「君の手をとるまで」

□05.六年生の段
1ページ/1ページ






-六年生の段-



忍術学園に戻ってきた頃には、空が綺麗な夕焼け色に染まっていた。

途中でしんべヱが空腹で動けなくなり、うどんを食べに寄ったので、帰りが今になったと言う訳だ。

お団子をあんなに食べていたのに不思議な胃袋だ。

私は皆んなと別れると、小松田さんにお団子三本とお茶を持ってお礼を言いに行った。

「このお団子美味しい!」と口いっぱいに頬張る姿がハムスターみたいで可愛い。


「町は楽しかったですか?」

「はい!色んな所を見て回れたので、とても楽しかったです。」

「それは良かった!今度は僕ともお出掛けしてください。」

本当は僕も一緒に行きたかったんですけど、土井先生に断られてしまったので、と小松田さんは口を尖らせる。


「えっ、はい是非!」

「やったぁ約束ですよぉ。」


 そう言って嬉しそうに笑みを浮かべるので、私も釣られて顔が緩んだ。

土井先生が断っていたなんて知らなかった。

事務員が急にいなくなったら困るんだろうな。

二人揃って出掛ける時は、事前に報告しておこうと記憶に留めた。

さて、日が暮れない内に食満くんにもお団子を渡さなければと、暗くなり始めた部屋を見てななしは腰を上げた。


「あの、小松田さん。」

「ん?なぁにななしちゃん。」

「六年は組の食満くんって何処に居るか分かりますか?」

「んー休みだからなぁ〜部屋か用具倉庫か…あっでも鍛錬で裏山にいるかも!」


 今日中に出会えるのか心配になってきた。


「ありがとうございます、とりあえず部屋に行ってみます!」

「はーい、いってらっしゃい!」


 小松田さんに見送られ、ななしは六年生長屋に向かった。


「この先か……」

 そう呟いて廊下の奥を見る。

初めて入る場所は緊張するなぁ。

角を曲がった先は長い廊下が続いていて、全部の部屋が同じ間取りなので見分けがつかない。

一年生長屋と同様に、部屋の入り口に名札が提げてあるので、端から見ていけばどうにか食満くんの部屋へは辿り着けそうだ。

ひとまず一番手前の部屋に移動し名札を確認する。

そこには『潮江・立花』と書かれていた。

 ここは立花くんの部屋なのか。

新学期に登校してきた綺麗な青年の姿を思い出す。

生徒の中で初めて挨拶したので、彼の事は良く覚えている。

潮江くんとはまだ会った事ないな。

 足を止めてそんな事を考えていると、スッと部屋の扉が開いた。


「何か御用ですか?名無しさん。」

「わっ!立花くん…」


 まさか部屋から人が出てくると思っていなかったので驚いてしまった。

名前を呼ばれたと言うことは、扉越しに私だと気付いていたのだろうか。

忍者すごい。


「あ、あの食満くんの部屋を探していて、良かったら教えてもらえないかな?」

「留三郎の?私で良ければ案内します。」


 そう言って、ニコッと微笑み快く引き受けてくれた。

本当に綺麗な顔をしてる、笑顔が眩しい!

