「君の手をとるまで」
□10.お花見の段
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-お花見の段-
学園長先生がヘムヘムと学級委員長委員会の三郎、勘右衛門を連れてお散歩に出かけ、私はその合間に庵をお掃除することになった。
ななしは障子を開け風を通すと、棚や壁の埃を払う所から始めた。
あの日、一松さんの所から戻ってきた日。
私は直ぐに学園長先生へ報告に行った。
自身が、話にあった名無しななしで間違いないと、そう伝えた。
記憶は戻っていない事、一松さんに頂いた話も全て伝えた。
そして、断られてしまうだろうと思いながらも、事務員としてこのまま働かせてほしいとお願いしたのだ。
すると、断られるどころか、歓迎すると快諾してもらえたのだ。
「いいじゃろう!お許ししちゃう!」と、それくらいのテンションで。
余りにも予想外の反応で、開いた口が塞がらなかった。
一松さんへは手紙を送り、晴れて私は忍術学園の事務員として、正規雇用してもらう事ができたのだ。
今まではお給料がなく、お小遣いと言う名目で少し頂いていたが、これからは給料を支払うとまで言ってくださった。
寛容過ぎる対応に頭が上がらない。
あれから数日が経ち、まだ元の世界の話は打ち明ける事が出来ていない。
自分でも良く分かっていないことを説明するのは難しいものなのだ。
どう伝えたら良いのか、正直分からなくなっていた。
この世界での記憶も、何か思い出せそうで思い出せなくて。
言い出せそうで言い出せない。
そんなスッキリとしない歯痒い状態だった。
掃き掃除と雑巾掛けを終わらせた頃、ちょうど学園長先生方が帰って来られた。
「ななしちゃんただいま!」
「おかえりなさい学園長先生。」
良いことがあったのか、学園長先生は満面の笑みを浮かべていて、かなりご機嫌な様子だ。
ヘムヘム、三郎、勘右衛門も部屋に入って来て、更にその後ろに庄左ヱ門と彦四郎が続いた。
委員会の話でもするのだろうか?
私は邪魔にならないように退散する事にした。
「ちょっと待ってくれ。」
「はい?」
部屋を出ようとしたが学園長先生に引き留められ足を止める。
「ななしちゃんもワシらと一緒にお花見に行かんか?」
「お花見ですか?」
まさかのお誘いに目を丸くする。
「散歩の途中で良い場所を見つけてな、学級委員長委員会だけでするんじゃが。」
ぜひ来てほしいと言われて断る理由もなく、私は二つ返事で答えた。
「他の先生には内緒じゃ、もちろん一年は組にも!」と念を押され、私はみんなでしないんだなと思いながらもコクコクと頷いた。
後ろに控えていた三郎と勘右衛門は、ニコッとななしへ笑顔を送ると、準備をするためか庵から出ていった。
それを追う様に庄左ヱ門、彦四郎も部屋を出て行く。
最後になってしまったが、ななしも事務室へ戻るために庵を後にした。
せっかくだから小松田さんも一緒に行きたかったが、あれだけ内緒だと念を押されたら言い出しづらい。
バレない様にしないと。
そんな事を思っていると後ろから、「ななしさん!」と呼び止められた。
「乱太郎くん、きり丸くん、しんべヱくん。」
ニコニコ笑顔で可愛い目が私を見上げている。
「こっちに来て!」
「え!?」
乱太郎はななしの手を握るとグイグイと引っ張り、一年生長屋の裏へと場所を移した。
「内緒の話なんです。」
「内緒の話?」
三人に合わせてしゃがみ込むと、しんべヱが嬉しそうにそう言った。
「一年は組だけでお花見するんですが。」
「ななしさんも一緒に行きましょ?」
乱太郎、きり丸も嬉々とした表情で言う。
「えっでも…」
「大丈夫!ななしさんなら大歓迎っスから。」
「先生方にはぜーたい言わないでくださいね!」
発言の余地もなく強引に話は進み、彼らの中で私は行くことが決定しているようだった。
「お弁当も食堂のおばちゃんにお願いしとくのでご心配なく!」
三人は立ち上がると楽しみにしててくださいと言って嵐の様に去って行った。
「あ、まっ……」
学園長先生に誘われている事を伝えようと思ったが、内緒と言う言葉がチラついて言い出せなかった。
これではダブルブッキングになってしまうじゃないか。
悩んでいたせいか既に三人の姿は見えなくなっていた。
私は焦って後を追ったが見つからず、どこに行ったのかと参って肩を落とした。
「あっ居た、名無しさん!」
「土井先生?」
私を探していたのだろうか、土井先生は目が合うと側に駆け寄ってきた。
「どうされたんですか?」
ななしが問うと、半助は周りをキョロキョロと確認してから話し出す。
何か嫌な予感がした。
「あいつらには内緒にして欲しいんですけど、明日先生方全員でお花見に行くことになって。」
やっぱり!
