「敬愛の先」
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一時間程経ってやっと吉良副隊長がやってきた。
「随分と遅かったじゃねーか。」
檜佐木副隊長に声をかけられメニューを受け取ると、そのまま空いている席へ座る。
「書類が終わらなくてね。」
疲れが滲み出た笑顔だ。
また市丸隊長の分の仕事もしていたのかなと思うと気の毒でならない。
そして本日三度目の乾杯をした。
多少は緊張していたがお酒の力もあってかいい具合に解れ、隊長と雛森副隊長の昔話や、真央霊術院時代の話、クリスマス特集の話で盛り上がった。
「あ!もうこんな時間…」
雛森が時計を見て言うと皆も続けて時間を確認する。
飲み会が始まって二時間半が経っていた。
「私明日集会所の当番だから早出なの。」
名残惜しいけど先に帰るねと、席を立つ雛森。
えっ!と寂しそうな顔をした吉良副隊長が目に入り、そのあからさまな反応が少し面白かった。
「お会計は男性陣持ちだから気にしないで。」
「えぇ!そんな…」
「おい、その話初めて聞いたぞ!」
平然と語る松本に反応する吉良と檜佐木。
私も今初めて聞いた。
「だって〜隊長は隊長だし、修兵はこの前の特集手伝ったし、吉良は遅れてきたし理由は十分じゃない?」
何かこじ付けの様な気かするがその説明で副隊長コンビは黙り、隊長は盛大な溜息をついた。
「じゃあお言葉に甘えて、ご馳走さまでした。」
雛森は申し訳なさそうな顔で軽く頭を下げると、またこのメンバーで飲み会開催しようねと言って吉良の送ろうかという言葉をさっぱりと断り颯爽と帰っていった。
悲しそうな吉良の表情に気づいたのか松本は二軒目行くわよ、と当然のことのように言う。
「修兵ももちろん参加ね。」
有無を言わさぬ言葉に檜佐木副隊長は何故かチラリと私を見た。
「大丈夫、名無しさんは隊長が送っていくから。」
その様子を見ていた松本は当然の事の様に日番谷に話を振る。
「ん、あぁ…」
勢いに流されたのか日番谷はぎこちない返事を返した。
「えっ!私は一人でも大丈夫ですよ。」
「いいのいいの、同じ方向だし一緒に帰りなさい。」
まっとうな言い分に私は返す言葉もなく素直に頷いた。
頼んでいた料理を平らげ残ったお酒を飲み干すと、次行くわよーと上機嫌な松本は店を出ていった。
「ま、待ってください松本さん!」
吉良が急いでその後を追い、日番谷と檜佐木は会計を済ませる為レジへ向かった。
私は先に店を出ると袖を通る冷たい風に腕をさする。
しばらくしてお店から出た来た二人にお礼を言うと、檜佐木副隊長は吉良一人に任せていられないと霊圧を追っていった。
「じゃあ帰るか。」
隊長はそう言うと袖手して歩き出す。
私は返事をして続いて歩き出した。
今までも二人で仕事をしたことがあるけど、勤務外となると更に緊張するな。
なんか…ほわほわするし。
緊張のせいかお酒のせいか足取りが覚束ない。
「結構飲んだのか?」
隊長も私の様子に気付いているのか歩調を合わせてくれている。
「楽しくてつい、飲みすぎてしまいました。」
加減知らずな自分が恥ずかしくて俯く。
「楽しめたようで良かった。」
隊長の言葉で顔を上げると、たまにはいいんじゃないかと口角を上げた表情に鼓動が高鳴る。
「隊長はお酒飲まないんですか?」
ずっと疑問に思っていたことを口にする。
「俺は松本みたいに強くないからな、皆の前では飲まないようにしてる。」
それに急な招集があるかもしれないし、と話す横顔は本当にかっこよかった。
淡い月の光に照らされた白銀の髪が風に揺れて目が離せない。
あぁ、やっぱり私は隊長が好きだ。
自分の想いを認めてはいけない、認めたくないと気持ちに蓋をしていた。
けれど、この煩い鼓動にもう認めざるをえない。
止められない想いがどんどん溢れていくような感覚。
視線を下げて落ち葉で隠れた石畳に移す。
私なんか隊長の足元にも及ばない相応しくないとわかっているのに、後戻りできないところまで来てしまっているという事を自覚した。
どうしようもない感情に胸が苦しい。
「おいななし、大丈夫か?」
ボーっとしている私が心配になったのか顔を覗き込む隊長。
急に隊長が視界に表れてその余りにも近い距離に、わぁと一歩後ずさり湿った落ち葉を踏んで体勢を崩す。
こける。
そう思った瞬間にはもう隊長の腕の中にいた。
鍛え抜かれた腕がしっかりと腰を支え、変わらない身長のためか更に顔が近づいている。
「…」
「…」
見つめ合った状態で数秒動けずにいると、隊長はサッと体を離した。
「悪い。」
「いえ!すみません、ありがとうございます。」
私は恥ずかしくて申し訳なくて大袈裟な程にブンブンと両手を振る。
一瞬微笑んだかと思うとすぐに顔を背けてしまった。
「隊長?」
「悪かったな檜佐木じゃなくて。」
「え?」
言っている意味が理解できずにいると振り返った隊長が目を合わさずに頭を掻く。
「…似合いだと思うぞ。」
針で胸を刺されたように痛い。
言葉の意味を考えると徐々に目頭が熱くなる。
油断すると感情が出てしまいそうで必死に耐えた。
それからは何も考えられなくて気づいた時には宿舎に着いていた。
「今日はありがとうございました。」
表情を読み取られない様にペコリと頭を下げる。
「ゆっくり休めよ、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
そう言って宿舎へ入ると普段走らないよう言われている廊下を走って自分の部屋へ入り、バタンと扉を閉めると同時に堪えていた涙が一気に溢れ出した。
お似合いだなんて言われたくなかった。
好きだと認めたそばから現実を突きつけられて。
接点が増えて少しでも期待していた自分が恥ずかしい。
あれほど遠い叶わぬ存在だとわかっていたのに…
全く意識されてないということがこんなにもショックだなんて。
馬鹿だなほんと…
私は玄関にしゃがみ込んで泣き続けた。
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