「雲間に咲く」

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 今日も変わらずお店は混んでいた。

目が回る忙しさだ。

里が平和な時期だからかもしれない。

安くてボリュームのある定食が売りなので、一般人はもちろんのこと忍の方にも人気なのだ。

従って平和な時期は必然的に店が混む。

お客の入りは半々といったところか。

繁盛するのは当然良い事だ。

良い事なのだが忙しい。

注文を聞いて料理を運び、お会計をしてテーブルの上を片付ける。

たったそれだけのことなのに、動き回っていると結構体力が要る。

ミツを見ると笑顔だが疲れているのがわかった。

動きや声、表情なんかを見れば判断できてしまうのだ。

長年の付き合いなので逆もまた然り。

お互いの様子を窺いながらカーバーし合い、何とか峠を越えることができた。

 14時を回った頃にはテーブル席に一組と、カウンター席に二人。

やっと少し休める。

そう思いながら荒れたレジ回りを片付けていると、ミツが隣に来た。


「おつかれ。」

「おつかれさまー」


 言葉を交わすと、ミツはさり気なく片付けを手伝ってくれた。


「嵐の様だったね。」

「ほんと、時間があっという間に過ぎたよ。」

「明日休みじゃなかったら途中で倒れてた。」

「ミツってば大袈裟。」


 私たちはお客に聞こえない様にコソコソと笑い合った。

明日は待ちに待った水曜日。

それを糧に忙しくても今日一日頑張れた。

あと三時間で仕事が終わるので、私たちは気分上々だ。


「ななしちょっとゴミ出してくるね。」

「はーい。」


 暇な時間を見計らって、いそいそと閉店準備を始める。

私はお会計をしてカウンターのお皿を洗い場に運んだ。

するとガラガラと扉が開く音が聞こえ、急いで厨房を出る。


「いらっしゃいませ!」

「やぁ。」


 穏やかな声と、唯一見える右目。

ポケットから片手を上げる姿で記憶が蘇った。

彼を見るのは二週間ぶりだ。


「カカシさん!お久しぶりです。」

「うん、久しぶり。まだ大丈夫?」


 営業時間を気にしているようだが、まだ15時なので問題ない。


「大丈夫ですよ!お好きな席へどうぞ。」


 私はお茶を淹れるとカカシさんの前に置いた。


「ご注文はどうされますか?日替わり定食は鶏南蛮です。」

「うーん、鶏南蛮か〜どうしようかな。」


 悩んでいる様でカカシさんは店の壁に貼られた手板を見上げる。

確か前の注文は鯖の味噌煮だったはず……


「お刺身定食や焼き魚定食もありますよ?」

「えっ?」


 驚いた顔をされ、私は余計な事を言ってしまったかもと焦った。


「あ、お魚の方が好きなのかなと思いまして……」

「鋭いね。じゃあ焼き魚定食にしようかな。」


 ニコニコとした表情から余計なことではなかったみたいでほっとする。


「かしこまりました。焼き魚定食ですね、少々お待ちください。」


 伝票を書き込み厨房へ声をかけた。

身に染み付いてしまった一連の動きでレジ横のボードに伝票を張り付ける。

 カカシさんに褒められちゃった!

心の中で喜びながら、だらしなく緩んだ顔を隠すためレジ奥の壁に背を預けた。

いくつになっても褒められると言うことは嬉しいものだ。













 * * *



 少しするとガラガラと裏口から音がして、ミツがゴミ出しから戻ってきたのがわかった。

今度は指摘されない様にと私は顔を戻して迎える。


「ありがとうミツ。」

「いえいえー今日は早く帰れそうね。」

「うん。」

「明日予定空いてる?」

「空いてるよ。」

「お団子食べに行かない?」

「いいね!行きたい。」

「じゃあ…」


「おーい二番さん焼き魚!」


 大将の声が聞こえて一先ず会話を中断する。


「私が行くからミツは休んでて。」


 お礼の言葉を背中で受けながら「はーい」と返事をして料理を取りに行く。


「お待たせしました。」


 いつも通り慎重にテーブルへ置くと、カカシさんは「ありがとう。」と前と同じように声を掛けてくれた。

その言葉が嬉しくて微笑むとカカシさんも微笑み返してくれる。

お金を払っているんだからとキツく当ってくる人も中にはいるので、こう言うさり気ない優しさが嬉しい。


「ごゆっくり。」


 そう言ってレジに戻った。


「ねぇななし。」

「どうしたの?」

「あの人、見たことない。」


 ミツの視線の先にはカカシさん。


「アスマさんの同期の人、カカシさんって言うの。」

「へーアスマさんの……イケメンだね。」

「うん、そうだね。」

「……」

「なに?急に黙って。」


 こちらをジッと見つめるミツの視線に戸惑う。


「いや意外で。」

「そ、そう?」

「ななしってそういうのあんまり興味ないじゃん。」

「まぁそうだけど、カカシさんって店員に気遣いができる優しい人だなって…………ちょっとなに、その顔。」


 ミツのニンマリとした顔に、私は眉を寄せた。


「ついに春か?」

「違うわよ!そんなんじゃない。」

「親友としては楽しみだわ。」


 レジに隠れて女子トークが繰り広げられた。

近くに居てはまた揶揄われると、私はミツにレジを任せて洗ったお盆を拭く。

カカシさんは定食を食べ終わったようで、お茶を飲んでいた。

 おかわり要るかな?

