「温もりを知ったから」

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入るのも憚られる様な広くて綺麗なエントランス。




床は大理石、歩くたびにコツコツと軽快な音が響いた。







少し緊張しながら部屋番号を押し待ってみるが、カメラのレンズ下辺りが赤く点滅するだけで反応が無い。







寝てるのかな?





どうしたものかと思案して取り敢えず七海さんへ連絡しようと鞄からスマホを取り出したところで、はいと掠れた声が聞こえてきた。







「ななしです。七海さんから頼まれて色々持ってきました。」




「入って。」




その言葉を合図にエントランスの扉が開いた。






目的のフロアに着くと廊下を進んで、先程下で押した部屋番号と同じ扉の前で足を止める。






インターホンを鳴らすが、待てど暮らせど応答がない。






少し躊躇ったがここで帰るわけにもいかず、ドアノブに手をかけて引いてみるとガチャリと音を立てて扉は難なく開いた。








お邪魔しますと声をかけ長いフローリングの廊下を進み奥のドアを開く。







綺麗に整頓された部屋の中はシーンと静まり返っていて、テレビの前の大きなソファーに五条悟が横たわっていた。







「大丈夫ですか?」





近づいて頭元で膝を付き覗き込むと、見慣れたサングラスは無く額に薄っすらと汗を浮べ、苦しそうに呼吸を繰り返すいつもの余裕に満ちた彼とは思えない程に弱り切った姿をしていた。






「何で名無しさん?」





「私しか手が空いていなかったので。」





勝手に部屋の物触りますけど後で怒らないでくださいねと告げると、洗面所へ行って何ヵ所か引き出しを開けてタオルを探し出すと五条さんの元へ戻った。









「ベッドに移動できますか?」




そう声をかけると、五条さんはコクっと頷き眉間に皺を寄せながらも上体を起こしたので「掴まってください。」と背に触れる。





190p近くもある五条さんを必死に支えながらやっとのことで寝室へ辿り着くと、キングサイズの柔らかそうなベッドへと寝かせた。




肌触りの良いタオルで汗を拭ってから、テーブルの上にあった体温計を「熱測りますね。」と一声かけて服の裾から入れて脇に挟んだ。




リビングに戻って床に置いていた買い物袋から薬と水、スポーツドリンクを取り出し食器棚からグラスを持って再び寝室へ向かう。








「最強の五条悟も風邪引くんですね。」





薬を準備しながら皮肉めいたことを口にすると、五条さんは「僕も人間だから。」と言って苦しそうに笑った。





ピピピっと電子音が聞こえて体温計を取り出す。





画面には39.0℃と表示されており私は眉を顰めた。






「病院に行きますか?」





「いや…いかない。」





本人が行きたくないのなら仕方ない。






「薬飲めますか?」





「……口移しなら。」





「ふざける余裕があるなら飲めますね。」





背中に手を差し入れ少し上体を起こすと、薬、水と順に手渡し飲み込むのを見守る。





「後は寝てください。」




横になった五条さんに布団をかけて立ち上がろうとしたところで、グッと手首を掴まれよろけそうになった。





「……帰らないよね?」





いつもは隠されている綺麗なアクアブルーの目が私を映し不安そうに見つめてくる。





「こんな状態の五条さんを放って帰りませんよ。」




そう言うと、ホッとしたように目を閉じた五条さんを見て、3つも年上なのに子供の様だなと少しだけ可愛く思った。






布団から出てしまった手を戻すと、ベッドの横に跪いてしばらく顔を眺める。






綺麗な顔。






こんな近くで五条悟を眺められるなんてラッキーだったかもしれないと不謹慎なことを考えていると、規則正しい寝息が聞こえてきたので音を立てないように寝室から出た。


















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