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主人公×ラタ様企画勝手に始動中、地雷があったらごめんなさいorz
ヴェイラタになります↓





「「お邪魔しまーすっ!!」」

「おいこらっ、靴くらい揃えてから入れ!」


家主の叫び声など知らんふり、確実に春に近付いてきたとはいえどまだ少し肌寒い外の気温から逃げるようにだかだかと我先にと室内に入る後輩の後姿を見守りながら同輩の家主と一緒になって脱ぎ散らかされた靴を整える。
未だ玄関に残る後輩たちに家主であるアスベルが「先に入っててくれ」と促せば「お邪魔します」と礼儀正しい声を上げる、もう一人の同輩であるリッドはといえば先発隊よりも遅くけれども礼儀正しい彼らよりも早い、奴らしいマイペースな調子でのそのそと家に上がっていた。
これにはアスベルも呆れた表情で溜息を吐く、溜息を吐くと幸せが逃げると聞いたが本当なのか?
ひとまず慰め程度に柔らかい赤茶の髪を撫でると今度は俺を見上げて苦笑いを溢したんだが、俺はなにか悪いことをしただろうか......?

薄手のコートを脱ぎながらアスベルの背を追い階段を過ぎフローリングの廊下を通り抜け俺の家より幾段も広いリビングへと脚を運ぶ、総勢14人もの大所帯を収納しても余りある空間なんてすこし羨ましい気持ちになったりもする。
また靴と同じように思い思いコートを脱ぎ、鞄を放り出す彼らに流石に注意すべきかと「おい」と声を掛ければ元々悪い奴らでも無いから皆まで言うでもなくリビングの一角を借りて荷物を置かせてもらうことにした。

広いテーブルの上にバサッと広がる教科書とノートと辞書とプリントと各自持参した菓子類とアスベルから出された人数分の麦茶、ソファに座れる人数は限られていて柔らかい弾力に魅了された奴らがぎゅうぎゅうと押し合いを続けるのをテーブルの傍でカーペットに座りながら見守る。
......家にあれ程上等そうなソファはないし座りたくないといえば嘘になるが一人180を超える図体の俺が入り込んでも暑苦しいだけだろうと惨劇を想像して自重、また今度来た時にでもゆっくりと座らせてもらおう。
いい加減にしろっ!とついに2階にいる弟の逆鱗を恐れる我らが生徒会長の雷が落っこちてソファ争奪戦はこれにてお開きに、こほんと誰かが場の空気を持ち直すように咳払いをした後キッチンを背にしたロングソファの正面、つまりは広い窓を背に立ったアスベルを全員で固唾を呑んで見守りこの緊張を解き放つ言葉を待った。


「それじゃあ今から......」


すっと往生際の悪い誰かが視線を逸らしたのが気配で分かる、けれど今更逃げたところで遅い、逃れられない宿敵はすぐ目の前に迫ってきている。
学年の違う俺たちがこうしてわざわざ集まっているのだってその宿敵をどうにか全員で乗り切る為だからだ。


「実力テスト対策をするぞっ!」

「おぉーーー.....!」


けれどやっぱり好きなわけでは無い、これでも一応遊びたい盛りなのだから。



カチカチと白い壁に立てかけてある丸い形の...ああ、1とか2をTやUで表す文字をなんて言ったんだか?...兎に角そんな気取った様に洒落ている時計が嫌に静かな空間に響く。
ぱらぱらと教科書やノートを捲る乾いた音、カリカリと事務的にシャーペンが文字を描く音、時々聞こえる言葉は難解にぶち当たったときにこぼれる呻き声と周りに教えを請う言葉だけ。
俺を含めてどちらかと言えば賢い奴よりも頭の悪い奴の方が多いこの集まり、てっきり誰かが駄々をこねたりあっと言う間に騒ぎ出すのだとばかり思っていたが流石に皆単位が心配らしい。
それは勿論俺もそうなのだがこうしてずっと頭を使って文字ばかりを追うのは正直堪えるし、実際のところ集中力なんてものはきっと誰よりも早く途切れてしまったに違いない。
嗚呼、仮にも上級生としてこれは示しがつかないんじゃないかと誤魔化す様に麦茶を煽った俺の視界を捉えたのは、なんの暗号だか分からない数式ではなく隅の方でひょこひょこ揺れる薄い金色。

