「温もりを知ったから」

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「すみません、待たせてしまいましたね。」





「お疲れ様です。私も今来たところですよ。」





オレンジ色のお洒落な間接照明が、白を基調とした北欧テイストの壁を反射し店内を照らす。





静かなピアノのメロディと共に七海健人は木製の椅子に腰かけた。






「飲み物何にしますか?」




机の袖に立て掛けられたパウチを手に取ると、私は七海さんに手渡した。






「あなたは?」





「私はいつもの白ワインにします。」





「じゃあ同じものにします。」





そう言うと、七海さんは手慣れた動きでオーダー待ちをしていたウェイターを呼び、一言二言会話を交わして手にしていたパウチを元の場所に戻した。








「先日はありがとうございました。」






先日とは体調を崩した五条悟への届け物の件だろう。






「いえいえ、七海さんの頼みなので。」






あまり思い出したくない記憶に苦笑いを浮かべると、それを察したように面倒を掛けましたと言われ、長年連れ添った夫婦の様な心地良さを感じる。






「男の家に女性を一人で向かわせるのはどうかと思ったんですが、生憎私も伊地知くんも任務が入っていたもので。」






「気にしないでください。暇していたので丁度よかったです。」





努めて表に感情を出さないように笑顔を浮かべた。











「…何かありましたか?」





「何もありませんでしたよ。」









七海さんの鋭さには感服する。






心配してくれている彼には、取り立てて言うほどのことではない。







七海が口を開きかけたところで、注文していた白ワインと、大きめの四角い皿に盛り付けられた目にも鮮やかなオードブルが運ばれてきた。







話の腰を折るには丁度よかった。







「七海さん。」







グラスを胸の高さまで持ち上げてみせる。





七海さんも続いてグラスを上げ、小さく乾杯と言うと鼻に入って来る香りを楽しみながら口に含んだ。





甘すぎずさっぱりとした口当たりの良いこのワインは、私も七海さんも気に入っている。




空腹状態にワインを飲んだ事で胃がジワーっと熱くなっていくのを感じた。








「ななしさんは明日高専ですか?」




「いえ、静岡へ出張なんです。伊地知さんから一昨日メールで指示がありました。」





「そうですか、五条さんに呼ばれて久々に高専へ行くんですが、出張なら会えませんね。」





今こうして顔を合わせているのに、明日会えない事を残念がっている七海さんが可愛くて可笑しくてクスっと笑ってしまった。





「なんですか?」




「すみません、嬉しくて。」





「嬉しい、ですか?」




怪訝な顔で、私は残念ですが、と言っているかの様な表情の七海さんに「会いたいと思われてる事がです。」と答えると、七海さんは眼鏡の中心に右手の中指を添え「そうですか。」とだけ言ってオードブルに手を付けた。





照れ隠しである事が何となくわかり、それが妙にくすぐったくて、私もお皿に取った生ハムを口に放り込んだ。






七海さんは高専時代の2つ上の先輩で、校内で会ったり任務で一緒になっていく内に自然と仲良くなり、卒業した今でも私の事を気にかけてくれている。





高専を卒業して七海さんが一般企業へ就職してからは、当然会う機会が減り、どちらからともなく連絡して時間を合わせてはご飯に来ていた。






それが最近、突然のメールで呪術師に戻ると言うのだから驚いた。





また一緒に仕事ができると言う嬉しさと、一般企業で働いている方が幸せだったのではと言う葛藤があって、その時は手放しでは喜べなかったが、私がどうこう考える必要がない程には彼はしっかりとしていた。
















いつも通り食事をしながらお酒を飲み、他愛ない会話をして過ごすこの時間が、今の私にとって一番の癒しになっている。





毎回会う度に3時間程は話しているのに良く話が尽きないなと思う。







丁度いい具合に酔いが回って来た頃、私たちは店を出た。






穏やかな音楽が流れた店内とは一変。






夜も更けようとしているにも関わらず、陽気な人間たちがごった返していて騒がしい。






何も言わず、人とぶつからない様に前を歩いてくれている七海さんの背中を見ながら、幾分か静かになった大通りに出た。






お互い家までそう遠くは無いが、雨の日にタクシーで帰った日を皮切りに、乗り合わせて帰ることが定着していた。






働く大人のちょっとした贅沢だ。






タクシーを拾って乗車すると、毎回家の近い私が先に降りる事になる。





後部座席に並んで座り特に会話も無く流れる街並みを目で追っていると、見慣れた景色にそろそろ家だなと財布から千円札を二枚掴んで、これで払ってくださいと七海さんへ手渡した。





会う度に家の遠い七海さんが支払う事になるのが嫌で、ローテーションの決まりを無理矢理に作ったので今回は私の番。





七海さんはありがとうございますと言って受け取った。








タクシーが6階建てのマンションの前で停車すると、私側の扉が自動で開き締め切られた車内に新鮮な空気が入って来る。







「ありがとうございました。また連絡しますね。」





「いえこちらこそ。では、また。」





その言葉を聞いてタクシーを降りると「ななしさん。」と呼び止められて振り向く。





「明日の出張、お気を付けて。」





「はい。じゃあ、おやすみなさい。」




七海さんの優しさにコクリと頷きながら微笑むと、微かに弧を描いた口元で「おやすみなさい。」と返されてタクシーは緩やかに発進した。





私はタクシーが角を曲がるまで見送った。
















家に入るとパチッと玄関の明かりをつけ、鍵を閉め、鞄を廊下に置くと真っ先にお風呂へ向かった。





座ってしまったら動けなくなることが目に見えていたので、疲労とお酒のせいで眠くなった目を擦りながら、簡単にお風呂を済ませ、目覚ましを6時にセットしベッドへ潜り込む。





明日は朝が早いなと思いながら、欠伸をして枕元のスマホを最後に確認すると、着信が一件表示されていた。






五条悟。





「…何だろう。」





そう表示された画面を見て、着信のあった時刻を確認する。




3時間前だ。




急ぎの要件なら何回か掛けてくるだろうし、今は日付も変わってしまっている。




折り返しは明日にしようとスマホの画面を消して目を閉じると、吸い込まれる様に眠りに落ちた。
























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