「君の手をとるまで」

□13.薬草摘みの段
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-薬草摘みの段-



 伊作、乱太郎、ななしの三人は、籠を背負って裏山に来ていた。

薬草の生えている場所は起伏のなだらかな丘で、私は二人に薬草の特徴を教えてもらいながら採取に勤しんでいた。

探して摘むと言う簡単作業の繰り返しだったが、飽きることなく没頭できて、寧ろ楽しんでいた。

近頃は初夏の陽気で暖かいと思っていたが、山の中は少し肌寒くて、薬草を摘む指先が少しずつ冷たくなっていた。

日が暮れるともっと冷え込んでしまうだろうと、私は薬草を摘むスピードを早める。


「たくさん集まりましたね!」


 乱太郎が薬草で一杯になった籠を見て嬉しそうに言った。


「そうだね!暗くなったら大変だし、そろそろ帰ろうか。」


 伊作の言葉にななしと乱太郎は「はーい!」と上機嫌に返事をした。

背負い籠を木にぶつけぬよう気を付けながら、私たちは山を下りた。


「伊作先輩、今日は不運な事が起きませんね。」

「ほんと、猪にも熊にも遭遇しないなんて。」


乱太郎と伊作はキラキラと顔を綻ばせている。

保健委員会が"不運委員会"と呼ばれている事は知っていた。

が、私は彼らと居てまだ不運な場面に立ち会った事が無い。

なので皆が誇張して話しているだけだと思っていたのだが……

今の会話をきいて、そうでもないかもしれないと感じてしまった。

前を歩く幸せそうな表情の二人を見てななしは苦笑いを浮かべた。

 木の根を跨いで段差を越えたところで、伊作がピタリと足を止めたので、ななしたちも続いて足を止めた。


「伊作くん?」

「伊作先輩、どうしました?」


 乱太郎が不思議そうに首を傾げる。


「しっ!」


 真剣な表情で人差し指を口に当てた伊作を見て、乱太郎とななしは慌てて口を噤んだ。

私の中で猪と熊の存在が脳裏をよぎって緊張が走った。


「声が聞こえないか?」

「声、ですか?」


 肩を寄せ合い、耳打ちするくらいの声量で言葉を交わすと、私たちは辺りに耳を澄ませた。

…………確かに。

微かではあるが声が聞こえる。

私たちは草を掻き分け、ゆっくりと音を立てず声に近づいた。


「あれは……」


 先頭の伊作くんが息を飲んだのが分かった。

視線の先を確認すると、赤い頭巾が集い、何やら話し合いをしている様だった。


「ドクタケの奴らですね。」


 乱太郎が静かに言うと、伊作は神妙な面持ちでコクリと頷いた。


「どうしてこんなところにドクタケが……」


 伊作は呟くと、緊張を張り付けた顔で振り返った。


「とりあえずココを離れよう。見つかったら大変なことになる。」


 私たちは頷き、元来た道を忍び足で引き返した。

すると不運な事に、近くの木でカラスが鳴き、それに驚いた小鳥たちが一斉に飛び去っていった。

もちろんドクタケの人達も音に反応してこちらに視線を向ける。

咄嗟に屈んで草むらに隠れたのだが、背負っていた籠がはみ出していて、直ぐに気付かれてしまった。


「忍たまだ!捕まえろ!!」


 一人が叫んだのを合図にドクタケの奴らが走り寄って来た。


「逃げるよ!」


 透かさず伊作がななしの手を握り走り出す。

捕まったら大変なことになる。

そう考えただけでゾワゾワとした冷たいものが背中を這った。

呼吸が乱れ、恐怖が押し寄せる。

急に全力で走り出したせいか心臓が痛い。

遠くからドクタケの「待てー!!」と言う声が聞こえる。

枝が頬を掠めたが今はそんな事を気にしている場合ではない。

前を走る乱太郎くんは子供と思えないくらい早くて、きっと伊作くんも私が居なければもっと速く走れているだろう。

足手纏いになっていると痛感した。

もつれる足が苛立たしかった。


「乱太郎!」

「はい!」

「このままでは皆捕まってしまう。僕たちが囮になるから、忍術学園に知らせに行ってくれないか?」


 伊作くんが言うと乱太郎くんは、眼鏡の奥にある目をまん丸に見開いた。


「でも……」

「大丈夫、ななしさんのことは僕が絶対に守るよ。」


 その言葉を聞いても、乱太郎の不安そうな表情は変わらない。

乱太郎くんが伊作くんのことを先輩の中でも一際慕っていると知っていたので、心配で堪らないのだろうなと思った。


「ここに籠を置いて。行くんだ。」


 その声色はいつもの伊作くんとは違う、先輩として威厳のあるものだった。


「分りました……伊作先輩、ななしさん、どうかご無事で。」


 乱太郎は眉を寄せ薄っすらと涙を浮かべると、籠を下ろし斜面を一気に駆け下りて行った。

小さな背中を見送ったあと、私たちはどちらからともなく顔を見合わせる。


「とりあえず、この籠を囮にしましょう。」


