝しげな視線が刺さる。






すみませんの意味を込めて軽く頭を下げ、レジでもらった紙袋に先程買ったパンたちを黙々と詰めている七海さんを見る。








「七海さん、どうしたんですか急に。」






「どうしたもこうしたもありません。食事を抜いていた体でパンを食べるなんて、お腹を壊しますよ。」







私の嘘は予想通り見抜かれていたようだ。







「でも」






「ななしさんの意見は却下です。黙って付いてきて来てください。」







有無を言わさぬ態度にポカンとしていると、七海さんは紙袋を提げて店を出て行く。






私は急いでその後を追った。








































大きなソファーにちょこんと座って、目だけで周りを確認する。






お洒落で綺麗に掃除の行き届いたリビング。







男性の部屋とは思えない程だ。






そこら中から七海さんの匂いがする。






それだけのことで緊張して体がカチカチに固まった。






七海さんの家に来ているのだ。








あんな強引に事を進めるなんて珍しい。








そして放置されること15分。







そろそろ居た堪れなくなってきた。







キッチンに立つ七海さんを目で追いながら何か手伝おうと腰を上げたことろで、お盆を手にした七海さんがこちらへやってきた。







「雑炊を作ってみました。ななしさんの口に合えばいいのですが。」






そう言って七海さんは目の前に置いた土鍋の蓋を開く。






ほわっと湯気が上がり、優しい出汁の香りが鼻腔をくすぐる。





ふんわり卵が輝いて、その上に散らされたネギが色鮮やかだ。






「わぁ!!七海さん、ありがとうございます。」





心使いが嬉しくて堪らなくて。





側に立つ七海さんを見上げ、最大級の笑顔を向ける。





「これぐらいさせてください。冷めないうちにどうぞ。」






そう言って呑水と蓮華を渡された。






「お言葉に甘えて、いただきます。」






七海さんから土鍋へ視線を移し、蓮華で掬って呑水へ4分の1程を装うとふうふう冷ましてから口に入れた。






見た目通りの優しい味で、出汁が効いていて手が止まらなくなる。






「とっても美味しいです!」






横へ腰かけた七海さんへ顔を向けると、それは良かったと微笑まれドキリとした。






それを隠すように、七海さんのご飯はと声をかける。







「私は先ほどのパンを食べます。」






紙袋からカスクートを取り出すと美味しそうに食べ始めた。






七海さんの優しさに心が温まる。






私は更に追加で土鍋から雑炊を移すと、溢れそうになる涙を堪えてパクパクと食べ進めた。










土鍋の中が空っぽになりご馳走さまでしたと手を合わせる。






久しぶりにお腹が膨れて苦しいくらいだ。







「片付けは私がしますね。」







手伝いもせずに座ったままでいるのが申し訳なくて、私は使い終わった食器をお盆の上に載せる。







「いえ、ゆっくりしていてください。」







そう言うと、既にパンを平らげていた七海さんは横からお盆を持ち上げ、キッチンへと持って行ってしまった。







甘やかされてばかりだ。







ソファーに戻って来た七海さんに、そう言えばお土産を渡してなかったと思い出して鞄から箱を取り出す。







「これ、この前の出張のお土産です。」






「ありがとうございます。…変わった色のジャムですね。」






六角形の瓶に入った青色のジャムのパッケージ写真を見て七海さんは珍しそうに眺める。






「変わってますよね〜宝石みたいで。青森県産のリンゴを使ったジャムで、美味しいみたいです。」






「それは、食べるのが楽しみです。開けてもいいですか?」






「どうぞ。」






七海さんは箱を包んだフィルムを剥がすと、中から瓶を取り出した。






ちょうど七海さんの手の平に収まるサイズで、外からの光で中のジャムがキラキラ輝く。






それを見ていると、瓶底に光が当たり青が淡く透き通る。






澄んだ蒼が五条さんの瞳を連想させた。






買った時はそんなこと全く意識していなかったのに。






ほんと、嫌になる。






私はバツが悪くなって顔を伏せた。

















「ななしさん。」






不意に呼ばれ顔を上げると、真剣な眼差しで私を捉える七海さんと視線があった。






いつものサングラスをしていない為か、雰囲気が違って見えて緊張する。











「……七海さん?」







名前を呼んでみたが反応は無い。








息を飲む程の空気に脈が加速していく。







七海さんの身体が少しずつ近づいてきて、徐々に顔の距離が縮まる。







互いの息がかかる距離まで来た時、ふと我に返った様に七海さんの目が逸らされた。







そして何もなかったかのように離れていく。







息苦しさを感じる程に私の心臓は脈打っていた。








キスをされるのではないかと思ってしまった。












「あれから五条さんの態度は変わりましたか?」







「あ、え?五条さんは、えっと…」







急に話題を振られて頭が回らず、明らかに動揺している自分に、更にパニックになった。






落ち着け私。






五条さんはあれからキスしてきたり、付き合おうと言ってきたり、急に実家にきたり、相変わらずハチャメチャだった。







「効果はなかったようです。というか更にエスカレートしました。」







「そうですか……キスでもされましたか?」







えっ!?






何で七海さんがそのことを知って…






固まる私を見て、七海さんは瞬きとは違う故意にゆっくりと目を閉じて瞼を開いた。







「図星ですか。」







その言葉で鎌をかけられたことを理解した。


















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