「雲間に咲く」

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「ななしちゃん、これ三番テーブルね。」

「はーい!」


 皿から溢れ出しそうな程の肉が乗ったスタミナ定食が、厨房との境のカウンターへ置かれた。

ニンニクの香りがなんとも食欲をそそる。

ななしは定食の乗ったお盆を持ち上げて、セットのお味噌汁を溢さない様に慎重に運んだ。


「はーい、お待たせしました。」


 そう声をかけてお盆ごとテーブルへ置く。


「おぉありがとさん。旨そうだなこりゃ。」


 待ちきれないのか箸を割りながらおじさんは言った。


「ありがとうございます!ごゆっくりどうぞ。」


 嬉しそうに輝く横顔を見届け、後ろの席に広がる食後の皿を片付け始めた。

間髪入れずガラガラと扉が開く音がして、ななしは「いらっしゃいませ!」と笑顔を向ける。


「よっ!忙しそうだな。」


 片手を上げ入ってきたのは常連のアスマさんだった。


「アスマさん!」


 ななしは馴染みある顔に頬を緩めた。

片付けを中断して歩み寄ると、アスマの背にもうひとり立っていることに気が付いた。

隠れているわけではなくて、単にアスマさんの体が大きいのだ。

初めて見る顔に自然と視線を吸い寄せられた。


「ん、もしかして初対面か?同期のはたけカカシだ。」


 アスマはななしの視線に気付き、背後に立つ男性を簡単に紹介した。


「どうも。」


 そう短く挨拶したカカシさんと言う人は、顔のほとんどをマスクで隠していて、唯一見える右目を弓形にする。


「初めましてカカシさん。定食屋『和(かず)』の娘、ななしです。お腹いっぱい食べて帰ってくださいね。」


 ななしが挨拶を交わしている内に、アスマは片付け途中のテーブル席にドカッと腰掛けた。


「ななしはここの美人看板娘だ、可愛いだろう?手は出すなよ。」


 豪快に笑いながら、アスマはさも自分の娘かの様に釘を刺した。


「もうアスマさん!」


 ななしはアスマの揶揄いに顔を赤くし口を尖らせる。


「あははっ、そんなに照れるなよ!」


 そんなアスマの冗談に慣れているのか、カカシは「本当に美人さんだね。」と事もなげに笑って席に着いた。

私だけが振り回された様な気がして恥ずかしい。

「すぐに片付けますね。」と、素早く使用済みのお皿をさげてテーブルを拭いた。

お茶を用意し運ぶと、エプロンのポケットから伝票とペンを取り出す。


「ご注文はどうされますか?今日の日替わり定食は鯖の味噌煮です。」

「鯖か〜じゃあ俺は唐揚げ定食で。」


 アスマは壁に並ぶメニューの書かれた手板を見ながら答える。


「いつも唐揚げですね。」

「ここの唐揚げは美味いんだよ。」


 日替わり定食を伝えても今まで頼まれたことがない。


「オレは日替わりにするよ。」


 落ち着いた声で日替わりと言うカカシさんに「かしこまりました。」と笑顔で答え、サッと伝票に書き込んだ。

カカシさんの顔は隠れた部分が多いが、少し垂れた目元とシュッとした輪郭、筋の通った鼻を見る限りモテるだろうなと想像できる。

それに、おっとりとした喋り方が、忙しく動き回っていた私には心地よかった。

 ななしは大将に注文を伝えると、伝票をレジ横のボードに張り付けた。

嵐の前の静けさなのか、少しの間することが無くなって、ななしはお茶のおかわりを聞いて回った。

そこまで広くない店内ということもあって、自然とアスマさんたちの会話が耳に入って来る。


「カカシがここ初めてなんて驚きだな。」

「なんで?」

「この定食屋上忍にめちゃくちゃ人気で、紅やガイも常連だぞ。」

「へーそうなの?全然知らなかった。」

「それにななしも、今日はいないがミツも、可愛くて狙ってるやつ多いんだ。」

「まぁ狙うのもわかる気がする。」


