「雲間に咲く」

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「すまんが今日の居酒屋の営業も出てくれないか?」


 土曜の朝に出勤してくると父が申し訳なさそうに言った。


「うんわかった、でも急にどうしたの?」

「ナスが風邪で出れないって連絡があってよ、さすがに人手が足りないんだよ。」

「そうなんだ、大丈夫かなナス君。確か一人暮らしだよね?」

「朝一番に病院に行ったらしいから大丈夫だろう。」

「ちゃんと診てもらったなら良かった。」


 私は父と話しながら厨房に入るとサラダに使うレタスを洗う。

ザルで水を切り先日アスマさんと話した時の事を思い出していた。

確か今日は19時からアスマさんの予約が入っていた日だ。

気が向いたら出てくれと言われていたが、まさか本当に出ることになるなんて

また何か言われそうだな

一通りレタスを洗い終えて水道の栓をキュッと締める。

体力を温存する為にもメリハリをつけて頑張らなくっちゃ。

 休日と言う事もあり開店30分でお店は満席となった。

私もミツも大忙しで、あっちにこっちに走り回る。

気付けば14時を過ぎていたなんて事は日常茶飯事だ。

早く時間が過ぎていいのだが、一息と落ち着いたらドッと疲れが押し寄せる。


「ふぅ〜おつかれミツ。」


 同様に疲れた様子のミツに声を掛けレジ横に並ぶ。


「ななしもお疲れ。」


 私たちは束の間落ち着いた店内を眺めた。

店内には三組のお客様がいて、みんな美味しそうにボリューム満点の料理を食べている。

すぐ側のテーブル席に座っている男の子と父親だろう忍服を着た二人。

ニコニコと笑い合ってご飯を食べてくれている。

そんな姿を見ると釣られて笑顔になった。

疲れなんか一気に吹っ飛ぶ。

私の小さい頃もお父さんがこうしてお店に連れて来てくれたっけ。

任務でずっと一緒には居れなくて、お父さんと食べるご飯は最高に美味しかった。

一人で食べるご飯はどんなに手が込んでいても味気なかったな。

ガラガラと扉が開き、その音で瞬時に仕事モードに切り替えた。


「いらっしゃいませ!お好きな席へどうぞ。」


 仲の良さそうな夫婦が会話を交わしながら奥のテーブル席に座った。

私はミツに目配せするとレジを任せてお茶を用意しに動く。










 * * *



 午前の営業が終了し、兄たちが来ると午後からの営業準備が始まった。


「いいの?この前も出てもらったけど…」

「いいのいいの!急だったしね。」


 ミツは私が午後からも出る事を心配してくれているようで、申し訳なさそうに顔を顰める。


「ゆっくり休んでよ!」


 ななしはミツの背に触れると更衣室へ促す様に押した。


「……ありがとうななし。」

「うん、お疲れ様!」


 ミツは笑顔を見せると、お疲れ様と言って更衣室へ入って行く。

それを見届けると、入れ替わりの様にオオバ君が隣に来てよろしくと歯を見せて笑った。

三人目のお兄ちゃんの様で頼もしい。

ななしは返事をすると開店に向けて準備を手伝った。

 居酒屋の営業が始まると、どんどん席が埋まっていく。

一般のお客様も忍のお客様も、お酒を飲んで美味しい料理を食べて仕事の疲れを取っているみたいだ。

山盛りに盛った唐揚げを運び終えたタイミングでガラガラと扉が開き、暖簾を潜るアスマさんの顔が見えた。


「アスマさん!」

「おう、なんだ働いてるじゃねぇか。」

「たまたまですよ。」


 アスマさんが店に入ると、後ろに続くように紅さんとガイさんが入って来る。


「あっ紅さん、ガイさん!いらっしゃいませ!」

「忙しそうね。」

「ななしさん!!」


 笑みを浮かべる紅さんと、瞳を輝かせるガイさんに微笑み掛ける。


「ほんと、有難いです。お席に案内しますね!」


 ななしは一旦アスマへ視線を戻した。


「ご予約は四名でしたよね?」

「あぁ、後の一人は遅れてくる。」

「分りました。」


 ななしは奥の席へ三人を案内すると、テーブルの上に置いておいたご予約席の札を回収した。

紅さんが奥で隣にアスマさん、向いにガイさんが座るのを確認し、おしぼりを渡して伝票を取り出す。


「お飲み物はどうされますか?」

「とりあえずビール三つ。」

「かしこまりました。」


 ササっと伝票に書き込み、飲み物を準備する為厨房に戻る。

ビール三つとお通しの枝豆をお盆に載せてアスマさんたちの元へと運ぶ。


「お待たせしました!」


 そう声をかけて順にテーブルへ置いていると、ガイさんが透かさず手伝ってくれた。


「ありがとうございますガイさん!」

「とんでもない!ななしさんの手伝いなら喜んでしますよ!」


 キラリと白い歯が光りななしは圧に押されながら笑う。

悪い人ではない、でもいつも反応に困ってしまう。

そんなななしを見兼ねてかアスマが「注文いいか?」とメニューを開いた。


「はいどうぞ!」


 再び伝票を取り出して書き記す。

注文を聞き終えると他のテーブルのお客様に呼ばれたので急いで向かった。

そこまで広い店内ではないのだが、まぁ忙しい。

気付けば嬉しいことに満席だ。

使用済のお皿を片付けていると扉の開く音が聞こえ、いらっしゃいませと振り向いた。

現れたのはもう遠くからでも直ぐに分かる、見知った顔。

ドキッと心臓が飛び上がった。


「カカシさん!」

「あれ?ななしちゃん。今日は夜も出てるんだね。」


 カカシさんは驚いた様に眉を上げた。


