「雲間に咲く」

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 窓の外で揺れる洗濯を見ながら冷たい麦茶を飲んでいた。

今日はお店の定休日。

予定も無くてのんびりと過ごしていた。

昨日の帰り道ミツが恋愛小説の話ばかりするので、誘発されて午後から本屋にでも行こうかと考えている。

とりあえず午前中は定例になっている両親のお墓参りだ。

少し早い時間だが、もう山中花店はやっているはず。

ななしはササっと出かける準備をすると家を出た。














 * * *



 時間が早いお陰で日差しもキツくなく、通りは静かで活動している人も少ない。

お墓に着くと先程山中花店で買ったばかりのお花を供えた。


「おはよう、父さん母さん。今日も天気が良くて気持ちいいね。」


 いつもと同じようにしゃがみ込んで少しお話をする。


「お花綺麗でしょ?山中花店で買ってきたの。そうだ!いのちゃんがアカデミー卒業したんだって、すごいよねー!負けないように私も頑張らないと。」


 墓石に掘られた両親の名前を見ながら、少しの間ボーっとしていた。

私の思い出には母さんの記憶はなくて、家に残された写真と父さんの話でしか知らない。

でも私の顔は写真の中の母さんによく似ていた。

父さんは男手ひとつで私を育ててくれて、優しくて強くて仲間思いで、大好きだった。

強い忍だった。

父さんは大切な仲間を守って死んだ。

詳細は教えてもらえなかったが、同じ隊だった人がそれだけ言いに来てくれた。

私も小さい頃は父さんみたいに強い忍になりたくて、休みの日にはお願いして修行をつけてもらっていた。

けどある日突然、父さんは忍はやめろと言って、それっきり修行をしてもらえなくなった。

私は父さんの言う通り夢を諦めて普通の女の子として暮らした。

きっと忍になったら辛い思いをたくさんするから父さんは止めたんだと、私はそう理解した。

戦うことはできなくても里の為に私にできることをする。

皆にお腹いっぱいご飯を食べてもらって、笑顔になってもらう事。


「……頑張らないと。」


 立ち上がると後ろから風が吹いて、髪がホワっと揺れる。

顔にかかった髪を耳に掛けると奥の方に人影が見えた。

あのシルエット……どこかで見た様な。

勝手に足が動いていた。


「こんにちは。」


 声を掛けるとその人はゆっくり振り返る。


「ななしちゃん。」


 やっぱりカカシさんだった。

いつもと雰囲気が違う気がして、話しかけたのはまずかったかなと内心焦る。


「後ろ姿が見えたので、つい声を掛けてしまいました。」


 笑ってみたがちゃんと笑えているだろうか。


「そっか。」


 そう言って笑顔を見せてくれたカカシさんは、振り返った時の感じは無くなっていた。


「お墓参りですか?」


 ここにいるのだからお墓参りなのだろうが、他に思いつかなくて気の利かない質問をしてしまった。


「うん、友達のね。」


 そう言ってカカシさんは嫌な顔せずに答えてくれる。

下を見ると墓石には、のはらリンと刻まれていた。


「そうですか…」

「ななしちゃんはどうして?」

「あ、私は両親のお墓参りです。」


 私の言葉を聞いてカカシさんは「え?」と目を見開いた。

驚くのも当たり前か。


