「雲間に咲く」

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 オオバ君の気遣いをつい反射的に断ってしまったが、この前の事もあるので正直不安で心細い。

裏口から出るとななしは周りに注意しながら歩調を早めた。

お店の正面を通り数歩進んだところで、突然後ろから肩をトントンと叩かれ体がビクッと飛び跳ねた。

暗い夜道に私の小さく短い悲鳴が響く。

注意していたのに全然気配を感じなかった。

勢いをつけて振り返ると、後ろの人影に大きく一歩距離を取る。


「ごめん、驚かせちゃった?」

「っ……カカシさん!」


 街灯に照らされて見えたのは、ガイさんを支えながら帰ったはずのカカシさんで。

驚いたせいでドキドキと心臓が暴れる。

ハッキリとカカシさんの顔が見えて、驚きとはまた違った感覚が遅れて心臓に追い打ちをかけた。


「心配になって来ちゃった。」


そう言って優しく笑うカカシさん。

酔っているのか僅かに見える頬が赤く染まっていた。

体の中で鼓動が木霊し、頭から足先まで濁流の様に血液が巡る。


「そんな、心配しなくても大丈夫ですよ。」


 言いながらも、心配してもらえた嬉しさと安心感と申し訳ない気持ちで、オロオロと動揺を隠しきれない。

上がった息を整えようとするが上手くいかなかった。


「前回の事があったから、ついね。迷惑だったかな?」

「いえ!そんなことはないです!むしろ……嬉しい、です。」


 混乱している私を他所にカカシさんはニコニコと頬を緩める。

浅くなる呼吸に胸が苦しい。


「良かった、じゃあ帰ろっか。」


 カカシさんは安堵の表情を浮かべると、ポケットに両手を入れ隣を進む。

私もどうにか落ち着いて、カカシさんの後を追う様に体の向きを戻し歩き始めた。


「カカシさん。」

「ん?」


 カカシさんは少し目を見開いて私を見下ろす。

少し息を吸ってから「ありがとうございます。」と言うと、見上げた先のカカシさんの表情がふんわり柔らかくなって、右目が弧を描いた。


「どういたしまして。」


 優しい声に頬が熱くなる。

私は隠すように少し俯いた。

適度な距離を保ち、カカシさんは私の遅い歩調に合わせてくれている。


「あの、ガイさんは大丈夫だったんですか?」

「ん?あぁ。ガイなら家まで送ったから今頃夢の中じゃないかな。」

「そうなんですか、お店を出た時も殆ど意識が無かったですもんね。」

「ほーんと、勘弁してほしいよ。」


 溜息を吐きながらもそこまで嫌がってはいない様に見えて、本当は面倒見が良いのかなと思う。


「仲が良いんですね。」


一時間程前の彼らの姿を思い出すと自然と口角が上がった。


「どーなんだろうねぇ…」


 予想に反した答えだったので「え?」とカカシさんの顔を見上げてしまった。


「今まで時間が合わなかったから飲みになんて行ったことなかったし、オレ抜きならあったかもしれないけど。」


 私はまずい事を聞いたのではと黙ったまま眉を寄せた。

カカシさんはそんな私を気にする事もなく言葉を続ける。


「でもまっ!今回はオレが上忍師になった祝いだったから、多分嫌われてはいないかな。」


 あははと笑いながら頭を掻くカカシさんにホッとした。

こんな嬉しそうな表情……十分、仲が良いじゃないか。

アスマさん達もカカシさんの話をする時はとても優しい表情をする。

お互い大切に思っている証拠だ。


「良かったですね、カカシ先生。」

「……うん。」


 今度は照れたように頬を掻いた。

そんな姿を見るとこちらまで嬉しくなって笑みが溢れる。

やっぱりカカシさんは素敵な人だな。

そう思いながら、笑顔に向けていた視線を足元に下げた。

 柔らかい表情や醸し出す空気に魅せられていることが分かる。

一緒に歩いているだけの空間が酷く心地よくて胸がチクリと痛んだ。


「ななしちゃん。」

「はい。」


 名前を呼ばれて顔を上げると、漆黒の瞳が私を映していて僅かに息を飲む。


「この前の肉じゃが美味しかったよ、ありがとう。」

「いえそんな……お口に合ったようで何よりです。」

「食べる前から分かっていたけど、オレ好みだった。」


 酔っているせいなのか普段よりも無邪気な笑顔に、手にぎゅっと力を入れて服の裾を握った。

どこかに力を入れていないとどうにかなってしまいそうで、私は良かったですとカカシさんに笑顔を向ける。


「それでななしちゃんさえ良ければなんだけど、今度ご飯でも行かない?」


 私の顔を窺う様にカカシさんは顔を傾ける。


「ごはん……ですか?」


 急なお誘いに目を丸くしてしまった。


「そう、肉じゃがのお礼にさ。」

「え?あの肉じゃがにお礼なんか要らないですよ!」


 元々お礼の為に作った肉じゃがなのに、逆に気を遣わせてしまっては元も子もない。

私は体の前でブンブンと手を横に振った。


「オレがそうしたいの。ほんと、嫌じゃなければだけどね。」


 この聞き方は……前もあった気がするがズルい。

カカシさんの技なのかな。


「嫌とか全然思わないです、ただ……」

「ただ?」

「カカシさんは私とご飯に行っても大丈夫なんですか?その、彼女さんが気を悪くするのではないかと……」


 あの朝の女性の声の件は言えない。

詮索するのは良くないと思いながらも、もしそういう人がいるのならば勘違いされては困るのでやんわりと聞く。