ふと右隣を見ればやたらと熱心にノートに向かいシャーペンを働かせている双子の後輩の姿、俺の斜め左側に座っているもう一人同じ容姿をしたほうが緑の目で一見大人しそうだったから俺の隣にいるのは弟のラタトスクのほうだろう。
中学校からのエスカレーター式の学校、受験は無いし入るのにもそこまで苦労もしないような学校だけれど悲しいかな、学期初めの実力テストで下位の点数を取ればもれなく鬼の補習のプレゼント。
全学年で行われるそれだからこそ仲の良い今年高一になる後輩もこうして誘って勉強しているわけなんだが、あまり関わったことは無いが正直ラタトスクがこんなにテスト対策に真剣になるだなんて意外だった。
これはますます上級生としてどうなのか、しっかりしろとアスベルにリッドと二人並んで一言食らうかもしれないがそれは流石に勘弁してもらいたい。
だったら先輩らしく何か戸惑っているところがあればアドバイスしてやろうとこっそり覗いた彼のノートの中身、中身は中学全体の復習といったところだろうか?どうやら内容は数学らしいのだが彼が真剣にシャーペンを働かせていた理由は数式を解いていた訳ではないみたいだ。


「......。」


途中まで方程式を使って問題を解いていたみたいだが、飽きてきたのか彼のペン先で描かれるのは子供が描くような拙い動物の絵。
耳があって髭があって四足で尻尾がある、頭上にいくつもの?マークが浮かびはしたが大体この場合描かれるのは犬か猫の二択のはずで、猫はこんなに尻尾はでかく無い筈だからたぶんきっと犬だろう。
ちらりとその表情を盗み見ると真剣そのもの、ふんわりと暖かい気持ちをもらって幸せな気分になったからついでに少しコンタクトを取ってみることにする。


『それは犬か?』

「っ、!」


夢中になっているところ悪いが横から少し邪魔をしてノートに綺麗とは言えない字で俺の言葉を残す、ピタリと動きの止まった身体を見下ろしていることほんの数秒、見上げたラタトスクは戸惑いと羞恥とほんの少しの怒りで綯い交ぜになった複雑な表情を見せた。
言葉はかけない、日常会話の中で使われるような問いかけはこの場には不釣合いできっと周りの視線を集めてしまうに違いないのだから。
ただただ静かにじっと照明の光を受けてきらりと輝く赤い瞳を見つめ返答を待つこと30秒弱、そろそろと視線を迷わせた後不機嫌そうに眉間に皺を寄せながらこくりと小さく首を縦にふり肯定を返す。


『てか、人の手元勝手に見てんじゃねぇよ。』


犬が書かれた線よりも筆圧の強い線で記された不満に『すまない』とだけ書いて許しを請うが、それに帰ってきたのは『別に』というどっちつかずの言葉で少し判断に迷う。
セネルやルークと喧嘩したり、ロイドに怒鳴ったりルカを怯えさせたりとそんな所だけを時々目にしていたから予想に反して怒鳴られなかったことには少なからず驚いたが、まあ四六時中怒ってばかりの人などそうはいないか、カイウスやエミル相手に年相応な表情で笑っていたところも見たことがあったなと思い出す。
確実に10cmは低い一見沸点の低そうな後輩のまだ見ぬ一面がほんの少し見れたところで、それならばもっと知らないところが見れるんじゃないのだろうかと刺激された好奇心が俺の手を動かした。