「えっと、実の両親のです。定食屋の和さんは私を引き取ってくださっていて。なので本当の娘ではないんですよ。」


 掻い摘んで説明するとカカシさんはすぐに理解してくれた。


「ごめん、聞かれたくなかったよね。」


 カカシさんは申し訳なさそうに頭を掻く。


「いえ、隠していることではないので大丈夫ですよ。」


 そう言うと眉を下げながらも安堵した表情に変わった。

いつもお店に来てくれる時は朗らかで、暗いところを微塵も感じさせないカカシさんが。

あんな、今にも消えそうな、悲しそうな顔をするんだと胸が痛む。

忍とは常に危険と隣り合わせで、そんな世界でカカシさんは生きているのだ。

里に住む私たちの為に。

父さんの様に。


「カカシさん、また定食を食べに来てください!美味しいご飯作って待ってますので。」


 私は私にできることをする。

カカシさんや他の忍の方に、美味しいご飯を食べてお腹いっぱいなってもらって、ひと時だけでも笑顔にすること。

感謝の気持ちが伝わる様に、私はどんな時でも笑顔でいよう。


「ありがとう。ななしちゃんにそう言われたら行かない訳にはいかないね。」


 ふふっと笑ってくれた事が嬉しくて私も微笑んだ。


「では、邪魔をしてしまってすみません。私は帰りますね。」


 そう言うと、カカシさんも首を触りながら「オレもそろそろ行かないと。」と声を漏らした。


「そこまで一緒に行きますか?」

「うん、そうしようかな。」


 私たちは体の向きを出口の方に向けると、並んで歩き出した。


「ななしちゃんは休み?」

「はい、定休日なので。」

「そっかいいな〜」

「カカシさんはこれから任務ですか?」

「まぁそんなとこ。」

「大変ですね、時間も不規則で。」


 時刻はもうすぐ10時だ。


「ぜーんぜん、今日も下忍の試験だけだから。」


 「アイツら合格してくれたらいいんだけど。」と言葉を続けるカカシに「え?」とななしは声を上げた。


「試験ですか?」

「そう、合格できたらオレが受け持つことになるの。」


 さらりと言ったが、それはつまり先生になると言うことでは?


「ん、びっくりした?」


 私はコクコクと頷いて見せた。

意外でびっくりした。

子どもとか好きなんだろうか?


「カカシさん先生になるんですね!素敵です!!」

「あはは、そうかな?」

「そうです!カカシさんはとっても優しいですからね、生徒さんが羨ましいです。」

「嬉しいよそんな風に言ってもらえて」とカカシさんは目を細める。

「試験を受ける子たちが合格するように祈っています!」

「……オレも、そうなることを祈ってるよ。」


 出口に着いたところでカカシさんは足を止めた。


「じゃあ、またねななしちゃん。」

「はい、カカシさんも試験官頑張ってください!」

「ありがとう。」


 ニコリと笑ったカカシさんはシュッと姿を消した。
















 * * *



 本屋に寄って晩ご飯の買い物をして家に着いた頃には12時を少し回っていた。

台所に立ち蕎麦を湯がいて薬味を準備すると、簡単にざる蕎麦が完成した。

ひとりだからお腹が膨れたらそれでいい。

手早く食べ終え片付けを済ますと、入手したばかりの雑誌を開いた。

木ノ葉の里グルメ手帳。

人気のお店や隠れた名店が載っている雑誌だ。

 あ、一楽だ!

うちの定食屋も載ってる!