本日三度目のお誘い。
何故みんな示し合わせた様に誘ってくるのか。
あいつらとは一年は組の良い子たちのことだろう。
内緒にしなくても皆お花見計画してるよ?
そう喉元まで出かかった言葉を寸前で飲み込む。
「名無しさんもご一緒にどうですか?きっと楽しいと思うのですが。」
爽やかイケメンオーラ全開の土井先生にドギマギしながら、ななしは頬を掻く。
「あの、その話なんですが……」
学園長先生の事は話せない。
もちろん一年は組の事もだ。
申し訳ないが予定があると言って断ろう。
「よて」と声を出しかけたところで、半助は焦った様にななしの口を手で塞いだ。
きゅ、急になに!?
口元に当たる大きな手に心臓が飛び上がった。
視線は廊下の先に向かっている。
釣られて視線を辿ると、仙蔵と伊作が談笑しながら歩いてくる姿が見えた。
「準備は任せてください、では。」
半助はそう言い残すと風の速さで姿を消した。
「あっ……」
引き留めようとしたが口を覆われていたので何も言えず。
私の手は虚しくも宙を切った。
「ななしさん?」
「あれ本当だ、こんなところでボーッとしてどうしたんですか?」
仙蔵と伊作は、廊下の真ん中で呆然とするななしを見て声を掛けてきた。
「な、何でもないよ。」
あははと笑って見せる。
流石の二人も土井先生の気配には気づかなかったようだ。
訝しげな表情ではあったが、二人は特に追及してこない。
「じゃあ、私は用事があるからこれで。」
明らかに不自然だっただろうが、ななしは半ば逃げる様にその場を立ち去った。
まーた探す人が増えたと頭が痛くなる。
どうして彼らは人の話を聞こうとしないのかと溜息が出てしまう。
その後も、何故か一年は組の面々や先生方に出会えなくて、避けられているのかとさえ思ってしまった。
ななしはここなら誰かいるだろうと食堂へ来てみた。
が、誰も居なくてガクッと項垂れた。
「あら名無しさん。」
「食堂のおばちゃん……」
お互い顔を見合わせて目を瞬かせた。
何せ同じ表情をしていたからだ。
「何かあったの?」
尋ねられ私はお花見のトリプルブッキング中で困っていると苦笑いで答えた。
誰から誘われたか言っていないのでセーフだろう。
いや、アウトか?
「あら〜そうなの。」
実は私も困った事があって、とおばちゃんは言葉を止める。
「どうしたんですか?」
私が促す様に声を掛けると、おばちゃんは少し悩み私の両肩にポンと手を置いた。
「良い事思いついたわ!」
おばちゃんは、「私に任せて!」とウインクした。
* * *
明朝、ななしは食堂のおばちゃんと共に、たくさんのお弁当を積んだ荷車を引いて、集合場所である校門前に向かっていた。
騒がしい声が聞こえてくる。
校門にはもう皆んな集まっているようだ。
そう……忍術学園の全校生徒、職員がだ。
どうしてこうなったかと言うと。
食堂のおばちゃんも、皆から一様に内緒でお弁当を作ってくれと頼まれ、かなりの人数分を用意しなければならなくて困っていたそうだ。
そこにお花見トリプルブッキング中の私が現れ、食堂のおばちゃんはピーンっと閃いたみたいだ。
お花見と言う事ならば全員参加にした方が楽しいだろうし、誘えばくノ一教室の子たちにお弁当作りを手伝ってもらえると。
結果、忍術学園の全校生徒と職員が、お弁当を受け取る為に校門に集まっているという事だ。
食堂のおばちゃんの気転によって、内緒と言っていたお花見は皆で行くことになった。
チラホラと不満そうな顔をしている人もいたが、私はトリプルブッキングを解消できて安堵している。
もちろんこんな形になってしまったので後で各所謝罪はしたが。
皆が同じ日に同じ場所でお花見を計画していたなんて、素敵な偶然じゃないか。
賑やかに前を歩く生徒たちを見ると、遠足みたいで心が弾んだ。
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