「温もりを知ったから」

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11時渋谷。




電車を降りて適当な改札口から出ると、指示があった通りに五条へ電話をかけた。






「お疲れ様です、ななしです。」





『おつかれーって、暗っ!仕事じゃないんだしもっとテンション上げてこーよ。』





上がるわけがない。





なんで休みの日にわざわざ五条さんに会わないといけないのか、加えてこの人口密度。





すれ違う人にぶつかりそうになりながらコンコースの柱の辺りへ移動すると一先ずホッとした。






あまり人混みは得意じゃないし、暑いし、電車が混んでいて疲れたし、着いて早々だが帰りたい衝動に駆られる。






「五条さん今どこですか?」





『たぶんもう近くにいるよ?』






「え?」







『左向いて。』







言われた通りに顔を左へ向けると、少し離れた人混みに頭ひとつ飛び出したこちらに笑顔で手を振る五条を見つけた。






…目立つな。






背の高さもあるが、銀髪にサングラスに眩しい程のイケメンオーラ。






周りの女子達がチラチラ視線を向けているのがわかる。







隣を歩くだけで注目を浴びることになるだろうと思うと、お腹が気持ち悪くなり更に帰りたくなった。






「何その顔ウケる。」





長い足であっという間に側までくると、私の死んだ様な顔をみて会って早々に馬鹿にしてくる。






いつものことながら失礼な人だ。





近くに寄ると更に眩しいな。






目を細めてそんな事を考えていると、何故か満足そうにじゃあ行こっかと腰を折って顔を覗き込まれ、サングラスの奥の蒼についピクッと反応してしまった。







規則性を持たない人の波を、横並びではなく敢えて前を歩いてくれている背中に優しさを感じて何だか居心地が悪い。






「何処に行くんですか?」






「パンケーキ屋。」






「えっ、パンケーキ?」






甘いもの得意じゃないのにどうしようと考えていると、それを察知したかの様にパンケーキ以外もあるからと笑顔で返される。





その反応が意外で、五条さんに甘いもの得意じゃないって話したことあったっけと思いながらそうなんですねと出来るだけ平常を保って話した。











日曜という事もあり駅を出ても人は多い。





ガラス張りの高層ビルが太陽を反射して余計に暑さを感じる。






人の群れに混じり信号待ちで足を止めると、後ろを通り過ぎて行った内の一人の鞄が私の肩に当たった。






小さく声を上げ前によろけた所を大丈夫?と五条に軽く受け止められ、体を支える逞しい腕に不覚だが顔に熱が集まるのがわかった。






恥ずかしくなって急いで体を離しながらすみませんと一言答えると、バツの悪さを感じて俯く。







何意識してんだ私。
















ぼんやりと視界に入っていた五条さんの左手が微かに動いて私の右手に触れたかと思うと、次の瞬間には包む様に握られて、驚いて顔を上げるとその様子をニヤリと笑いながら五条さんが見下ろしている。







