「君の手をとるまで」

□04.お団子屋へ行くの段
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-お団子屋へ行くの段-



 新学期が始まって二週間。

私がこの世界に来て三週間が経とうとしている。

相変わらず記憶は戻らない。

記憶が戻ったところで、元の世界に帰れるのかは分からないのだが……

 学園内は落ち着きが出てきて何とも平和な毎日だ。

不便な生活にもだいぶ慣れた。

私の一日の流れも定まり、朝は校門の掃除から始まる。

ここには空を遮るものが無いので、視界一杯に広がる青空が気持ちいい。

そんな事を思いながら石畳を箒で掃いていると、一年生がタッタッタと駆け寄ってきた。


「「「ななしさんおはようございます!」」」」

「乱太郎くん きり丸くん しんべヱくん、おはよう!」


 ニコニコ元気な挨拶に頬が緩む。

一年は組の子供たちとは何度も会っていて、もう顔と名前は覚えた。


「私たち朝ご飯を食べたら町へ出かけようと思っているんですが、良かったら一緒に行きませんか?」

「町へ?」


 乱太郎が笑顔で「はい。」と答える。


「美味しいお団子屋さんができたみたいなんです。」

「ななしさんも一緒に行きましょうよ。」


 続いてしんべヱときり丸が言った。

そうか、今日は授業がお休みだった。

町へ行ってみたい気持ちはあるが、勝手な行動はまだ許されていない。

忍術学園を出てもいいのか聞かなければ。


「じゃあ、お仕事もあるから出掛けていいか確認してみるね。」

「「「やったぁ!!!」」」


 すぐにご飯食べてきまーす!と言うと三人は食堂へ走り去ってしまった。

まだ行けるか分からないんだけどなぁ。

ななしは困ったなと笑みを浮かべると、とりあえず掃除を終わらせて教員室へ向かった。


「山田先生、土井先生はいらっしゃいますか?」


 外から声を掛けると扉がスッと開き「名無しさん?」と土井先生が出てきてくれた。


「どうしたんですか?」

「それが、乱太郎くんたちに町へ行こうと誘われて……外出しても良いでしょうか?」

「んー」


 土井先生は顎に手を当て小さく唸った。

やはりダメなんだろうか。

すると、部屋の中に居た山田先生が「いいんじゃないですか。」と言ってくれた。


「でも山田先生……」

「土井先生が一緒に付いて行ってあげればいい。」

「「えぇ?」」


 私と土井先生の声が綺麗に重なった。


「外に出たら何か思い出すかもしれないでしょう。」


 悪びれた様子もなく山田先生は言う。


「まぁそうですが。」

「ご迷惑を掛けてしまうのでやっぱり」


 私が断ろうとすると、土井先生が分かりましたとそれを遮った。


「行きましょう名無しさん。」


 眉を下げ優しい笑みを浮かべる土井先生。


「でも……」

「乱太郎たちが楽しみにしているんでしょう?折角なので、ね?」

「……はい、ありがとうございます!」


 着替えたら門の所で待ち合わせましょうと話を終えて、私は急いで着替えに部屋へ戻った。

山田先生に頂いたが、まだ一度も袖を通していない可愛い花柄の小袖に着替える。

結っていた髪を解き、薄く紅だけ引いて門へ向かった。

そこには既に土井先生が待っていて、何だかこれじゃあ二人で出掛けるようだなと恥ずかしくなった。


「お待たせしました!乱太郎くんたちはまだのようですね。」

「え、えぇ……」


 そう言って目を逸らす土井先生を見てななしは首を傾げる。

もしかしてどこか変だろうか?