しゃっしゃっと芯を滑らす音が割りと新鮮に聞こえる、丸くて小さな耳と動物特有の顔とデフォルメした大きめな身体にボタンで取り付けられた先の丸い四肢、分かりやすいようにあえてパッチワークの模様を入れてスッとノートから指を退かせばじっとそれを物珍しそうに覗き見る。
正直言って文字を書くより幼いころからクレアと一緒に絵を描く事もあったからこっちの方が少し自信がある、きっと誰も見ていないだろうからとほんの少しだけ誇らしげに笑ってみるが案外恥ずかしい。
クマのぬいぐるみを描いてみた、......何故ってこの状況でラタトスクとコンタクトを取り続ける方法なんて絵しりとりくらいしか思い浮かばなかったんだ。
我ながら幼稚な発想だなと思わなくも無いが僅かながらの期待を込めて少し屈んで柔らかそうな金髪で隠れた横顔をのぞき見てそわそわと落ち着かない気分になる、俺の意図は果たして伝わったのか?乗ってくれるだろうか?
そうしてまだ少年の面影の強いその指が黒のシャーペンを手に揺れた。


『クマのぬいぐるみ...?』

『正解』


問いかけに瞬時に返せば見上げた宝石みたいな赤い目が年相応に無邪気な色で笑う、どうだ?わかったぞ。と得意げな言葉が口に出さずとも聞こえて可笑しくて緩く口元が持ち上がればきょとんと瞳を瞬かせる。
なにか変なことをしただろうかと首を傾げて問うて見たが慌てたように首を横に忙しなく振ってはなんでもないと主張してくるのでそれ以上詮索するのは止めた。
そうしてノートに向き直ったラタトスクの俺に比べれば少し小さなその手は拙い動きで芯を滑らし細長い何かを描く、紐かと思ったけれど横線も入っている上に再びこっちを見上げたドヤ顔というべき表情から察するにどうやら俺の意図することは性格に伝わったらしい。


『ミミズ』

『正解』

『ず→す にすることは可能か?』

『可能』


それならばと青い安物のシャーペンを滑らせて横線の入ったノートに描くのは頭の中に浮かんできたスルメイカのつもり、簡単に描いたから分かり辛いかと思って見つめていればノートに浮かぶ『イカ......?』の文字。
予想の範囲内で期待を裏切らないと小さく本当に小さな声でふふと笑えばぐっと猫のように目を吊り上げて俺を威嚇するが可笑しい、じゃれ付いてくるのをあしらう様に『ヒント:干物』と書く。
するとまるで難問の答えをひらめいたかのようなスピードでノートに向き直り『スルメイカ』と些かバランスのずれた勇ましい文字で伝えてくるから堪らない、後輩ってこんなに可愛らしい生き物だったのか。
ふるふると耐え難い衝動のようなものが込み上げて感じたままにその小さな明るい頭を撫でればぺしりと軽く叩かれいなされる、そのまま先輩フィルターでも掛かったのか幾分か可愛らしく見える剥れた表情で俺を睨み付けて来るのだから大人しく絵しりとりを続けることにした。


柿、着ぐるみ、耳、三日月、キャンプ(実際に描かれたのはテントだけだったけども)、風呂、6(これに到っては絵ではない)、雲、もぐら(これが一番判りづらかった)......。
などと数回ノートを回しあっている内にほんの少し他愛無い会話をした、本当に特に意味も無くもしかしたら相手を怒らせてしまうかもしれないことを聞いた。