「なに、照れてる?」





ムカつく言い方に、照れてませんと少し怒気を含めて反論し手を振り解こうとするも、握る力が強くなっただけでそれは叶わなかった。






「危ないからさ、我慢してよ。」






人の波が動き出したことで信号が青へ変わったことを感じ取ると、私が返答する前に握られた手を引き波に従う五条にやむを得ず後に続く。











今日の五条さんはやけに優しくて調子が狂う。









緊張のせいか周りの音が耳鳴りであるかのように遠くに聞こえた。






























ドラマの主題歌で有名となった流行りの曲が流れる店内は、観葉植物が所々にレイアウトされて開放的な大きめの窓のお陰で照明が要らない程に明るい。





丸テーブルを挟んで置かれたオフホワイトの硬めの椅子に腰掛けると、仕切るものが無いせいか四方から好奇の視線を浴びた。





それもその筈、SNSに載せたくなる可愛いパンケーキを売りにしたこの店は九割方女性客で埋め尽くされており、目の前の高身長イケメン男子が目立たない訳がない。






人目を気にする私に相対して当の本人はメニューに釘付けになっている。







あぁ、帰りたい。







「名無しさんどれにする?」





慣れているのか気にする事なく尋ねてくる五条は楽しそうで、色々あるよとテーブルにメニューを広げた。





促されるままに見るとパスタやドリア、オムライスなど美味しそうな写真が並んでいて、どれも女の子受けが良さそうな華やかな盛り付けだった。





ページを捲ると生クリームと色とりどりのフルーツがたっぷりと乗ったボリュームのあるパンケーキの写真が所狭しと記載されている。





見るだけで胸焼けしそうだ。





ページを戻しコレにしますと、トロトロの卵にデミグラスソースのかかったオムライスの写真の上に人差し指を置いた。






「おっけー、飲み物はどうする?」




「じゃあアイスコーヒーで。」




そう答えると五条は間髪入れず、すみませーんと声を上げて店員を呼び止め注文を始める。




今の声だけで周りの女子が反応を示し、注文を受けている栗色の髪の可愛らしい店員も微かに頬を染めている。





その様子を黙って見ていると注文を終えた五条と目が合った。






「気になる?」





何となく周りからの視線の事だろうなと思って、まぁと言葉を濁して答えると、その内慣れるよと言いながら五条は顔の前で手を組んで少し俯いた。








「ずっと食べてみたかったんだよ、ここのパンケーキ。」





「お礼と言いながら己の欲望に忠実ですね。」





「まぁーね。男ひとりでは流石に入りにくくて。」





そんな気がしていたので、はぁ〜と溜息が出た。





「僕の奢りだし好きなだけ食べていいよ!ご飯も美味しいみたいだしさ。」





適当に返事をすると来店して直ぐに出された水を喉に流し込んだ。








ひとり喋り続ける五条に、当たり障りなく相槌を打っていると、注文していたオムライスが美味しそうな匂いと共に運ばれてきた。






先に食べるよう言われたので遠慮なく食べることにする。






お洒落な木のスプーンで掬い上げ口に入れると、トロトロの卵にコーティングされたオムライスはケチャップライスの酸味と濃厚なデミグラスソースが相まって五条さんが言っていた通りとても美味しかった。





三分の一程食べ進めたところに、先程の注文を受けた女性が接客業の鏡と言えるような笑顔で五条のパンケーキを運んできた。






テーブルにゆっくりと降ろされたそれは四枚のパンケーキの上に、これでもかと言うほど高く盛られた生クリーム、そして極め付けに苺がドミノの様に飾られている。




キラキラと効果音が聞こえてきそうな黄金色の蜂蜜と苺のソースが格子状にたっぷりと掛かっていて輝いて見える。






うわぁー、と引きながら眉を顰めて眺めていると五条は優雅な手付きでフォークとナイフを使い食べ始める。





「めちゃくちゃ美味しいよ、これ!」






「良かったですね。」






心の籠っていない私の返答を気にも留めずに五条は自身の見た目とそぐわないパンケーキをテンポよく食べ進める。






少しの気持ち悪さを感じながら先にオムライスを食べ終えると、口元を拭いてからアイスコーヒーを一口飲んだ。











「甘いの全然駄目なの?」






「…嫌いではないんですけど、あまり食べられないので。」







「そう、じゃあはい!あーん!」







「…は?」





先輩だと言うことを忘れてつい素が出てしまった。






「ほーら、口開けて。」






鈍器で殴られたかの様な衝撃に頭が痛くなった。





大の男が、しかも付き合ってもいないのに、公の場でそんな事を躊躇わすに強要してくるなんてどうかしている。





恥ずかしくないの?





この人ホントに頭おかしいよ。





右手を額に添えて項垂れる。






「はよはよ!」





「はよはよじゃないです!いりませんよ!」






全面拒否するも控えめにクリームを乗せたパンケーキを引くことはせずに、ほーらと言いながらじっとしている五条。






周りから明らかに注目されている。






この人、絶対引く気ない。






刺さるような視線に耐えきれなくなってキッと五条を睨みつけた後、差し出されたパンケーキを素早く口に含んだ。






鬼か?鬼なのか?






お礼と偽ってこんな所に呼び出して、嫌がる事をしていじめて楽しいのか?






泣きそうになる程に恥ずかしく思ったのは初めてだ。






身悶えている私と対極的に落ち着いた爽やかな声で、ねー美味しいでしょと言ってくる五条に殺意が芽生える。





甘酸っぱいパンケーキが舌の上でジュワッと溶けていくのを感じながら、赤くなっているだろう顔を両手で覆うとしばらくそのままで動けなくなった。























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