仙蔵は部屋を出ると「こっちです。」と廊下を進んだ。

髪も綺麗!と心の中で感動しながら、私は後をついていく。


「ここです。」


 仙蔵は振り返って言うと「留三郎はいるか?」と躊躇なく部屋の扉を開いた。


「あれ?仙蔵と、名無しさん?」


 留三郎は居ないよと、部屋の中に居た伊作が答えた。


「そっか……」


 ここには居ないのか。


「伊作、留三郎が何処に居るか知っているか?」


 困ったなと眉を顰めていると、立花くんが察して聞いてくれた。


「んー分からないけど、暗くなるしそろそろ戻ってくるんじゃないかな。代わりに僕から伝えておきましょうか?」


 善法寺くんが気を遣って聞いてくれた。


「この前助けてもらったお礼にお団子を買ってきたの、だから直接渡したいなと思っていて……」


 そう言うと、伊作は「そうですか。」と言って少し悩み、閃いた様にポンと手をついた。


「留三郎が帰ってくるまでここでお話ししませんか?」

「お話し?」

「はい。僕、名無しさんとお話しをしてみたかったんです。」


 キラキラした目でそう言われ、ついドキッとしてしまった。


「善法寺くんが良いなら、そうさせてもらってもいいかな?」

「ぜひ、どうぞどうぞ。」


 伊作は嬉しそうに笑って襖を開けると、座布団を取り出し始めた。

ななしは仙蔵にお礼を言うため隣を見上げる。


「わざわざ案内してくれてありがとう。」

「いえいえ、これくらいお安い御用です。」


 そう言って微笑み、仙蔵は伊作の方へ視線を向けた。


「伊作、私にも座布団くれ。」

「へ?いいけど……」


 仙蔵の発言に、伊作とななしは揃ってキョトンとする。


「伊作と言えど、名無しさんと二人きりにはできないだろ?」


 仙蔵は目を細め、妖しく口角を上げた。

ななしはすぐになるほどと理解し、伊作は一瞬考えて顔を赤くした。

気にしなくても大丈夫なのになと思いながらも、年頃の男の子だし、ここは立花くんも入れて三人の方が良いだろうと、素直に受け止めた。

長いこと恋愛をしてこなかったせいか、その手の話に疎くなっている自分に、複雑な気持ちになる。

そんな事を思いボヤッとしていると「団子屋へは一人で行ったのですか?」と立花くんから会話が始まった。


「ううん、乱太郎くんときり丸くんとしんべヱくんが誘ってくれて、土井先生も含めて五人で行ってきたの。」


 ななしは答えながら、出してもらった座布団の上に座る。


「土井先生もですか?」

「そう、私の体調を気にして一緒に来てくれたの。」

「どこか具合が悪いんですか?」


 やっと顔の赤みが引いたのか伊作も会話に加わった。


「具合は悪くないんだけど、記憶がまだ戻っていないから心配してくれてるの。」

「そうなんですか……気分が悪くなったら言ってくださいね、僕は保健委員会委員長なので、お役に立てると思います。」


 胸を叩いて言う善法寺くんが頼もしく見える。


「ありがとう善法寺くん。」

「私も、お力になれる事があれば言ってください。」

「立花くんもありがとう。」

「仙蔵でいいですよ。」


 親しい感じがして頼りやすいでしょう?と立花くんの優しい笑顔に胸のあたりがむず痒くなった。


「僕も!伊作って呼んでください。」

「ありがとう……仙蔵くん、伊作くん。」


 私の事も好きに呼んでねと付け加えた。


「じゃあななしさんと呼ばせてもらいます。」


 仙蔵の言葉に了解の意味を込めて、私はコクリと頷いて見せた。

このほのぼのとした空気。

和やかな時間に、心が休まる感じがして、とても心地良い。

委員会の話や他の六年生についての話を聞いていると、若いのにしっかりしているなと感心してしまった。

それにしても、忍術学園一ギンギンに忍者してる潮江くんに、沈黙の生字引中在家くん、いけいけどんどんの七松くんってどんな子なんだろう。

気になるので早く会ってみたい。

そんな事を思っていると、仙蔵が廊下の方を見た。


「帰って来たみたいです。」


 言われて「ん?」とななしも廊下の方へ視線を向ける。

すると次の瞬間、打ち合わせでもしていたかのように扉が開いた。


「随分と騒がしいじゃ…おっ!?」


 視線が集まっていたのに驚いたのか、部屋へ入ってきた留三郎の動きがピタリと止まる。


「おかえり留三郎!待ってたんだよ。」


 伊作にニコっと笑顔を送られて、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まっていた留三郎は「ただいま……」と小さく答えた。


「何なんだ一体……」


 そう言って怪訝な顔をすると、留三郎は後手に扉を閉めた。


「驚かせてごめんね、この前のお礼にお団子を買って来たから渡したくて……」


 ななしは隣に置いていた包みを手渡した。


「あの時は修理手伝ってくれてありがとう。」


 受け取った留三郎は何故かおどおどしている。


「あっあぁ、いえ、あれは……」

「っぷ」


 その様子を見ていた仙蔵が肩を震わせ笑い出した。


「な、なに笑ってんだ仙蔵!」

「動揺し過ぎだろ。」

「うるさい!」

「私が可愛い事務員がいると言ったから、わざわざ見に行ったのだろう?」

「ばっばか!何言ってんだ!」


 留三郎の顔が真っ赤に染まり、そうですと言っている。

仲の良いやり取りと可愛らしい反応にななしは思わずクスッと笑ってしまった。

そのせいで一気に注目を浴び、しまったと口を押える。

視線が痛い。


「可愛くてつい……ごめんね。」


 肩をすくめ笑いかけた。

すると、顔を赤くしたり、決まりが悪そうな顔をしたり、目を逸らしたりと多様な反応が返ってきた。

暫しの無音にななしはポカンとしてしまった。

もしかして気を悪くしてしまったんだろうかと心配していると、留三郎はゴホンと咳払いしななしを見る。


「名無しさん、お団子有難くいただきます。」


 普通に戻った留三郎に、ななしはハッとして反射的に「どうぞ。」と返事をした。


「羨ましいぞ留三郎。」


 包みを開き始めた留三郎の手元を仙蔵が覗き込んだ。


「三本あると言うことは…」


 そう言って留三郎の事をじーっと見つめる仙蔵。

無言の圧に耐えられなかったのか「わかった皆んなで分けよう。」と、留三郎は渋々包みを前に差し出した。


「さすが心が広いな。」

「ありがとう留三郎!」


 そう言うと、二人は迷いなくお団子を手に取り齧り付いた。


「……ん、うまい!」

「ほんと美味しいね!」


 二人はむぐむぐと口を動かし、美味しそうに頬張っている。

続いて留三郎も団子に噛り付いた。


「……これは美味いな。」


 想像以上の味だったのか、留三郎の口が自然と弧を描いた。


「ななしさんありがとうございます。」


 一番に食べ終わった仙蔵が、満足そうな表情でお礼を言った。


「どういたしまして。」


 喜んでもらえた様で良かった。

もぐもぐとお団子を食べる六年生の姿が可愛くて頬が緩む。

こんな事ならもっと買ってきたら良かったなと後悔した。

目的を達成した私は、三人が食べ終わるのを見届けて部屋から退散した。













.
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