 そんなことを大っぴらに話している二人に、ムズムズする様な居た堪れなさが湧き上がって、ななしは意識をお茶汲みへ向けた。


「ほい、四番さん唐揚げと鯖ね。」


 大将がお盆を二つカウンタへ置く。

待ち構えていたななしは「はーい」と声を出して取りに行った。


「お待たせしました。唐揚げ定食と日替わり定食です。」


 いつもの通り、そっと慎重にテーブルの上に置いた。


「ありがとう。」


 カカシさんの声に私は微笑む。


「ごゆっくりどうぞ。」


 ペコリと頭を下げ席を離れようとした所に「ななしちゃんご飯おかわりー!」と後ろから声が飛んだ。

ななしは返事をしながら隣の席へ向かった。













 * * *



 それからは、お昼時とあってか息つく暇もなく忙しくなった。

月曜の今日は親友のミツが休みで、接客は主に私一人。

逆に金曜は私が休みでミツが一人で働いている。

定休日の水曜と合わせて週休二日制を作るために決められた休日だ。

にしても1人の日は地獄の様に忙しい。

時々母が厨房から手伝いに出てきてくれたが、それでも繫忙を極める。

アスマさんの「ななし会計。」という声で私は急いでレジへ向かった。


「ありがとうございます。お会計はご一緒ですか?」

「いや、別で頼む。」


 そう言うと、アスマさんは二ッと歯を見せて、金額を言う前に55両ピッタリをななしに手渡した。

お礼を言ってお金をレジに直し、次にカカシさんに視線を移した。


「カカシさんは日替わり定食でしたね、お会計は50両です。」


 カカシさんは「はい。」と50両を差し出してくれた。


「美味しかったよ、また来るね。」


 そう言うと唯一見える右目で笑顔を向けてくれた。


「ありがとうございます。お待ちしております!」


 この忙しい中で、穏やかなカカシさんの声に癒された。


「じゃあなななし、ごちそーさん。」


 アスマさんは言いながら、既に煙草を取り出し咥えて暖簾をくぐっていた。

その後ろにポケットに手を入れたカカシさんが続く。


「ありがとうございました!」


 私は二人の背中に頭を下げて見送ると、再びせかせかと忙しく動き回った。















 * * *



 忙しさもあってか、前半の営業はあっという間に終わった。

この定食屋『和』は、前半の11時〜16時までは定食屋として、後半の18時〜23時までは居酒屋として営業している。

私とミツは基本前半しか働かない。

朝の9時に店にきて掃除や仕込みを手伝い、開店から16時まで働いた後、後半の仕込みを17時までする。

そこからは兄二人とアルバイトのオオバ君とナス君に交代する。

たまに助っ人として居酒屋を手伝うこともあるが、本当にたまーにだ。

父も最近は夜の営業を兄に任せている様で、楽になったと喜んでいた。


「ななし、少し早いけどもう上がっていいわよ。」


 厨房のテーブルを拭きながらそう言った母に、ななしは目を輝かせる。


「いいの?」

「いいのよ、もうする事ないしね。帰って家の事しないといけないでしょ?」

「うん、ありがとう。じゃあお言葉に甘えさせてもらいます。」


 ななしはエプロンの背中のリボンを解くと、レジ横の更衣室へ入った。

ロッカーを開けて手提げ袋に脱いだエプロンと三角巾を仕舞い、下の方でお団子にしていた髪を解く。

荷物をもって更衣室を出ると、父と母に声を掛けて店を出た。

 私は定食屋『和』の娘だが、実の娘ではない。

物心つく前に母を病で亡くし、忍だった父は私が13の時任務で殉死した。

孤独になった私を、父と仲が良かった和さんが家族として迎えてくれたのだ。

別に家に居づらかった訳ではないが、自立したくて、私は18の時に家を出て今は一人暮らしをしている。

5年も経てばこの生活にも慣れた。

お店で余ったおかずをもらったので、今日は商店街に寄る必要がなく、もう家に帰るだけだ。

