「雲間に咲く」

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 カカシさんが帰ってくるまでの一週間は天気が崩れ雨ばかりだった。

暑さと合わせてこの湿度。

洗濯も部屋干しで、家の中もジメジメとしていてかなり不快だ。


「早く晴れないかな〜」


 ただの独り言も薄暗い中では虚しさが増した。

長くても一週間と言っていた日がやってきたが、カカシさんはもう里に戻ってきているのだろうか?

隣からは物音ひとつ聞こえない。

元々、生活音を聞くのも珍しい事だったので、居るのか居ないのか私には判断が付かないでいた。

お店にも来ていないので、もしかしたら帰ってきていないのかもしれない。

私は不安になりながらも、日曜、月曜と普段通りに仕事をしてカカシさんが来てくれるのを待った。

 約束の日である火曜日。

何の音沙汰もなく流石に心配になり、仕事へ出るタイミングで廊下から様子を窺う。

いけないことをしているのではと思いながらも、カカシさんの家の扉の前で立ち止まって物音がしないか耳を澄ましてみた。

結局、辺りから小鳥の囀りが聞こえるだけで部屋の中からは何も聞こえなかった。

人のいる気配もない。

任務で何かあったのかもしれないと怖くなる。

気になりだすと不安で堪らなくなった。

だが、忍の任務がどうなっているかなど私には知る由もない。

ガイさんやアスマさんたちがお店に来てくれたら何か教えてもらえたかもしれないが、生憎今日は尋ねられそうな人は来店しなかった。

仕事中は気もそぞろでミツには顔色が悪いとさえ言われる始末。

何かに巻き込まれて怪我をしたとか、他里の忍と交戦になったとか、最悪……

そこまで考えると過去の父の事を思い出して体が震えた。

忍とは常にそう言う世界で生きているのだと、理解していたはずなのに、いざこのような状況になると不安で不安で胸が千切れそうになる。

なんとか仕事を乗り切り、事情を知っているミツは今の私を一人にしたくないと家まで送ってくれた。


「カカシさんなら大丈夫よ。すごく強い忍だって噂されてるし!」


 ミツが一生懸命に励ましてくれている。

私は不安で押し潰されそうだったが、気持ちが上を向くように努めた。

大丈夫、考え過ぎなんだきっと。


「うん……そうだよね。もう帰ってきてるかもしれないし。」

「そうだよ!帰ってきてななしがそんな顔だとカカシさんビックリしちゃうよ。」


 ミツの言葉に笑って頷くと、アパートの下まで送ってくれたことにお礼を言う。


「ありがとうミツ。」

「気にしないで、何かあったら連絡してね!」

「うん分かった。」

「じゃあまたね!」


 ミツを見送ってから階段を上がると、多少は落ち着いている自分がいた。

親友の優しさに救われたなと感謝の気持ちでいっぱいになる。

今度何かお礼をしようと思いながら最後の段を上り切ったところで足が止まった。

家の前に誰かいる。

その場で動かずにまじまじと見ると、誰かと言ったのは語弊があったかもしれない。

それは自宅の扉の前でちょこんと座った犬だった。

なんでワンちゃんがこんなところに……

実のところ私は犬が苦手で、そこから一歩も動けなくなってしまった。

ジーっと私の方を見上げるパグらしき犬は、へのへのもへじの描かれたちゃんちゃんこを着て頭に木ノ葉の額当てをしている。

実際に見るのは初めてだが、この子は忍犬なのだろう。


「お前がななしか?」

「わっ!」


 喋り掛けられたことに驚いて階段から落ちそうになった。

何とかバランスを保つことができて大事には至らなかったが、動揺して心拍数が急上昇する。

手すりに掴まり壁に隠れながら、ソロリと顔を出し様子を窺う。


「えっと、そ、そうです。」


 ワンちゃんは私の反応に呆れた様な表情をした。


「そんなところに隠れてないでコチラへ来い。」


 そう言って器用に前足を上げ、手招きする様にちょんちょんと動かす。

思っていたよりも渋い声だ。


「あのー……」

「なんじゃ?」

「噛んだりしないですよね?」

「アホ娘が噛むわけないじゃろう!拙者をそこら辺の犬と一緒にするな!!」


 かなり癇に障ったらしくキッと目付きが鋭くなる。