なんだか嬉しくて、それだけでこの雑誌を買った価値があるような気がした。

ここのトンカツ美味しそうだなとかフワフワのかき氷だ、とテンションが上がって行ってみたいお店のページに付箋を張り付けた。

今度ミツを誘って一緒に行ってみようと心躍らせる。














 * * *



 木曜日。

いつも通り午前の開店準備をしていた。

暖簾を持って外に出ると台を引き出す。

今日は夜も出るので体力を温存しておかないと。

 そう言えばカカシさんの生徒さんはちゃんと合格できたんだろうかと、そんな事を考えながら暖簾を掛けた。

台から降りて元に戻すと腕を上げグッと伸びをする。

見上げた空は雲一つない快晴で気持ちがいい。

やる気が出て、よし頑張るぞと気合を入れてななしは店に戻った。

 午前中は問題なく何とか乗り切り、16時〜18時の間は休憩をもらってお店の奥で休ませてもらった。

午後の開店前になるとオオバ君とナス君が出勤してくる。

兄二人は既にお父さんと仕込みをしたいた。

団体客は30名。

一般のお客様だ。

19時半から3時間のコースに飲み放題付で予約を受けている。

私はドリンクの提供と片付け担当。

久しぶりの居酒屋で上手くやれるかと少し緊張していた。


「ななしちゃん今日はよろしく!」

「分らないことは遠慮なく聞いて。」


 お店に来るなりオオバ君とナス君はそう声をかけてくれた。

二人とも私より年上で仕事ができて気さくで優しい。

頼もしさを感じて表情が緩んだ。

「ありがとうございます、頑張りますね!」と返事をすると、二人はニッと笑いかけてくれた。

 19時になると、ちらほら団体のお客様が集まり始め、奥の座敷が騒がしくなってきた。

ななしはドリンクを運ぶために、厨房と座敷を行ったり来たり何往復も繰り返す。

さすがに朝から働き通しのため疲れが出てきた。

ふぅ〜と一息吐きながら陰で水を飲み、そしてすぐにまた動き出す。


「ねぇ、おねーさん可愛いね彼氏いるの?」


 お皿を下げに行ったところで、酔っ払っているのか顔の赤い若い男性がそう聞きながら身を乗り出してきた。

こう言う絡みも久しぶりだ。


「秘密です。あ、お兄さんグラスが空いてますけど何か頼まれますか?」


 私は笑顔で話題を切り替える。

「ほんとだ〜」と言いながら話を逸らされた事に気づいていないのか「じゃあビールおかわり!」とやや大きい声が返ってきた。


「かしこまりました!失礼しまーす。」


 ななしはそう言って座敷を出る。

上手く切り抜ける事ができてホッとした。

忙しくバタバタ動き回っていると、もう閉店まで1時間を切っている。

時間が経つのが早い。

団体客の飲み会はようやくお開きになったみたいだ。

ナス君がお会計をして、ななしはぞろぞろとお店から出て行くお客様を見送った。

座敷から全員が出たところで忘れ物のチェックをして、手早く片付けを始めた。

お皿とグラスを流し台へ運び、散らかったゴミを捨ててテーブルをピカピカに拭きあげる。

その作業が終わったところでお父さんに呼ばた。


「もう上がっていいぞ、ありがとな!」


 笑っているがさすがに父も顔に疲れが滲み出ている。


「はーい、お父さんも無理しないでね。」

「俺は大丈夫だ!!そうだ、今日は遅いし家に泊まってくか?」

「ありがとう、でも明日休みだし帰るよ。」

「そうか、暗いから気をつけて帰れよ。」

「うん!じゃあお先に帰ります。お疲れ様!」

「お疲れさん!」


 そう会話を終わらせると、兄二人、オオバ君ナス君と順に声をかけ着替えてお店を出た。

 こんな時間に外を出歩くのも久しぶりで、少し緊張する。

お店から出て少し歩いたところに、先ほどの団体客の一部であろうグループがたむろしていた。

絡まれたら厄介なので、顔を見られない様に伏せて早足で横を通り過ぎる。

バレなくて良かったと胸を撫で下ろしたところで、大きな声に呼び止められた。


「あー!!居酒屋のおねーさん!」


 声を聞いて、よりにもよってあの人かと、このまま無視するか悩んだ。

結局、躊躇したせいもあってすぐ距離が縮まってしまった。


「もう仕事終わりー?良かったら一緒に飲まない??」

「結構です。疲れてるので帰ります!」


 私にしては強い口調で言ったのだが、酔っているのでまるで効果がない。


「いいじゃん硬い事言わずにさー」


 強引に手を引かれて「離してください!」と声を上げるも聞いてくれるはずもなく、タラリと冷汗が流れる。

このままじゃ非常にマズイ。

私は焦って力尽くで男の手を引き剥がそうとするが、悲しくも男女の力の差でびくともしなかった。

 こんな事ならお父さんの言う通り家に泊まれば良かったと、後悔するも後の祭りだ。

どうしようと怖くなったところで、突然足元に大きな影が現れ、背後から伸びた腕が男の手首を握った。

大袈裟かもしれないが、恐ろし過ぎて私の心臓は止まりかけた。

男はうっと呻き声を上げると掴んでいた手が離れ、それと同時に左上の方から声が降る。


「オレの連れになんか用??」


 この瞬間、体の力が抜けて心底ホッとした。

振り返らなくても聞き間違えるはずない、この穏やかな声はカカシさんだ。










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