階段を上がり鍵を開け、パチッと電気をつけた。

 今日は本当に忙しくて疲れたな。

ななしは使用済みのエプロンと三角巾を洗濯機に放りこむと、外に干してあった洗濯物を取り込む為ベランダに出た。

Tシャツとタオルと……

物干しから外していると、隣との境の隙間から明かりが漏れているのに気づく。

お隣さんもう帰って来てるんだ。


「珍しい。」


 生活が不規則なようで一度も顔を合わせたことは無い。

物音がほとんどしないので時々引っ越したのかなと思う程だ。

そんなことを悠長に考えているとガラガラと隣から音がして、びくりと体が跳ねる。

カチャカチャと音がしてお隣さんも洗濯を取り込んでいるみたいだ。

こんなタイミング良く。

私は何故か気まずくなって、急いで洗濯を外すと部屋に入った。



















 * * *



「ななしおはよう!」

「おはようミツ。」


 狭い更衣室で、私たちは横並びにロッカーの鏡を覗いていた。

エプロンを着て三角巾を付け、耳上に取れない様ピンを留める。

ほぼ同時に準備が終わると厨房に入った。

 野菜を切って大きなタッパーに詰めていき、それが終わったらテーブルを拭く。

備え調味料の残量を確認してテーブルの上のへ並べ、コップやお盆を用意した。

開店10分前になると、出入り口横に立て掛けられた暖簾を手に外に出た。

ベンチの下に隠してある台を動かし、上に乗って暖簾を掛ける。

台から降りて元に戻すと、周りも飲食店だらけなので、同じように準備を進めているのが視界に入った。

 また一日が始まる。

朝、家を出た時は曇っていた空が、綺麗に晴れて眩しい太陽の光に目を細めた。

私はやる気を入れる為、グーっと伸びをする。

 よーし頑張るぞ!


「おはよ、ななしちゃん。」


 唐突に話掛けられて私はハッとした。


「カ、カカシさん!おはようございます。」


 昨日アスマさんと共に来てくれた人だ。

特徴的だったのですぐに思い出すことができた。


「恥ずかしいところを見られてしまいましたね。」


 誰も見ていないと油断して、思いっきり伸びていたのでとても恥ずかしい。


「そう?可愛かったけど。」


 事も無げにそんなことを言ってのけるカカシさんはやはりモテるのだろう。

私は赤くなっているだろう頬を隠すことができずに「あはは〜。」と笑ってお世辞を流した。


「あ、すみません。入り口を塞いでましたね、中に入りますか?」


 どうにか恥ずかしさを切り替えるために続けて言うと、カカシさんは申し訳なさそうに眉を下げて頭を掻く。


「あーごめん、今から任務で。たまたま通りかかっただけなんだ。」

「そうでしたか!いつも里の為にありがとうございます。」


 感謝を込めて言うと、カカシさんはピタリと動きを止めて片方の目を僅かに見開いた。

ん?と違和感があったのは一瞬で、すぐに元に戻って「ありがとう。」と柔らかい声で答えてくれた。


「じゃあまた、今日も頑張ってね。」


 片手をポケットに入れ、もう片方の手を上げカカシさんは歩き出す。

私はその背中に「気を付けて行ってらっしゃい!」と手を振った。

顔だけを振り向かせてニコリと右目を弓形にし、カカシさんは角に消えていった。

 店の中に戻ると伝票の補充をしていたミツがななしの顔を見て手を止めた。


「あれななし何かいいことあった?」

「えっ?何もないよ!」

「そうかなぁ〜」

「そうだよ。」


 私はバツが悪くなって顔を逸らした。

顔が緩んでいるかもと、こっそり頬を摘まむ。

それ以上追及してこないミツに安堵しながら、またカカシさん来てくれないかなと心の中で密かに期待した。











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