『絵、下手だな。』

『るせぇな、あんたが異様に上手いだけで俺は普通だ!』

『そうだろうか?ありがとう。』

『なんで礼が返って来るんだよ?』

『上手いと、言ってくれただろう。』

『別に褒めてねけよ。......あんた天然とか言われてるだろ。』

『いや、鈍いとは言われたが天然はたぶん無い。』


呆れたような溜息がすぐ傍で聞こえる、ちらりと覗いたその表情に怒りなどは無くむしろ酷く穏やかなものに見えた。
思ったことを口に出すことはどちらかと言うと苦手だ、けれども今はというと口に出していないからなのかスラスラと自分の言葉というものが黒い線が描く文字となって目の前に現れて上手い具合に相手に気持ちを伝えてくれる。
今が一言も言葉を発することが似つかわしくない状況で良かったと思う、こんな状況でなければきっと俺はラタトスクという後輩とは言葉を交えもしなかったろうから。
よしんば交えたとしても到底今みたく戯れのように言葉を書き絵を画くことも、こんな風に穏やかな表情を晒す事もきっと無い、後輩と先輩でもなんでもないただ友人の友人という当たり障りの無い微妙な関係のままずっと肩を並べていたに違いない。
それはとても寂しい事だと感じた、生憎と頭の悪い俺には何故そんな風に感じたのかなどということは理解できなかったけれど事実その感情は俺の中にあって視線の下で揺れる俺とは違う柔らかで暖かい金髪を見つめることしか出来ずにいる。
とても、気持ちがいいと思う。
ひとつのノートの中に詰め込まれたなんてこと無い絵と言葉たち、落書きで片付けられる程度のものでも勉強会で勉強もせずにこそこそと絵しりとりなどをしているこの状況はまるで秘密を共有しているようで悪戯をしているかのように胸が高鳴る。
眠ってしまいそうなほどに静かな部屋、心地よく響く誰かのペンが踊る音、隣にある確かな温度、吸い込まれそうな紅、手を伸ばせば簡単に触れ合える距離、近い...、とても......。


「あああぁぁーーーーっ、もう飽きたぁ!!」

「っ、!」


途端響き渡った誰かの叫び声に心底驚いてびくりと身体が震える、それは目の前のラタトスクも同じで驚きに目を見開いた後先程までの穏やかな表情は一変して眉を寄せた不機嫌な表情に変わってしまった。
嗚呼勿体無いなと、口には出さずに残念がっているとふと自分の右手はペンも持たずにただ持ち上がっていたことに気づいてテーブルの上へと戻す、全く持ち上げた覚えは無いんだが夢遊病だろうか?

じっと皆の視線がソファに集中しているから何事かと伺えば恐らくさっきの叫び声の主だろうロイドがノートにシャーペンを放り出してソファに凭れて死んでいる。
それが引き金になったんだろう、静かに集中していた連中も次第にいつもの騒がしさを取り戻しノートを閉じ筆記用具を放り身体を伸ばして思い思いの休息を取り始めた。
流石のアスベルも限界だったのか「それじゃあ、暫く休憩にするか」とだけ言い放ちソファの足に背を預ける、そうして俺も家主に習ってペンを置きグラスにまだ半分ほど入った麦茶を煽ったが急に隣が騒がしくなる。


「らしくなく真剣に勉強してんなぁって思ってたら落書きしてたのかよ。」

「これ、確実に勉強してたの三分くらいだろ。」

「てめぇらだって人のこと言えねぇだろうが!...あ、てめ、返せっ!」

「所々すげぇ上手いけど、この圧倒的に下手なのお前だろ。」

「字も絵も下手か、同情するな。」

「だから同じこと何回も言わすなっ!!」


ソファから移動してきた2年のルークとセネルにひょいっとノートを奪われて隣ではラタトスクがそれを奪い返そうと孤軍奮闘中だ。
学年も違うのに仲のいいことだと麦茶を飲みながらその様を眺めていると「何してたんだ?」と隣のリッドから声が掛かったので「絵しりとり」とだけ答えれば納得したように「ああ」と漏らして背筋を伸ばす。