 私は伊作くんの提案にこくりと頷いた。

折角山盛り取った薬草だったが、命には代えられないと肩から下ろす。

隠れているように見せるため草の中に隠し、もう一度手を握り直すと私たちは静かに走りだした。

休みなく足を動かし、籠を隠した位置からかなりの距離を離れた。


「この木の陰に。」


 上がり切った呼吸のせいで返事もできず、私は引かれるまま伊作くんの背後に身を顰めた。

周りを確認したのち「しばらくは大丈夫だと思います。」と言って、伊作くんも枯葉が積もり腐葉土になった土の上に腰掛けた。

私たちは「はぁ〜」と息を吐き、木に背を預けて束の間休息する。

ドクタケの人達を何とか巻くことができたが、人数が多かったので見つかるのも時間の問題だろう。


「……ごめんね。」


 足手纏いになってしまったと、自分の無力さについ謝罪の言葉が漏れる。


「え?」

「伊作くん一人なら学園まで帰れていたでしょう?」

「そんな、」


 伊作くんは言葉に詰まって悲しそうな顔をした。


「そんなこと言わないでください。元はと言えば僕が不運だから……」


 ズーンと沈み込んだ伊作くんに、私はしまったと慌てふためく。


「あれは不運じゃなくて偶然だよ。」

「その偶然もきっと僕の不運のせいです。」


 更に凹む伊作くん。

私は自分の頭の悪さに憤りを感じながら伊作くんの両手を握った。


「マイナスなこと言ってごめん!乱太郎くんが頑張って走ってくれているんだから、私たちは絶対に逃げ切ろう!」


 キョトンとした伊作くんに「ね?」と私は力強く言った。


「……はい!」


 伊作くんは目を細めると柔らかい笑顔を見せてくれた。

ななしは伊作の表情にそっと胸を撫で下ろす。

 日暮れが近づいているのか木々が黄金色に染まり、追われていることを忘れるくらいの幻想的な光景が広がった。

穏やかな風が吹き、サラサラと葉が揺れる。

暢気にも「綺麗だね。」と私たちは笑い合った。


「あっ!」

「どうしたの?」


 伊作の上げた声にななしは首を傾げる。


「頬に怪我をしていますよ。」


 あぁ、あの時の……と思い私はヒリヒリ痛む頬に触れようとした。


「触っちゃダメです。」


 伊作くんはそう言って私の手をやんわり抑えた。

反対の手で懐から手拭いを出すと、垂れた血をそっと拭った。


「傷薬を待っているので塗りますね。」

「……ありがとう。」


 さすが保健委員会委員長、用意周到だ。

合わせ貝を片手で器用に開く姿から、軟膏を人差し指で掬い取る所作まで、迷いの無い流れる様な動きを自然と目が追っていた。

顔を上げた伊作くんは傷口を見ると、反対の指先をそっと私の顎下へ添えた。

絶妙に近い距離間にドギマギして不自然なくらい視線が彷徨う。

伊作くんは気になっていないようで、痛まないよう優しく薬を塗ってくれた。


「これで良し!跡が残らなければいいんですが。」


 伊作は心配そうに眉をハの字に下げた。

それと同時に近くの草むらが揺れ、心臓が飛び上がる。

完全に油断していた。

動いた緑の中に補色の赤がちらつく。

私たちは急いで立ち上がりその場を逃げ出した。


「いたぞー!!」


 ドクタケ忍者の声が辺りに響いて、囲われる様に追い詰められてしまった。

私たちは草を搔き分けて無我夢中で走った。

またすぐに息が上がり、先ほど絶対に逃げ切ろうと言ったばかりなのに、捕まってしまうかもしれないと考えてしまった。

彼らの視界を遮るように、木々を縫う様に走り抜ける。


「ななしさん頑張って、少しずつ距離が開いているよ。」


 伊作くんの言葉に弱り始めていた心が奮い立った。

走れ。

走れ私!

そして木立を抜けた所で、視界一杯に綺麗な夕映えが広がった。

大きな夕日が山に沈んでいく。

感動している暇もなくハッとした。

足の下に地面がなかった。


「「えっ!?」」


 私と伊作くんの間の抜けた声が重なる。

落ちると思った瞬間には既に身体が落ちていて、心臓が持ち上がるような、あの独特の感覚がした。

死ぬ間際はスローモーションに見えるというけれど、本当にそうだった。

実際はほんの数秒間だったと思う。

でもその間に、下が川だという事も認識できたし、伊作くんが私を抱えて懐から鉤縄を投げているのも見えた。

落ちた先が水でも、この高さならコンクリートとそう変わらないだろう。

死を覚悟した。

この世界で過ごしたのは1ヶ月ちょっとと短い間だったが。

とても楽しかった。

出会った人みんなが優しくて、温かくて、大好きだった。

最後に、ギュッと目を瞑り、どうか伊作くんだけでも助かってと強く願った。

身体が水面にあたる直前。

私は意識を手放した。













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