「はいそうなんです!あのーすみませんカカシさん、今満席で……」


 せっかく来てもらえたのにすごく申し訳なくて、ななしは肩を落とした。

好きだと気持ちを認めたせいか、カカシさんの顔が直視できず右から左に目が泳ぐ。

こんなオロオロしていたら不自然じゃないか。

そう思いながらも落ち着いていられないのだ。


「ん?アスマが予約してるって言ってたんだけど。」

「あ!!そうでしたか!良かった〜もう皆さん集まっていますよ。」


 私の様子を気にすることなく会話を続けてくれるカカシさんに内心ホッとした。

そっか、予約の四人目はカカシさんだったのか。

アスマさんも言ってくれればいいのに。


「お席にご案内しますね。」


 未だ忙しない鼓動をどうにか隠して、ななしは体の向きを変えると歩き出した。


「ななしちゃん営業時間最後までいるの?」


 後ろを歩くカカシさんの声に少し振り返って頷く。


「はい、閉店の23時まで働きますよ。」

「そっか、大変だねぇ〜昼も夜も働いて。」


 カカシさんは心配そうに眉を寄せた。

その気遣いだけで嬉しかった。


「いえそんな、忍の皆さんほど過酷ではないので大丈夫ですよ!」


 奥の席に近づくとガイさんがこちらに気付いたようで手を振り上げた。


「遅いぞカカシ!!」

「すまん。」


 そうサラリと謝りカカシさんはガイさんの隣に座る。


「ななし、カカシにビール頼む。あと俺にも。」

「かしこまりました!」


 私はアスマさんと言葉を交わすと、側の棚からおしぼりを取りカカシさんに手渡した。

「ありがと。」

「飲み物は少し待ってくださいね。」


 そう言ってななしは席を離れた。

仕事モードだったので何とか乗り切ることができた。

一旦、壁の影に隠れて深呼吸する。

胸に手を当ててジッとしていると、煩い鼓動は徐々に落ち着いてきた。

こんな事じゃ先が思いやられるよ。

バタバタと動くオオバ君を見て悠長にしていられないと、すぐにビールを二つ用意しテーブルへ持って行った。

アスマさんたちは二度目の乾杯をすると楽しそうに会話を始め、その光景が何だか仲間同士って感じがして微笑ましい。


「ななし会計頼む!」


 少し離れた所からそうオオバ君の声が聞こえてきて返事をするとななしはレジへ向かった。

22時にもなると店内のお客様は半分以上減った。


「どうにか落ち着いたな。」

「そうですね。」

「大丈夫だった?」

「はい、なんとか。」


 オオバ君と並んでテーブルを片付けながら労い合う。

グラスをお盆の上に集め厨房へ運ぼうとするとオオバ君が私の手に触れた。


「これは重いから俺が持って行くよ。」

「でも……」

「いいから、テーブルの上を拭いておいてくれる?」


 優しく笑って私の手からお盆を持ち上げるオオバ君に、ありがとうございますと言うと布巾を用意する。

一つ、また一つとテーブルを片付けるともうすぐ閉店時間だ。

アスマさんたちはまだ居るみたい。

声を掛けに行くとガイさんがテーブルに突っ伏していて、他の三人も顔が赤く目がトロンとしていた。


「失礼します、そろそろ閉店の時間です。」


 これは珍しい光景だな。


「そうか、じゃあそろそろお開きだなぁ。カカシ、ガイを起こせ。」


 アスマに言われカカシはガイの肩を揺らした。


「起きろガイ。」

「う〜ん、なんだ朝か?」


 ガイさんの顔は真っ赤で明らかに飲みすぎだ。

そんな様子を気にすることなく、アスマと紅はお会計に立ちあがる。


「ったく、しょうがない奴だな。」


 カカシは仕方なさそうにガイの腕を首に回し立ち上がった。


「だ、大丈夫ですか?」


 心配になって声を掛けると、カカシさんはいつもと雰囲気の違うヘラリとした表情で笑った。


「へーきへーき、心配しなくても大丈夫。」

「……はい。」


 アスマさんたちと共にレジへ向かうとお会計をして店の外まで見送った。


「今日はありがとな。」

「いえ、こちらこそありがとうございました。」

「また使わせてもらうわね、その時はななしも一緒に飲みましょ!」

「良いんですか?楽しみにしてます!」


 アスマさんと紅さんの距離が普段よりも近くて、無意識なのかちょこっと肩が触れている。

それを見ると顔が緩んだ。


「カカシ、ガイを頼んだ。」


 アスマさんの言葉にカカシさんの顔が見てわかる程に歪んだ。


「そんな事だろうと思ったよ。」


 はぁ〜と溜息を吐くカカシさんが気の毒で苦笑いしてしまった。


「んじゃ、またな。」


 そう言ってアスマさんと紅さんが並んで去っていく。


「オレたちも行くよ。」

「はい、ありがとうございました!気を付けて帰ってくださいね。」


 カカシさんの肩でぐったりとしながらもニコニコ笑っているガイさんを見て、楽しかったんだろうなと思って笑ってしまった。

カカシさんも眉を下げて目を細める。


「ななしちゃんも気を付けて帰ってね。」

「はい!」

「じゃあまた。」


 ななしは去っていく背中に「ありがとうございました!」と声を掛けながら頭を下げて、営業の終了を知らせる為に暖簾を外した。


「お疲れ様。」

「オオバ君もお疲れ様です。」


 店の入り口に暖簾を立て掛けると、兄二人と合わせて四人でお店の清掃を始め店内は綺麗に整った。

家まで送ろうかと言うオオバ君の言葉を断って、お店を出た頃にはもう日付が変わろうとしていた。








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