「俺と同じでそろそろ集中切れてきた頃かと思ったら、ラタトスクとなんかすげぇ密着してるから驚いたぜ。」

「そうか?」

「ん、勉強教えてるって感じでもなかったしな。」


それから近くにあった自分の鞄の中から小腹が空いたと訴えるように此処に来るまでのコンビニで買ったパンやお菓子の袋を取り出し追加の菓子だけを好きなように取れとばかりに机に広げた。
それを摘みながら俺の視線には気付きもしない、未だノートの取り合いの真っ最中な三人を眺める。
下手だなんだのと二人が口にすればその目をきつく吊り上げて睨み据え暴言を撒き散らすラタトスクは、さっきまで俺と話していた人物とはまるで別人のようにも見える。
俺が下手だと言った時も怒りはしたがそれもどこか穏やかなものでこんなに激しいものではなかった筈だ、まああの二人が面白がってしつこく口にするのも原因のひとつである筈だがそれでもラタトスクの態度は確実に変わっているようにも見えた。
やはり俺では友達のようにはまだ接してもらえないのだろうかと思うと少し、また寂しいと感じ始める俺がいるが結局ラタトスクを援護する言葉の一つも掛けられない。


「どうした?」

「いや。...ラタトスクは俺にはあんな風に怒らなかったなと。」

「あー...、そりゃ、お前に言われたら怒れねぇよな。」

「?」

「お前は“からかう”とか“やましい”とか、そういった感じじゃないからな。」

「......“やましい”?」


からかうは目の前で繰り広げられているから分かるが“やましい”は一体何処から来た?
そういう意味を込めて聞いてみたのだが目の前の男はしまったと言わんばかりの顔をして態とらしく口元を手で覆い一瞬だけ視線を逸らす。
訳が分からない、俺に知られては不味い事だったのかと問えば「お前は知らなくてもいいことだからさ」「そのままのお前でいてくれ」と更に訳の分からないことを言っては人の口の中に小さな飴を放り込んできたのでそれを大人しく舐める。

“やましい”とは結局どういうことだったのか、確かに俺はラタトスクに対しての隠し事なんかは無いがあの二人にはなにかあるのだろうか?
逆に知られてはいけない事とはなんだろうか?相手のことを知りたいと思う気持ちだろうか?後輩を可愛らしく思う気持ちだろうか?いやいやそれはきっと一般的な感情で隠す必要は無い筈。

依然彼らは俺のすぐ傍で回りに目もくれず少し、ほんの少しだけれど楽しそうにノートを奪い合いながら喧嘩を続けている。
唐突に、あの二人はラタトスクが穏やかに笑い、無邪気に瞳を輝かせながら答えを探す姿を見たことがあるのだろうかと考えた。
目の前にいるのはいつもの口が悪くて沸点の低いラタトスクでさっきまで俺の目に映っていたラタトスクは何処にもいない、というよりも俺も今日あんな風に穏やかなラタトスクを見たのだからこれで普通なんだ。
俺の前だと変わった、彼らに対して態度が変わったんじゃなくきっと自惚れでもなんでもなく俺の前だから変わった。
それが何故なのかは俺の出来の悪い頭では到底理解できないことだけれど、ふわふわと覚束無い暖かい感覚が体中を満たして今俺は嬉しいんだと全身で叫んでいる。
それで構わなかった、考えることはきっと性にあっていないだろうしあんな風に同じ目線に立って喧嘩できなくともこうして穏やかな空気に包まれて隣に座っていられるだけで幸せなんだと、そう、思った。


「クソッ、この!!」

「わっ、ちょ、あぶな..うおわっ!?」


僅かな身長差とノートを持ったルークが無駄に巧みに避けるから痺れを切らしたラタトスクが駄目押しにルークの肩に片手を着きながら右手を伸ばして頭上にある金欠学生御用達の100均ノートをその手に取った。
けれども意地もあったのだろうルークがその手を頑なに放さないままに取り合いになり体勢の崩れたまま力比べをした結果、引き摺られるようにそのままノートごと身体を前方に傾けラタトスクを下敷きに床に転倒。
ドカッと凄い音がして大丈夫かと全員の視線が行き交う中、言葉だけでラタトスクをからかっていたセネルがなんの受身も取れずに後頭部を強打したラタトスクの頬を焦りの滲んだ表情でぺしぺしと叩いている。
ぐっと苦しげに呻く声が小さく聞こえたかと思うとぎゅっと瞑られた瞳が薄くぼやけた涙の膜を張って自分の上に覆いかぶさるルークを睨み付けまた元気よく罵声を口にすると、その姿に大丈夫そうだと一息吐き視線がちらほらと散るけれど俺の視線だけは何処にもいけずにただその現場を食い入るように見つめていた。