ななしは急須を持ってカカシのテーブルへ向かった。


「おかわりいかがですか?」

「あぁ、ありがとう。」


 底が見えていた湯飲みにゆっくりと注ぎ入れた。

綺麗な若草色のお茶から香ばしい香りと共に湯気が上がる。


「焼き魚、脂がのってて旨かったよ。」

「喜んでもらえて良かったです。」


 料理を褒められると自分まで褒めてもらった気がして嬉しくなった。

にこっと笑うカカシさんの唇が微かに動いて何か呟く。

声が小さくて聞き取れなくて、私が「え?」と首を傾げると、カカシさんは笑って「気にしないで。」と言い流してしまった。

気を悪くしている様子はないので大丈夫なのだろう。

私は言葉通り気にせず失礼しますと声をかけてから厨房に戻った。

再びお盆を拭く業務に戻り数枚拭き終わったところで、カカシさんがレジへ向かっているのが見えた。

先程の事が気になって、無意識に目が追っていたのかもしれない。

カカシさんはミツと一言二言会話をして店を出て行く。

私はその背に「ありがとうございました。」と声をかけると、カカシさんは暖簾をくぐった所で顔をこちらに向けて笑ってくれた。

 なんてスマートなんだ。

そう思いながら扉が閉まった後も動けずにいると、レジから顔を覗かせたミツがニヤニヤしているのが視界に入る。

私は焦って反射的に背を向けた。


















 * * *



 翌日。

ミツとの約束通りお団子屋に来ていた。

お店に入ると一番に目に飛び込んできたのは見知った面々。

アスマさんと紅さんとガイさんだ。


「なんだお前らも団子食いに来たのか?」


 ななしたちに気付いたアスマはお茶を飲みながら話しかけてきた。


「そうですよ。女の子ばっかりの店内で目立ちますね。」


 冗談混じりに言いながら、ななしはアスマの前に座っているガイを見る。


「なんと!!ななしさん!」


 目が合った瞬間。

ガイは勢い良く立ち上がり、シュッとななしの前に移動した。


「相変わらずななしさんは花のように美しい!」

「私も居るんですけど。」と怒気を含んだ声でガイを睨みつけるミツ。

「もちろんミツさんも美しい!!」


 ナイスガイなポーズと共に白い歯がキラリと眩しく輝いた。

納得いっていないのかミツの顔は険しい。


「ここで会ったも何かの縁!ぜひ一緒に食べましょう!」

「そうね、折角だしどうかしら?」


 ガイさんに続いて紅さんの勧めもあって、私たちはご一緒させてもらうことにした。

「ささっ遠慮せず。」と言いながらガイさんは私の手を引く。

ななしは促されるままにガイの隣へ座った。

紅さんの事をリスペクトしているミツは、アスマさん紅さんと並んで向かいの椅子に座った。

「ななしさんの隣に座れるなんて」と感激しているガイさんに笑いかけながら、私は三色団子を頼んだ。

「ななしさんの笑顔は眩しくて目を開いていられない。」

「そうですか?」とぎこちなく笑うななしの両手を握り締めるガイに「目開いてるぞ。」とアスマが冷静にツッコミを入れた。

「あなたは私の天使だ!!」


 アスマさんの言葉はまったく耳に入っていない様で、ガイさんは店の外まで聞こえる声で叫んだ。

毎度のことで、ななしはこの状況には慣れている。

もちろんミツもだ。


「ガイさん、お店の方に迷惑がかかるので声量を落としましょう?ちゃんと聞こえてますから。」


 ね?と声をかけると、みるみるガイの顔が赤くなった。

プルプルと体が震えているガイさんに戸惑っていると、手を引き寄せられ急に距離が縮まった。


「もうこの内に秘めたる想いを隠しきれません!ななしさん私のお嫁さんになってください!!」


 ななしの話も聞こえていなかったのか、更に響く声でガイは思いの丈をぶつけた。

これは初めての展開でアスマさんや紅さんやミツ、店の人までもが呆然としている。

驚きで言葉が出ず、ななしは只々真っ赤になったガイを見つめた。


「なーにしてんの、ガイ。」


 この静寂を破ったのは私でもなく店の中の人でもない。

ザッザッと地面を鳴らしながら入ってきたカカシさんだった。


「なんだカカシ邪魔をするな!!私の一世一代のプロポーズなんだ!!」

「突っ走りすぎ。ななしちゃん困ってるでしょ。」

「なにィ!?」


 カカシはそう言いながら、ななしの手を握っていたガイの手をさり気なく解く。


「こう言うのはね、場所とかタイミングとかが重要なんだよ。ね?」と、カカシはななしに同意を求めた。

急にこちらに振り向くので、慣れない顔の近さにドギマギする。


「あ、あぁ、そうかも……しれないです。」


 ななしの言葉に、ガタリと音を立ててガイが立ち上がった。


「さてはカカシィ、お前もななしさんを狙っているな!?俺の目は誤魔化されんぞー!!」


 ガイは警戒心を剥き出しにして声をあげる。

えっなんでそうなるの?と、カカシさんとガイさんの間で私はオロオロと慌てた。


「我が永遠のライバルよ表へ出ろ!!どちらがななしさんに相応しい男か決める!!勝負だぁぁぁ!!!」










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