「雲間に咲く」

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※カカシ視点


 建設中の橋の上でボーっと海の上を飛ぶカモメを見ていた。

本来ならば今頃は里に戻っていたはずなのだ。


「はぁ〜」


 溜息が止まらない。

ガトーが殺され波の国も平和を取り戻し、橋の建設が再開して皆が喜んでいた。

先日の再不斬との戦いで負った傷も徐々に完治してきている。

そんな状況の中でオレはひとり手放しで喜べないでいた。


「カカシ先生こんな時に溜息は止めてくださいよ。」


 隣に来たサクラが顰め面で見上げてくる。


「ん?あぁ。」

「何が原因かわからないですけど、そんな顔されると空気が悪くなるじゃないですか!」

「すまんすまん。」


 オレはそう言って苦笑いすると、サクラはもうっと言ってタズナさんの家へ向かっていった。

サスケは怪我が酷く、サクラはほぼ付きっ切りで看病している。

ナルトは早々に怪我が治り橋作りに協力していた。

オレは傷口が開かない様に橋の建設を見守りながら、一日中海を眺めている。


「……はぁ〜」


自然と漏れた溜息に気付かない程には落ち込んでいるのだ。

橋の完成はいつになるのかな。

当初立てていた予定が大幅に狂った。

全くこれは一週間どころじゃあない。

……彼女は、どうしているだろうか。

 オレは欄干に身を預けどこまでも続く青い空を仰ぎ見た。

再不斬たちを倒した翌日。

オレは回復したチャクラを使ってパックンを口寄せし、ななしちゃんへの伝言を頼んだ。

約束の日までには到底帰れそうにないと、謝罪の伝言だ。

まさか本当に帰れなくなるなんてね。

里を出る前に任務だと報告しておいて良かった。

その夜、伝えてきたと報告するパックンが随分とご機嫌で気になってどうしたのか聞いてみた。


「パックンなんかご機嫌じゃない?」

「そうか?まぁ気にするな。」


 えっ、そんな事言われたら余計に気になるじゃない。


「あの娘……ななしと言ったか。」

「あ、うん。」

「素直で可愛らしい娘だな。」


 そう言ったパックンが意外でオレは目を見開く。


「そう、可愛いの。」

「うむ。あれは相当モテる女だ。」


オレはうんうんと頷く。

美人看板娘のななしちゃんを狙う人は少なくない。

ガイだって前にプロポーズしていたし。

それにしても、ガイとななしちゃんだけの秘密って何なんだろうか。

あの時は見栄を張って話を終わらせてしまったが、ずーっと気になっている。

肩に手なんか回しちゃってさ、思い出したら腹が立ってきた。


「百面相しているとこ悪いがななしから伝言だ。」

「ななしちゃんから伝言?」


 パックンの前だからと気を抜いてしまった事に多少の恥ずかしさを感じながら問う。


「いつ里に戻るかわからないから帰ったら会いに行くと伝えたら、カカシに待っていますと伝えてくれとお願いされた。」

「待ってるって?」

「そうだ。」


 待ってるって……


 オレは屈むと動悸に似た苦しさに胸を押さえる。


「……重症だな。」


 そんなオレを見てパックンは面白そうに笑いながら言った。


「あんまり揶揄わないでよパックン。」

「カカシが任務外でワシを使って伝言するなんて初めてだから、ついな。」


 そう。

今までそんな事はしたことが無い。

精々使っても伝書鳥くらいだ。

オレの帰りを待っているって、可愛すぎやしないか?