ざわざわじくじくぐるぐるむかむか、音で表すなら恐らくこうなるんだろう複雑怪奇な感情が胸を締め付け息を詰まらせ視線をそこに留めて放さない。
なにが起こっているのか理解するのも無駄なほどに怒りに似た何かがラタトスクの生理的な涙で柔らかにとけた瞳を見つめるほどに、さっきまでからかっていた筈のセネルが心配そうにラタトスクに触れる度、ルークが心底申し訳なさそうに謝罪して場の空気が穏やかになる度に、俺の中を掻き乱していく。
18年間生きてきて初めての感情に対する制御方など知るはずも無くて、ただ苦しくて、助けを求めるようにふらふらと身体が動く。
ヴェイグと誰かに名前を呼ばれた気がしたけれどただただ歩いて、気付いた時には未だ痛みで床に転がっていた発展途中の身体を引き釣り上げて腕の中にしまっていた。


「......」

「......なん、だよ?」


心底いぶかしげな声で問い見上げてくるその瞳からはもう膜は引いていて何故だか勿体無く感じたのはどうしてなのか?
なんだと聞かれても俺にもよく分からないのだから答えようが無く、絵しりとりをしていた時とは打って変わって口下手になった俺をどう思ったのか少し呆れたように溜息を吐いて首だけを俺に向けた体勢を少し変え身体を少し捻って俺を見上げた。
触れた身体は暖房の加減なのか俺の体温が低いからか柔らかい温もりがあった、時々頬や鼻先を掠める髪がこばゆい、柔らかくもないけれど完全に硬くも無い未発達の少年の身体は平均より高い身長の俺の腕に案外簡単に収まっていてそれが嬉しいと思う。
その暖かさとどうしてか満たされた胸の内が心地よく丁度良い位置にあった前髪のかかった額に掠める程度に口付ければびくっとラタトスクの身体だが跳ねて心無しか場の空気まで変わってしまったような気がする、......俺は何かしたろうか?


「あんた、いま...なにして、!?」

「ん?」


頬をその瞳と変わらないくらいに赤く染め、目を見開きふるふると唇を戦慄かせながら何かを問いただしたいらしいがイマイチ説明し切れていない様がなんだか凄く小動物のようで可愛らしい。
腰の辺りに回した両腕の内片腕を持ち上げて柔らかな髪を梳きその後前髪の下、さっき口付けた箇所をなぞる度小さく息を呑む音が聞こえる。
もう一度、たとえばもう一度俺が同じ事をすればまたこんな風に驚いてくれるだろうか?取り繕った表情も怒りもそんな普遍的なものではなくて誰も見たことの無いお前の顔が見てみたいんだ。


「......ああ、そうか。」

「は?」


隠さなければいけない様な人には言えない秘密ごと、それならきっとこれが。


「これが“やましい”気持ちという奴か。」

「は、やましいって、なに言って...っ!」

「それは秘密だろう?“やましい”気持ちだからな。」


慌てふためいてバタバタと腕の中から逃れようとするラタトスクが可愛らしくてつい、また額に衝動のように口付ければ元々赤く染まっていた表情が更に茹蛸のように赤く染まり意味の無い言葉を断続的に紡いではぱくぱくと金魚のように小さな口を開閉している。
腕の中にあるその存在がとても微笑ましくてぎゅっときつく抱きしめてみたのだけれど、さっきまで大人しかった皆が皆して俺の名前を叫んで俺の腕を引いてラタトスクから引き剥がすのだから少しムッとする。

ラタトスクのことが好きなのか?
勿論そうだろう、大切な後輩で友人なのだから。









***


よろしければ一言やってください。



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