「雲間に咲く」

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 気づけば、もう秋がそこまで迫っていた。

本当にあれっきりカカシさんの姿を見ていない。

隣からは物音ひとつ聞こえないので、本当に家には帰っていないんだろう。

カカシさんと会わない日常にもだいぶと慣れてきていた。

会わないことに慣れたからといって、気持ちが冷めることもなかった。

頭の片隅にはいつも"会いたい"という気持ちがしっかりと存在している。

今日が終われば、家に帰って来るかもしれない。

会えるかもしれないと。

私は淡い期待を膨らませていた。

 普段通り出勤をして朝の仕込みを終わらせ、暖簾を掛けに外に出ると、珍しい装いの人がちらほら目に入った。

今日は中忍試験の本戦が行われる。

里の中に居たら余り目にすることのない、他里の人がたくさん来ていた。

木ノ葉の忍たちは警備や案内で忙しく動き回っているのだろう。


「ナルトくんたち、どうしてるかな。」


 眩しい日差しに手を翳して見えた空には、太陽を囲う虹の輪が見える。

天気は申し分ない。


「頑張ってみんな。」


 見に行けないのが、心の中で精一杯の応援をする。

一日落ち着かないだろうなと気合を入れて店に戻った。

今日の営業は、中忍試験が開催されている影響なのか、いつもよりお客の入りは少なかった。

お昼のピークが過ぎ伝票整理をしていると、外からドーンッと爆発音の様な物凄い音がした。

次いで地鳴りがして地面が揺れる。

棚の上の荷物がバサバサと落ちてきて、私は小さい悲鳴と共に咄嗟に頭を守った。


「ななし大丈夫?」


 ミツが悲鳴を聞きつけて駆け寄って来てくれた。


「大丈夫だよありがとう。」


 ななしはミツの手を取り立ち上がる。

厨房から父と母が出てきて、店内にいる人に怪我がないか確認していた。

何とも言えない緊張感に、ここにいる皆が顔を強張らせた。

何があったのか。

ななしはお店の扉を開けて外の様子を窺った。

ここからそれほど遠くない距離で黒煙が昇っている。

原因はわからなかったが、腹の底を揺らす様なゴゴゴと不気味な音が続いていた。


「一体何があったんだ……」


 ななしに続いて父が店から顔を出し、困惑したように呟いた。

屋根の上には木ノ葉の額当てを付けた忍たちが飛び交って行く。

嫌な予感がしてななしは自身の腕をさすった。

すると、頭上を移動していた忍の一人が私たちの側に降りてきた。


「敵襲です。直ぐに避難してください!」


 緊張を張り付けた顔で男性は辺りにそう指示を出した。

父はそれを聞いて「分かった。」と頷くと、冷静に客の避難誘導を始めた。

取り乱すことが無いのは、今までにも似た経験をしているからかもしれない。

私たちは周りの人たちと協力し避難場所まで走った。

張り詰めた空気に皮膚がピリピリする。

爆発音がする度、不安が膨れ息が詰まった。

こんな時でも、頭のどこかで、カカシさんは無事だろうかと考えている自分がいる。

きっと危ない所にいるのだろう。

そう思うと胸が張り裂けそうだった。

 逃げる途中、私たちは杖をついたお爺さんや、子ども連れの母親の手助けをした。

一人でも多くの人が無事避難できるようにと。

とにかく必死だった。

駄菓子屋から出てきた数人の子どもたちを見つけ、私は「大人たちに付いて逃げて!」と叫んだ。

事態を理解した子どもたちは、素直に指示に従ってくれた。

ななしもその後を追うと、一瞬目元に光が差し眩しさに首をすくめる。

あれは。

光の先を確認すると屋根の上にいた忍の額当てが反射していた。

……砂の忍?

今日は中忍試験があったので、他里の忍がいてもおかしくはないのだが。

砂の忍の視線の先には、アカデミー生くらいの子どもの姿があった。

砂の忍の手にはクナイが握られている。

真っ直ぐ子どもに向かって切っ先が向いていた。

あのままじゃあの子は。

私が助けに行ったところで、命を捨てに行くようなものだ。

私は爪が食い込むほどに手を握り込んだ。

頭がガンガンと痛む。

胃液がせり上がってくるような吐き気がした。

でも。

でも、見て見ぬふりなんてできない。

ここで逃げたら一生後悔する。

ななしは数メートル先に落ちているクナイを見た。

猫騙しでも、少しは足止めできるはず。

私は一度大きく息を吸って両手を顔の前に上げた。

幼少期に練習した記憶を呼び起こした。

"未、巳、寅"