そう思って見上げていると、土井先生は焦った様に手を振った。


「お気になさらず!何でもありません。」

「そう、ですか?」


 そんな反応をされると心配になるじゃないか。

初めての外出なんだぞ、と私は眉を寄せた。


「が、外出届は私が出しておきましたから。」

「あ!」


 事務員をしているのに外出届の存在をすっかりと忘れていた。

小松田さんにも何も言ってない。


「小松田くんにも私から報告しておいたよ。」


 心を読まれているのかそう言われ、私は赤面する。


「ありがとうございます。」

「いえいえ、初めてですからね。」


 イケメンの爽やかな笑顔にくらっとした。

土井先生って容姿も性格も良くて、絶対モテる。

そんな事を思っていたら「あぁー土井先生!!」ときり丸の叫ぶ様な声が聞こえた。


「なんで土井先生もいるの?」


 しんべヱと乱太郎は不思議そうな表情だ。


「分かった!ななしさんの事が心配でついてきたんでしょ。」


 きり丸は土井先生を揶揄う様にニヤニヤと笑った。

きり丸の発言に居た堪れない気持ちになり、ななしは否定しようと口を開きかけた。


「そうだ、私が一緒だと何か問題があるのか?」

「えっ!?」


 想像していた反応と違ったのか、きり丸は吃って逆に焦りだした。


「いーえ、全然!何も問題ないです。」

「そうだろう。」


 私も土井先生の大人な対応を見てポカンとしてしまった。


「じゃ、じゃあ早速出発しましょう!」


 きり丸はそそくさと門を出ていき、後に乱太郎しんべヱと続く。


「名無しさん。」

「はい。」


 門から出ようとしたところで土井先生に引き留められた。


「体調が悪くなったら遠慮なく言ってください。」


 真剣な顔でそんな事を言うので体が固まってしまった。


「…分かりました。」


 返事に満足したのか、土井先生は「行きましょう。」と柔らかく笑った。

門をくぐり、私たちは忍術学園を出発した。

ただの記憶喪失の女だと思われているだろうが、こんな得体の知れない人間を心配してくれるなんて、土井先生は本当に優しい。

元の世界の事を言う気はないのだ。

絶対に信じてもらえないと思っているから。

正直に話して気が触れていると思われるのも嫌だし……

だけど、騙している様で心苦しい。








 * * *



 道中は乱太郎たちの歌をBGMに小さな背中を見て歩いた。

それにしても元気な子たちだ。

この時代ではこれが普通なのだろうが、整備されていない砂利道を、かれこれ三十分は歩いている。

慣れない草履で足が痛くなってきた。


「大丈夫ですか?」


 隣を歩く土井先生が少し肩を傾け、前の子供たちに聞こえない様こっそりと尋ねてくれた。


「大丈夫です……あの、後どれくらいで着きますか?」

「十分くらいですかね。」


 それなら頑張れそうだと安堵する。


「無理はしないでください。」

「はい。」


 町に着くと、周りが一気に騒がしくなった。

これが、町……

当たり前だが見た事のない景色だ。

ボーっとそれを眺めていると、きり丸が側にやってきてななしの手を握った。


「行きましょう!この町は良く知ってるんで、僕が案内しますよ。」


 二ッと得意げに笑うきり丸。

何だかとてもワクワクして、ななしは「うん!」と頷くと、きり丸の手を握り返した。

どれもこれも新鮮でキョロキョロと子供の様に目移りする。

お団子屋に着く頃には、ななしさんって落ち着いてて大人に見えてたけど案外子供っぽいと乱太郎くん達に笑われてしまった。

うん、はしゃいで恥ずかしい。

反省し土井先生ときり丸くんの間に大人しく座る。

すぐにお茶とお団子がでてきて、それはもう想像以上に美味しかった。

これは歩いてきた甲斐がある。

学園長先生から少しお小遣いを貰っていたので、何本か買って帰ることにした。

前に食満くんに助けてもらったのでお礼に渡したいのだ。

しんべヱくんはまだまだ食べる様で、私はお茶を飲んでゆっくりしていた。


「ななしさんって何歳なんスか?」


