「雲間に咲く」
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翌日の火曜日。
7時に合わせていたアラームより早く目が覚めた。
何故なら隣の部屋から何やら揉めている声が聞こえたからだ。
話の内容は聞き取れなかったがたぶん女性の声で、バタンと扉が閉まる音が聞こえると部屋は静まり返った。
何だったのか。
それからは物音ひとつしなくなったので、隣の住人は出て行ったのかもしれない。
お隣さん、女の人だったんだ。
そんなことをぼんやり考えながら、私は睡魔に負けて、再び夢の中へ落ちていった。
* * *
商店街をお店に向かって歩いていると、見慣れた後ろ姿を見つけた。
「おはようミツ!」
「おはよ〜」
声を掛けると大きな欠伸と共に挨拶が返ってくる。
「眠そうだね。」
「うん、昨日買った本読んでたら面白くてつい夜更かししちゃった。」
「そうなんだ、どんな本?」
「恋愛小説だよななしも読むなら貸そうか?」
「恋愛小説か〜じゃあいいや。」
「ホント、ななしって恋愛に興味ないわよね。」
「あはは、そんな事はないよ〜」
「あるわよ!女の子に生まれたならやっぱり恋しないと!」
「恋ねぇ〜」
私には無縁の事かな。
自慢ではないが、生まれてこの方一度も人を好きになったことが無い。
誤解が無いよう補足すると、友達や家族として好きな人はたくさんいるが、恋愛対象として好きになった人はいないと言う意味だ。
お店に着くと私たちは着替えて掃除を始めた。
箒などで掃くと埃が舞うので、テーブルの上を布巾で拭き水で濡らしたモップで床を磨く。
付け合わせのサラダをミツが、茄子の煮浸しを私が準備し、それが終わったら暖簾を掛けに外に出た。
今日はカカシさんが任務から帰ってくる日だと言っていたな。
来てくれたら嬉しいなと思いながら一日が始まった。
12時を過ぎた頃、ガイさんが教え子三人を連れてご飯を食べに来てくれた。
「ななしさん、今日は私の可愛い教え子たちを連れて来ましたよ。」
リー君にネジ君にテンテンちゃんだ。
何度か来てくれたことがあるので既に顔見知りで、リー君が丁寧に挨拶してくれた。
お茶を用意してテーブルに行くと、三人にジッと顔を見られる。
「ど、どうしたの?もしかして何か付いてる?」
穴が開きそうな程の視線にたじろいだ。
「ななしさん、ガイ先生の求愛を断ったって本当ですか?」
その言葉を聞いて、もちろん私はビックリしたのだが、それ以上に横に座っていたガイさんが驚いて飲んでいたお茶を噴出した。
「きゃーきったない!!」
ガイの前に座っていたテンテンが声を上げて飛び上がる。
ななしは急いでおしぼりを数枚テンテンに渡した。
「リーよ突然何を言い出すんだ!!」
ガイは狼狽しながらもリーに詰め寄る。
「だってガイ先生、噂になっているんです!ガイ先生とカカシさんと言う人がななしさんを奪い合っているって!」
「な、なにィ!?」
お店中に響き渡る声を出すガイさんに、ボリュームを絞るように呼び掛ける。
「すみません…つい興奮してしまいました。」
「いえ。」
素直に応じてくれたのでホッとした。
でもアスマさんが言った通り、かなり噂は広まっている様だ。
腕を組んで難しい顔をしているガイが、唸り声を出しながら口を開く。
「うむ、私の読みは当っていたようだな。」
「読み、ですか?」
意味が分からずななしが尋ねるとガイは深く頷く。
「カカシの奴め、やはりななしさんを狙っているではないか!」
「え!?そ、それは誤解ですよ。噂が広まるときに誇張していっただけです。」
話がどんどん酷くなっていくので、取り敢えず否定する。
「リー君たちも、その噂は何と言うか…大袈裟に盛っているところがあるから信じないで。」
苦笑いで言うと、察しの良い彼らは何となく納得してくれた。
「だがなリーよ!俺がななしさんに婚姻を申し込んだのは本当だ!!」
「何ですと!?」
「俺はななしさんに認めてもらえる様な立派な男になるぞ!!」
「カッコイイですガイ先生!!!」
そんな二人のやり取りを見ているネジ君とテンテンちゃんは呆れている様だ。
私は笑うしかなかった。
何とか注文を取り終えると疲れが押し寄せる。
噂って怖いな。
どうにかしないと…
レジを終わらせたミツが私にぎこちない笑みを向けてくれた。
バタバタしながらも、どうにか忙しさが落ち着いて、14時を過ぎた頃にはお客の人数も減って来ていた。
テーブルの上を片付けていると、ガラガラと扉が開いて忍装束が見えた。
もしやと視線を向けたが、待ち望んでいた人物ではなかった。
「…いらっしゃいませ!」
「おう、渦中の美人看板娘。」
「もー揶揄うのはやめてください!」
常連のゲンマさんだった。
「ゲンマさんも噂を知ってるんですか?」
そう問いながらお茶を出す。
「こんな面白い話、上忍で知らないやつなんかいねーよ。」
ゲンマさんは千本を揺らしながら楽しそうに口角を上げた。
「はぁ〜」
ついため息が漏れ出てしまった。
「幸せが逃げるぞ〜」
「誰のせいだと思ってるんですか!」
「まぁそう怒るなよ、時間が経てば噂なんかすぐに移ろうさ。」
慰めてくれているのだとわかって、私は怒った事が申し訳なくなって「はい。」と頷いた。
切り替えようとエプロンから伝票とペンを取り出す。
「本日の日替わり定食は生姜焼きです。」
「んじゃそれで。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
頭を下げていつもの動線を辿る。
今日はお店をミツに任せ、ななしがゴミ出しに行った。
裏口から出て少し歩いたところに回収のコンテナがある。
よいしょと声を出しながら蓋を開けてゴミ袋を入れた。
あと少し頑張れば明日は休みだ。
ミツも疲れているだろうし、早くお店に戻ってあげようと急いでお店に向かった。
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