わざわざ伝言をくれたことにも嬉しくなる。

増々会いたい気持ちが膨らみ、それから里に戻るまでの約二週間は溜息ばかりを吐いていたと言う訳だ。

















 * * *



 あん門前。

やっと里に帰って来れた。

結局、出発した日から三週間以上が経っていた。

日は落ち里は夕焼けに染まっている。


「んじゃ、ここで解散ね。報告はオレがするからゆっくり休むこと!」


 そう三人を見て言うとへなへなになって揃って地面に座り込んでいる。


「カカシ先生〜帰り飛ばし過ぎだってばよ!」


 文句を言うナルトは息が切れている様で、仰向けに寝転がり随分と苦しそうだ。

本当は明日到着ぐらいが妥当だったが、気が急ってかなりのスピードで帰って来てしまった。

オレは瞬時にそれっぽい言い訳を考える。


「ま、これも修行だ。予定よりも時間がかかったから仕方ない。」


 オレは会話も早々に、じゃ解散と声を掛けて報告に向かった。

背後で聞こえる怒声は聞かなかった事にする。

報告書を提出した頃には辺りは暗くなっていた。

今日は火曜日だ。

時刻は20時を過ぎている。

何もなければ家に居るだろうが、一人暮らしの女性の家にこんな時間に訪ねに行っていいものだろうか……

一般的に考えると否だろう。

オレは難問に頭を掻き、一先ず家に向かって歩き始める。

 アパートの下に着くとななしちゃんの部屋を見上げた。

窓が開いていて揺れるカーテンの隙間から淡い光が漏れている。

チリンチリンと風鈴の音が聞こえ、その癒しの音がひどく懐かしく感じた。

それを確認してからは迷いが噓だったかの様に消えた。

階段を上がると荷物もそのままにななしちゃんの家のチャイムを鳴らす。

玄関の方へ歩いてくる気配が扉の前で一旦立ち止まる。

ちゃんと覗き穴で確認しているんだろう。

そう思っていると勢い良く扉が開かれた。


「カカシさん!!」


 嬉しそうにオレの名を呼ぶななしちゃんの声にホッとする。

そして姿を見て小さく息を飲んだ。

上気した頬に濡れた艶のある髪、鼻腔をくすぐる石鹸の香り。

お風呂上がりの様だ。


「おかえりなさい!」


 ほんのりピンクに染まった頬ではにかんだ笑顔が可愛い。

ずっと会いたかった。


「ただいま。」


 温かく迎えてくれたのが嬉しくて、照れ臭くて誤魔化す様に笑う。


「遅くなってごめんね。ご飯も行けなくなちゃって。」

「気にしないでください、任務なら仕方ないですよ。それに……伝言を貰えたので安心して待つことができました。」


 それはつまり、心配してくれていたと言うことだろうか?

オレは堪らなくなって抱きしめたい衝動をグッと堪える。


「ななしちゃんこそ伝言ありがとう。」

「あっパックンから聞きましたか!」

「うん、ちゃんと聞いたよ。」

「良かったです。」


 そう言って笑ったななしちゃんの表情が次の瞬間にはサーっと青ざめた。

視線を辿ると裂けたベストに注がれている。


「怪我を……」


 眉を寄せ唇を結んだ表情にオレは透かさず答える。


「大丈夫!もうほぼ治ったよ。」

「本当に……無事で良かったです。」


 オレの勘違いかもしれないが、ななしちゃんの大きな目が少し潤んで見えた。


「……心配してくれてありがとう。」


 そう言ってオレは安心させる様にななしちゃんの頭に手を乗せ撫でた。

ななしちゃんがハッとして顔を上げたので、オレはしまったとすぐに手を引っ込める。


「ごめん!つい……」


 無意識の行動だった。

急いで謝ると、ななしちゃんの顔がみるみる赤くなる。


「だ、大丈夫です!ちょっとびっくりしただけで……」

「そう……なら良かった。」


 こんな反応をされたらオレまで照れてしまうじゃないか。

もう、可愛くて仕方ない。


「ななしちゃん。」

「は、い。」


 赤くなった顔を隠すためかななしちゃんは俯いていて、返事がなんともぎこちない。


「予定が空いていたらなんだけど、明日ランチでもどう?」


 顔を上げたななしちゃんの表情がパーッと花が咲いた様に綻ぶ。


「ぜひ、行きたいです!」

「ふふっ……うん、じゃあ行こう。」


 子犬の様にキラキラした目で喜ぶ姿に笑ってしまって、そんなオレを見たななしちゃんは再び恥ずかしそうに頬を赤らめた。


「あの、でも任務で疲れてないですか?帰ってきてすぐなのでは?」


 そう問いながらななしちゃんはオレの背中のでかいリュックを見る。


「大丈夫心配いらないよ、向こうで十分休んできたから。」

「そうですか?」


 これは何となく納得していない顔だ。


「無理はしないでくださいね!ガイさんがカカシさんはよく無理をするとおっしゃっていたので。」


 ガイの名前が出た瞬間、オレの体がピクリと反応した。

仲良さそうに秘密だと話していた事や、肩を抱かれていた事が脳裏をよぎる。


「ななしちゃんはガイと仲が良いね。」

「え?」

「この前も…」


 ハッとして出かかった言葉を寸前のところで止めた。


「あ、いや、何でもないよ。」


 気にしていると思われたらみっともないだろう。

そう思って聞くのを止めた。

ななしちゃんは不思議そうな表情をしていたが追及はしてこない。

不自然な感じになってしまった事にオレは頭を掻く。


「あー…長居してごめんね、明日12時頃にまた来るよ。」

「あっはい!」

「また明日、おやすみ。」


 半ば言い逃げる様にななしちゃんの家を出ようとすると、不意にくいっと手を引かれた。

オレは驚いて振り返る。


「っごめんなさい急に引っ張って!」


 ななしちゃんもオレと同じくらいにびっくりしていて、引き留めたのは咄嗟の行動だったのかもしれない。

数回瞬きをしたかと思うとスルリと手が解かれた。

束の間オロオロとしていたが、落ち着いたのか長い睫毛に縁どられた透き通るような瞳が真っ直ぐオレを捉える。


「来てくれてありがとうございました……ゆっくり、休んでくださいね。」


 そう言っておやすみなさいカカシさんと顔を紅潮させ微笑む表情に恍惚となる。

心を奪われた。


「……カカシさん?」

「あぁ、ありがとう。おやすみななしちゃん。」


 パタンと扉が閉まり、オレはその場で呆然と立ち尽くす。

戦場でも感じた事のない胸の高鳴りだった。

オレは先ほど掴まれた手をまじまじと見る。

守りたくなる様な、小さな手だった。

ふう〜と息を吐くと、オレは見ていたその手を大事にポケットに仕舞い数メートル先の自宅に向かって歩き出した。










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