 きり丸くんの唐突な質問に「えっ?」と反応してしまった。

土井先生も興味があるようで視線を向けてくる。


「伊作先輩と同じくらいですか?」


 乱太郎くんの言う伊作先輩は、確か六年生で十五歳くらいのはず。

実際問題、私もこの体が何歳なのか分からないのだ。


「う〜ん、多分それくらいかな?ごめん覚えていなくて……」


 正直に謝ると、そうなんだときり丸は申し訳なさそうな表情をした。

私の記憶が曖昧なのは学園内の皆が周知している。


「全然、気にしないで!女は歳を秘密にするものよ。」


 お道化た様に言うと、あぁそうか!と三人はそろって口にした。

山本シナ先生も年齢不詳だし、すぐに受け入れられたようだ。

しんべヱのお腹が張り裂けそうな程にパンパンになった頃、土井先生は苦笑いをしてそろそろ帰るかと言った。

積みあがった皿を見て、随分と長居してしまったなと思う。

私はお店のおばちゃんにお団子を六本包んでもらい、風呂敷に入れ背に提げた。

お礼を言って振り返ると、いつの間にか後ろに人が立っていて、ぶつかってしまった。

その人は背に手を回して転ばない様に支えてくれている。


「あっすみません!」


 急いで謝り見上げる。

この距離に居たのに全然気配を感じなかった。

その人はとても背の高い男の人で、体中に包帯を巻いて片目だけが見える。


「気を付けないと。」


 悪い人だったらどうするの?と表情を変えずに言う。

何だろう……圧?みたいなのを感じて自然と身体に力が入った。

体を離そうとするもガッチリと手首を握られて動けない。

すると今まで聞いたことのない様な土井先生の緊張した声が聞こえた。


「お前は!!」

「やぁ久しぶり、土井先生。」


 知り合い?


「あなたは、タコヤキドキ忍者のちょっとこなもんさん!!」


 乱太郎くん達も気付いてそう叫ぶと、青い顔をしてこちらを見ている。

ちょっとこなもん?

変な名前だけど、もしかして悪い人なのだろうか。

不安になってもう一度見上げてみるが表情は変わらない。


「タソガレドキ忍者の雑渡昆奈門だ。」


 名前を間違えられていたのにめちゃくちゃ冷静だし。


「何をする気だ!?その人を放せ!」


 土井先生はいつもの表情からは想像もつかない鋭い目付きで雑渡昆奈門を睨んでいる。


「何をするも何も、私はお団子を買いに来ただけだよ。」


 お団子を買いに来ただけと言いながら、一向に手首を放そうとしない。

私は感じた事のない緊張感に息を飲んだ。

雑渡昆奈門は土井先生を見たまま私の耳に口を寄せ、周りには聞こえない声で話し出した。


「可愛いお嬢さん、土井先生が居て良かったね。」


 それだけ言うと、パッと手首を放し背を優しく押された。


「名無しさん!」


 押し出されるままに土井先生の方へ駆け寄ると、守る様に抱き留められた。


「大丈夫かい?」

「はい。」

「ななしさん!!」


 乱太郎くん達もすぐに駆け寄って来てくれてホッと力が抜けた。

振り返ると、もうそこに雑渡昆奈門はいなくなっていて、人間離れした速さに開いた口が塞がらない。


「本当に団子を買いにきただけか……」


 土井先生は呟いて、尚も難しい顔をしている。


「先生……」

「なんだきり丸。」

「いつまで抱き締めてるんですか?」

「え?……あっ、す、すみません!!」


 土井先生はきり丸の言葉に焦って勢い良く体を離した。

結局、彼は良い人だったのか悪い人だったのかよく分からなかった。

何もせず解放してくれたし、ただ転ばない様に支えてくれただけかもしれない。

帰りにタソガレドキ忍者隊組頭、雑渡昆奈門について色々教えてもらった。

冷静沈着で命令されれば人をも手に掛ける。

もの凄く強い忍者らしい。

今まで忍術学園の先生方や忍たましか見てこなかったので、忍者は心優しい人ばかりだと思っていたが、恐ろしい忍者もいるのだなと私の認識は少し変わった。












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