ななしはゆっくりと確実に印を結ぶ。


「分身の術。」


 言うと側にもう一人の自分が現れた。

私たちは顔を合わせて頷くと。

分身が走り出しクナイを拾って砂の忍へ投げた。


「チッ!」


 砂の忍は舌打ちすると、子どもに向けていたクナイで弾いて後方へ飛び退いた。

その隙にななしは子どもの手を握る。


「逃げよう!」


 驚き目を見張る子どもの腕を引き、砂の忍に背を向けた。

分身が気を引いている内にと思ったが、僅かな時間も稼げず分身は呆気なく消されてしまった。

それもそのはずだ。

丸腰だったのだから。

砂の忍は突然の一般人の登場に驚き、そして青筋を立てた。


「ふざけるなよ!こんなもので時間が稼げるとでも思ったか、反吐が出る!」


 逆上した砂の忍はクナイを構え真っすぐに私たちへ向かってきた。


「お願い、振り返らすに逃げて!」


 ななしは子どもの背を押し走らせた。

何とか足止めを。

私は振り向いて痛みを覚悟した。

クナイの鋭利な先端が瞳に映る。

そして視界から全てが消えた。

瞼は開いているのに目の前が暗い。

不思議と痛みは無かった。

赤い渦巻模様が見えたと情報が脳に届く頃には、砂の忍は背中を地に着いていた。

一秒にも満たない時間だっただろう。

それが私にはいつまでも続く時間に思えた。

「うぅ…」と唸り声を出し体を起こした砂の忍は、こちらを見て息を飲み、震え、怯えた。


「お前は、写輪眼の……」


 掠れた声で言うと恐怖で顔が歪んでいた。

写輪眼?

私は目の前に立つ、渦巻きを背負う木ノ葉の忍びを仰ぎ見た。

揺れる銀色の髪。

後ろ姿でも見間違う事は無い。


「……カカシさん。」

「この子に傷一つでもつけてみろ…………殺すぞ。」


 今まで一度も聞いたことのない。

低くてドスの効いた、体の芯から震わせるような声だった。

助けてもらったはずの私ですら恐怖を感じてしまった。

カカシはななしの視界から消え、次の瞬間には怯え切った砂の忍の首筋に手刀を入れた。

バサリと土埃を上げて砂の忍は地に沈む。

カカシはゆっくりと振り返り、ななしを見た。

忍び装束にはたくさんの血が付いていた。

それはカカシさんの血なのか、それとも敵の血なのか。

空気が重くて、鋭くて、痛い。

私は魂を抜かれたかの様に動けなかった。

目に映っているのはいつもの優しいカカシさんではない。

木ノ葉の忍のカカシさんだった。

カカシはななしの側に歩み寄ると、苦しそうに表情を歪め、そして思い切りななしを抱きしめた。


「……間に合って良かった。」


 身体を包む力強い腕に私は目を見開く。

周りでは悲鳴や建物が崩れる音が鳴り響いているのに、今の私にはそれがとても遠くで鳴っている様に思えた。


「頼むから」


 耳元で聞こえた声は、先程のカカシさんとはまるで別人のように弱々しくて、僅かに震えていた。


「無茶はしないでくれ。」


 カカシさんの言葉に、私はとんでもない、馬鹿なことをしたと思った。

あの時、カカシさんが助けに来てくれなければ死んでいただろう。


「……ごめんなさい。」


 やっとの思いで捻り出した声は実に頼りないものだった。

カカシさんの声に安心したのか、今更になって身体が震え出す。

怖くて、恐ろしくて、涙が出た。

カカシさんの存在を確かめる様に。

鍛えられた大きな身体に腕を回し、ギュッとカカシさんのベストを握った。

私は生きているし、カカシさんも生きている。

それだけで心の底から安堵した。


「カカシさん……ありがとうございます。」


 泣きながら言うと、カカシさんは優しく頭を撫でてくれた。


「もう大丈夫だ。」


 それは私を安心させるために、そして己に向かって言った言葉の様に感じた。

頬に当たるベストから血の匂いがして私はハッと顔を上げる。


「カカシさん怪我は!?」

「大丈夫、擦り傷程度だよ。」


 笑顔のカカシさんにホッと胸を撫で下ろす。

「良かった。」と言うと、「こんな時くらい自分の心配をしてちょうだい。」と言われてしまった。

ななしは視界の端の方で伸びた砂の忍を見ながら眉を寄せる。


「カカシさん、これはいったい……」

「今は何とも言えない……とりあえず誘導班の指示に従って安全な所に避難して。」

「わかりました。」

「ガイを待たせてるからオレは中忍試験会場に戻るよ。」


 その後すぐに応援が駆けつけ、カカシさんはそれを確認すると「気をつけてね。」と言い、瞬身の術で瞬く間に姿を消した。

私はカカシさんの姿を目に焼き付けて、祈るように手を組んだ。

胸がギュッと握られたように苦しい。

不安で仕方なかった。

木ノ葉の里で何が起こっているのか。

ただカカシさんが無事でいてくれる事を願った。


「行きましょう。」


 誘導班の人に声をかけられ、私はカカシさんに言われた通り指示に従って避難場所へ向かった。








2022.07.21
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