願わくば
□開いた世界
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心音が身体全体に響いているのを感じる。
頭、足、指先…
まるで全てが脈を打っているようで、奇妙な感覚に冷や汗に似たものが背中を伝った。
ワタシの身体…
おかしくなたか……
部屋の中には二人きり…
獲物は手をかけられる距離にいて、その上、邪魔をする者は誰もいない。
殺るには絶好のチャンスだ。
しかし…
今、自分の頭の中を支配している思いは殺意ではなかった。
「っ…」
無様にも震えだしそうになる手に舌打ちをし、つい数十分前まで殺したいと思っていた相手の顔を覗きこむ。
「よく見れば、全然違うね」
この女に似た女を探して、何十人も手にかけてきた。
しかし、実際に本人を前にすると似ていると思っていた女達が、大して似ていなかった事に気がつく。
あの女も。あの女も。
全然…
「全然、似てなかたか」
そして、何より違うのは……
「殺る気…失せたね」
代用品にしていた女たちには触れる度に殺意が芽生えていたのに対し、こうして、本人と触れあって感じたことは一つだけだった。
「手だけじゃ、足りないね…」
静かな部屋で二人…
まるで世界が二人だけになってしまったような空間がそうさせるのか、一度動いてしまった身体は止まらない。
握っていた手に力をいれてナツの身体を引き寄せる。
心音がより大きくなるが、気にしている余裕はなかった。
目の前の存在から目を離すことが出来ない。
「お前…人形のままのほうがいいね」
冷たい腰に手を回し、壊れないように包み込む
「ワタシ…欲しかた物、やと分かたね」
何故、彼女を見る度に苛立っていたのか…
何故、彼女の喉を潰したくなるのか…
人形になった彼女に触れて、ようやく理解した。
「ワタシだけを見るよ、他の物は必要ないね」
ワタシ以外に向ける気色悪い笑顔も、五月蝿いだけの声も余計な物ね…
「ワタシが欲しかたのは、ワタシだけのお前ね」
まさしく、今の女の状態は理想その物だった。
自分以外に喋りかけることもなければ、微笑みもしない。
この腕の中に閉じ込めておける。
しかし、何かが足りない…
脳裏に、無意識のうちに追い求めていた幼い日の少女の顔が過った
「ワタシが見たいのは、この顔じゃないね…」
「どうやたら、もう一度あの顔が見れるか…」
女の陶器のような頬に手を添え、体温のない唇を指でなぞる。
答えは…分かっていた。
あとは選ぶだけだった。
このまま、人形として閉じ込めておくか否か…
フェイタンは自分自身の思考を鼻で笑うと、人差し指でマスクを下げた。
「ワタシの物にならなかた時は…覚悟するよ」
フェイタンの唇が、その体温を移すように、優しく彼女の唇に触れた。
『世界が開いた』
暖かな体温と共に、
閉じられていた世界が開かれた
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