「雲間に咲く」
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休み明けの木曜日。
お店に着くなり目を輝かせたミツが、カカシさんとのディナーはどうだったのかと期待を膨らませた声で迫ってきた。
「どうって……」
私はその気迫に後ずさりロッカーに背を付ける。
帰りに腕を貸してもらった話と再来週にまたご飯へ行くことになったと伝えると、ミツは嬉しそうに黄色い声を上げた。
鼻先数センチのほんのりピンクに染まった頬がミツの興奮度合いを表している。
私は照れ臭い様な恥ずかしい様なそんな感情に笑みを浮かべた。
カッコいいーとか、素敵ねーとか言いながら、ミツは体の前で手を組み酔いしれている。
私はそんなミツの姿を横目にエプロンと三角巾を付けると、切り替えるようにロッカーの扉を閉めた。
「先に行くよー」
「えっ待ってよななし!」
私の言葉に我に返ったミツはバタバタと用意を始める。
正直、カカシさんの事は思い出すだけで胸が騒ぐので、平静でいる為にも仕事前には極力話さないようにしたいのだ。
浮かれてミスしてしまう可能性もあるし。
そう言えばナルトくんにお願いされた遅刻の件も言い忘れている。
自身ではしっかりしている方だと思っていたが、彼の事になるとダメダメみたい。
私は小さく溜息を吐くと準備の整ったミツと更衣室を出て早速厨房に入った。
11時になりお店が開店すると一つまた一つと席が埋まっていく。
「ななしちゃんご飯のおかわりもらえる?」
常連のおじさんが首に掛かったタオルで額を拭いながら、反対の手でお碗を上げていた。
「はーい、小盛ですか?」
私は受け取りながら確認をする。
「あぁそうしてくれ。」
「かしこまりました。」
暑い日が続いているせいか、全体的にお客様の食欲が落ちている気がする。
いわゆる夏バテ気味なのだ。
普段なら大盛でおかわりするこの方も例外なく。
炊飯器から軽く一杯よそって戻ると、おじさんの背が些か丸まって見える。
「お待たせしました。」
「おう、ありがとよ。」
伸ばされた手にお碗を渡すと、私は氷で冷えた麦茶の補充に回った。
確認し終わって厨房に戻ると火を使っているからか更に蒸し暑い。
「お父さんもお母さんも、お茶淹れておくから飲んでね。」
「おう助かる!」
「ありがと。」
私の声を聞き二人はそれぞれお礼を言う。
グラスを並べ麦茶を注ぎ入れるとカウンターの内側へ置いた。
店内の壁には四つの扇風機があってそれで何とか空気を循環させている。
だがその内一つの調子が悪くて朝は動いていたのに今は止まっていた。
「止まってるね。」
ミツは私の視線の先に気付いたのか、同じように見上げて呟く。
「早く修理してもらわないと、これからもっと暑くなるのに。」
私たちは顔を見合わせる。
「休憩時間に電気屋さんに持って行って見てもらお?」
「そうしよっか。」
短く話し合いを終わらせると各々持ち場に戻る。
テーブルを片付けているとガラガラと扉が開いて新しいお客様が来店した。
「いらっしゃいませ!」
振り返って声を掛けると彼のトレードマークである千本が揺れた。
「久しぶりだな。」
「お久しぶりですゲンマさん。」
最近お店に来なくなったので心配していたが、見た目に変わりはなく元気そうだ。
「相変わらず美人だなぁ〜ななしは。」
「褒めても何も出ませんよ?」
私は一旦片付けの手を止め、冗談を交わしながら冷たいお茶を出す。
「お前の笑顔を見れただけで充分。」
「ありがとうございます。」
通常運転のゲンマさんをひらりと躱し、本日の日替わりは夏野菜カレーですと付け加える。
「おうおう華麗に躱すね〜」
そう言ってニヤっと笑ったゲンマさんは日替わりを頼んだ。
復唱しながら構わず伝票に書き込む。
「今日は来てないのか?番犬さんは……」
「番犬さん??」
急に良くわからない事を言われ首を傾げると、ゲンマさんははっと声を出して笑う。
「こっちの話だ気にすんな。」
「はぁ…」
納得した様なしてない様な曖昧に答えると、隣のお客様がお会計に立った。
「あ、ゲンマさんごめんなさい。」
話の途中な気がしたがそう断って私はレジへ向かう。
お客様の間からチラリとゲンマさんを見ると、特に気にしていないようで涼しい顔で麦茶を飲んでいる。
番犬って何の話だったんだろう。
疑問が残ったが考えている暇もなく、忙しさからその事はすぐに頭から消えていた。
一息ついた頃にはゲンマさんはいなくなっていて、私とミツは交代で休憩することにした。
厨房の奥、窓の側の丸椅子に座りお母さんの作ってくれたおにぎりを齧る。
お昼はいつもこんな感じで、空いた時間に30分程休憩する。
手早く食べ終わるとお皿を片付けてゆっくりと外の景色を眺めた。
「暑い……」
熱風が前髪を揺らし、つい口から漏れた。
太陽がジリジリと地面を照りつけ陽炎が見え、蝉の大合唱が相乗効果になっている。
扇風機のある店内の方が涼しいかも。
私は早々に休憩を切り上げて仕事へと戻った。
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