「敬愛の先」
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執務室へ戻ると朝よりは真面に隊長と会話できるようになった。
きっと慣れてくる。
そう思うことにした。
意識をしないよう仕事に集中する。
終業になり私は道場へ向かうことにした。
食欲もないし、部屋へ帰ったら余計なことを考えそうだったから。
日中は稽古に使われているため斬術指南役である長木曽さんに所へ鍵を借りに行った。
鍵を開け道場へ入ると薄暗く空気は冷え切っている。
数か所窓を開けて先ずは集中力を上げるため正座をして姿勢を正し目を閉じた。
しばらくして目を開けると横に置いた竹刀を手に取り素振りをする。
包帯を巻いた手がジンジンと痛み出す。
身体がほぐれてきたところで竹刀から斬魄刀へと持ち替えると、庭に出て木の下へ行く。
ひらひらと木葉が落ちてくるのを地面に着く前に斬る。
これは注意配分が重要になるが集中力も瞬発力も体力も同時に鍛える事ができるのでトレーニングメニューに取り入れている。
この時間は無心になれるから好きだ。
一度に何枚も木葉が木から離れ風で踊る。
徐々に息が上がり辛くなってきた。
まだ、まだ大丈夫。
腕が鉛の様に重く感じる。
動け止まるなと自分に言い聞かせて落ちてくる木葉に斬魄刀で触れる。
綺麗に裂かれた2枚は地面へと吸い込まれていった。
私は研ぎ澄ませた感覚の中で背後に気配を感じ瞬時に距離を取って振り返る。
「…日番谷、隊長?」
「よく気付いたな。」
まさか隊長だとは思わなくて目を丸くした。
慌てて斬魄刀を下げて呼吸を整える。
「気配を消していたんだかな。」
何故か楽しそうに口角を上げる隊長。
「びっくりしました。」
素直な感想を述べると、いい集中力だと褒められた。
隊長の言葉に少しは成長しているのかと嬉しくなる。
「なぜ道場に?」
ふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「たまたまななしの霊圧を感じたから覗いてみただけだ。」
また気持ちが揺らぎそうで目を逸らして、そうですかとだけ答えた。
「手合わせするか?」
「えっ?」
予想していなかった発言にバッと顔を上げる。
「俺じゃ不満か?」
「いえ、とんでもないです!ぜひお願いします。」
隊長直々にお手合わせしてもらえるなんて光栄な事だ。
道場の中に戻ると壁に掛けてあった竹刀を手に取り中央に立ち向かい合う。
隊長の真剣な目に鎮めたばかりの心が浮かんできそうになる。
「では始める。」
凛とした声で竹刀を構える姿に気持ちが引き締まった。
私は雑念を払い竹刀を握る手に力を入れる。
ピンと張り詰めた空気に気圧されそうだ。
隙がない…
隊長も出方を伺っている様で動こうとはしない。
私は意を決して足を踏み出した。
パンっと竹刀が触れ合う。
静かな道場に竹刀を弾く音と、キュッキュッと足袋が擦れる音が響く。
狙っても狙っても華麗にかわされた。
息が上がってくる。
隊長は息一つ乱していない。
一太刀が重い。
手加減してくれているのもわかるし、手合わせの中で太刀筋を修正されている様に感じた。
だけど諦める訳にはいかない。
間合いを取り再度切りかかる。
隊長の振り下ろす竹刀を避け隙ができた懐へサッと竹刀を振った。
一際強い風が庭の木を揺らし音を立てる。
私の竹刀は弾かれ床に落ち、隊長に組み敷かれる形で勝負がついた。
私の荒い息遣いだけが道場に響く。
月明かりが窓から差し込み綺麗な翡翠色の目にしっかりと捉えられているのがわかる。
目が逸らせない…
ドクドクと心臓が脈打つ。
「太刀筋はなかなかいい…だが、手に力が入ってない。」
そう言うと隊長は力なく床へ垂れた私の手を取り、血が滲んできている包帯を指でなぞる。
「っ…」
ズキっと痛みが走り顔を歪めた。
隊長は上からその様子を眺めて、はぁと短い溜息をついた。
「頑張りすぎだ…無理するな。」
「すみません…」
隊長に触れられた手が熱い。
また私隊長の事を意識してる。
こんなことを考えている場合じゃないのに。
暗くて良かった。
きっと今恥ずかしいほど顔が赤くなってる。
見られていないとわかっていても恥ずかしくて顔を逸らした。
握られたいた手が離れるとホッとして、だけど少し寂しく感じた。
そんなことを考えていると離れた隊長の手が私の耳元に触れて髪を撫でた。
えっ、と驚いて顔を向けると真剣な眼差しにまたしても目が逸らせなくなった。
「…隊長?」
声を絞りだす。
静寂の中、隊長は静かに口を開いた。
「昨日の言葉は取り消す。」
昨日の言葉?
お似合いだったっという言葉だろうか。
わざわざなんで…
放心している私の手を引いて立ち上がったのを確認すると、落ちた竹刀を拾い上げて壁に向かって歩き出す。
手伝わないと、と思いながら体が動かず一連の行動を目で追った。
壁に竹刀を掛け終わると振り返り腕を組んだ隊長は静かに、でも凛と響く声で言った。
「ななしを檜佐木にやるつもりはない。」
…え?
な、なに?
どう言う意味?
混乱し尚も動けずに見つめていると、隊長はふっと笑って今日はもう帰れ手が治るまで無理はするなと言って部屋を出て行った。
隊長の出て行った扉を見ながらぐるぐると先ほどの言葉が頭を支配する。
期待してしまっている私が恥ずかしい。
頭が冷めるまで道場の真ん中で突っ立っていた。
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