前の噂の前科もあるので慎重に行動しなければ。

正直なところ、すごい気になっていたので聞かずにはいられなかった。


「んーその心配はいらないよ、オレ彼女いないし。」

「え?」


 驚いた私を不思議そうに見るカカシさん。


「あ、そうなんですね……カカシさん優しくてかっこいいので、てっきりいらっしゃるのかと思ってました。」


 あの女性の声は勘違いだったのか。

盗み聞きしていた事をここで言うわけにもいかず、引っ掛かりながらもそう納得することにした。

寝惚けていたのかも。


「そんな風に思ってもらえてたんだ〜嬉しいな。」


 ニコニコ笑う横顔を見て、そもそも彼女がいたら私をここまで心配しないだろうし、誘ってもこないだろう。

失礼なことを聞いてしまったと今更焦った。

変わらない表情のカカシさんは私の質問を深く気にしていないようだ。


「嫌いな食べ物はある?」

「いえ無いです、なんでも食べますよ。」

「了解、いいお店がないか調べておくよ。」


 僅かに弾んだ声から上機嫌なのだと分かる。

そんな様子に嬉しさが込み上げた。


「ななしちゃんの休みは水曜だよね?」

「はい!水曜と金曜です。」

「任務の関係で夜になるから次の日休みの方がいいかな?」

「私は仕事の日でも休みの日でも、いつでも大丈夫ですよ!」


 気持ちが浮き立って、つい力んで答えてしまった。

感情が駄々洩れで恥ずかしい。


「じゃー再来週の火曜、18時頃に家に迎えに行くよ。」

「わかりました!楽しみにしていますね。」


 私の顔を見てカカシさんの表情が緩む。

優しい眼差しに頬が熱くなった。

 恋と言うのは恐ろしい。

自分が自分じゃない様な、地に足が付いていない状態だ。

カカシさんとご飯に行くことになっただけで、こんなにも気持ちが舞い上がるなんて。

興奮しているのか頭の中が霞みがかってぼんやりとしている。

家に着くと前回同様、扉の前で目を合わせ手を振り「おやすみなさい。」と言葉を交わして部屋に入った。

 パタンと扉が閉まると一気に力が抜ける。

頭の中はもうカカシさんでいっぱいでパンクしそうだ。

暫く玄関で立ち尽くしていたが、明日も仕事だと無理矢理体を動かす。

お風呂に入ってベッドに潜ると時間は既に一時を過ぎていた。

当然、疲れているしこんな時間なのに、目を閉じても一向に睡魔が来ない。

いつもどうやって寝てたんだっけ?

考えれば考える程に眠り方が分からなくなる。

遠足前の子供の様に目が冴えて中々眠ることが出来なかった。

まだ一週間以上先の話なのに、先が思いやられる。















 * * *



 翌日、更衣室で着替えながら大きな欠伸が出た。

案の定あれから眠ることができず、やっと眠れたと思ったらすぐに起床のアラームで起こされた。


「ずいぶん眠そうね。」


 隣で着替えていたミツが、小さく珍しいと声を漏らしながらこちらを見る。


「うん、ちょっとね。」


 遅くまで働いても夜はぐっすり眠れる方なので、いつもそこまで影響はないのだが……昨日は違った。


「昨日大変だったんじゃない?」

「ううん、仕事のせいじゃないの。」


 ミツは、ん?っと首を傾げる。

「仕事のせいじゃないって……他に何かあったの?」


 私はロッカーを閉めると、ミツのスッキリとした目を真っすぐに見た。


「私、恋したみたい。」

「こ…恋っ!?」


 想定していなかった事なのだろう、ミツの仰天した声が更衣室に響いた。


「ちょっと声が大きいよ!」


 外まで聞こえいるかもしれないと焦って、私は咄嗟にミツの口を手で覆った。


「ウウン(ごめん)」


 ミツのくぐもった声を聞いて私は手を放した。

苦しそうにしていたミツの表情は一変。

自由になった顔で嬉しそうにニンマリと口角を上げる。


「それってカカシさんでしょう?」

「なっ…………そう、です。」


 何で分かったのと聞くまでもなく。

口で否定しながらも明らかに態度に出ていたなと今までを反省する。


「そっかそっか!ななしに春ね〜」


 かなり遅めの、とミツは揶揄う様に笑う。


「もう…」


 私はその状況が面白くなくて口を尖らせた。


「待って!でもさ、カカシさんって彼女がいるんじゃなかったの?」


思い出した様にミツの顔はみるみると青ざめた。


「私の勘違いだったみたい。」

「なーんだ良かった!」


 ミツはそう言いながら三角巾を付けるとパタンとロッカーを閉める。

自分の事の様にコロコロと表情を変える親友に頬が緩む。


「仕事が終わったら詳しく聞かせてよ?」

「うん、もちろん。」


 ミツの後ろに付いて更衣室を出ると「あ!!」と声を上げ私の方に振り返った。


「ど、どうしたの?」

「ななし……ガイさんのプロポーズどうするの?」


はっきりとは断れていないが、空気的に伝わっているのではないだろうか?

わざわざ掘り返して伝えるべきなのかどうか。

傷口に塩を塗るような真似はしたくない。

黙り込んだ私にミツはう〜んと唸りながら口を開く。


「好きな人がいるって言ったら?その後どうするかは本人次第よ!」

「……そう、だね。中途半端にしておくのが一番よくないし、次に会ったら言うよ!」

「うん!」


 私たちは頷き合うと更衣室を出て各々開店準備を始めた。











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