私は焦って「すみません!」と謝ると渋いワンちゃんに近づいた。

意思疎通もできるし急に噛んだりはしないだろう。


「私に御用ですか忍犬さん。」


 側に屈んで極力視線を合わせた。


「ワシの事はパックンと呼んでくれ。カカシの伝言を伝えに来た。」

「カカシさんの?」











 * * *



 いつまでも外にいるわけにいかず、渋いワンちゃん……もとい、パックンの足の裏を拭わせてもらって家にあがってもらった。

ちなみに犬に触るのは初めてだ。

意外とフニフニしていて触り心地が良かった。


「パックンはカカシさんの忍犬なんですか?」

「そうじゃ。ワシの他にも七匹と契約しておる。」

「そんなに……すごい。」


 私の中で相棒は一匹なのだと勝手に思い込んでいたので感心する。

パックンがトテトテと畳を踏み鳴らしてテーブルの横に座ると、私も続いて正面に座った。

今まで苦手意識を持っていたので、こうしてまじまじと犬を観察することが無かった。

短い脚に左右に揺れるしっぽが可愛らしく、新たな感情の芽生えに胸がドキドキした。


「ところでカカシからの伝言じゃが……」


 ポカンとした私を見てパックンは本題を切り出す。

私は緊張した声ではいと答え姿勢を正した。


「任務が長引いて帰れそうにない、すまないと謝罪の伝言じゃ。」


 それを聞いてホッと一安心する。

重い荷物を下ろした時の様にスッと体が軽くなった。

最悪の事態は起きていなかった。


「わかりました。あの、怪我とかは大丈夫なんでしょうか?」


 パックンは私の顔を見て少し考えてから口を開いた。


「多少は負っているが問題ないだろ。」

「そう、ですか。」


 とりあえず生きているなら良かった。


「里に戻るのがまだ先になりそうだから帰ったら会いに行くと言っておったぞ。」


「わざわざ伝言を、ありがとうございます……あのー、できればなんですが。」

「なんじゃ?」

「可能ならば、待っていますとお伝えいただけますか?」


 そう言った私の目をジッと見つめたパックンは、伝えておこうと了承してくれた。


「ありがとうございます。」


 私はパックンに向かって頭を下げた。


「……始めは変わった娘だと思ったが。」


 変わった娘!?

そんな風に思われていたのかと勢い良く顔を上げる。


「しっかりとしていて安心した。」


 パックンは犬なのに、落ち着いた物言いと優しい表情が何故か父を連想させた。

言葉では言い表せないが、すごく温かいものを感じたのだ。


「パックンは何かして欲しい事はありますか?」

「いきなりなんだ?」


 顔の皮が動いて人間で言う訝しげな目を向けられる。


「お願いを聞いてもらったので、お返しができないかなと思いまして。」


 パックンは少し悩んだ後、撫でてくれとその場で伏せた。

私は受け入れてもらえた事が嬉しくて、緩んだ顔ではいと言うと座ったまま前に移動した。


「私犬を撫でた事が無くて、どう撫でたら気持ちいですか?」


 パックンは垂れた耳を上げ、閉じていた目を片方だけ開くと少し驚いていた。


「毛並みに沿って優しくじゃ。」

「わかりました!」


 私は指示に従ってゆっくりと優しくパックンの体を撫でる。

毛並みが綺麗に整っていて触っているこちらも気持ちがいい。

ちゃんと手入れがされている。

カカシさんがしているのかな?

触り心地が良くて落ち着くなぁ〜

心の中でそんな事を思いながら繰り返し撫でていると、パックンもしっぽを振って気持ちよさそうだった。

 そうして、しばらくリラックスタイムを満喫していると、パックンがもう良いと立ち上がりグッと伸びをした。


「そろそろワシは戻る、またなななし。」

「はい、ありがとうございました。」


 玄関から出て行くのかと思い、扉を開ける為に立ち上がると、パックンはボンと音を立て煙と共に消えてしまった。

今私の目は真ん丸になっているだろう。


「……忍犬すごい。」


 つい感嘆の言葉が漏れ出た。










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