MIX3

□戻ってきたあのひと7題 4
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「可愛くねぇな」と零せば間髪いれず「そりゃ結構」と突っ返された。






→空白を埋めるように






右から左へと船内を見渡して重たく息を吐く、態々俺の腕を引きながら前を歩くユーリの黒ずくめの背越しに「どうした?」と声が降る。
それに「なにも」と返しあの頃よりも随分だだっ広くなった船内を早足に歩く度にほんの少し物悲しいような妙な気持ちを持て余した。
進んでいる、止まっている、がらりと中身の変わった船内を見る度存在そのものが違うものであるのだと釘を刺すように認識させられているようで嫌になる。
そんな今更どうしようもない事をぐだぐだと考えるのは当の昔に止めた筈だと言うのに一度頭の中を巡りだした思考は中々俺の中から出て行こうとしない。
不自然でもエゴでもあんたを俺の傍に縛り付けると決めた、それに一度は後悔した、なら俺はどうすれば今度はこいつの好きなように生かしてやれるのか?

重たい機械音の後に開いた扉をくぐってそれ程広くも無い部屋の中へと二人して足を踏み入れた。
あの頃の俺の同室だったマルタ達もユーリの同室だった奴らも居ない、俺が無理矢理ギルドを辞めさせた後に移り住んだユーリの家を彷彿させる。
新しいこの船での俺の居場所は紛れも無くユーリの隣だった。


「久しぶりだな、こうして二人だけってのも。」

「そう、だな。」


果たして久しぶりなんて言葉で片付けられる程度の時間なのかは人の感覚を忘れて長く定かじゃねぇが、俺の感覚としては納得できるのもあって小さく肯定しておく。
かたりともう俺の手にも馴染んだ自分の愛刀を壁へと適当に立て掛けてゆっくりと俺へと歩み寄る、さらりと歩く度に緩やかに流れるあの頃は鬱陶しくも感じた黒髪を今はそれでも愛おしく感じた。
ラタと相も変わらず人の名前を呼び難いの一言で略して呼んだまま直す気配も無い、落ちてきた低い声に呼応するように顔を持ち上げれば両頬に添えられた体温の低い骨ばった白い手。


「ユー...んっ、」


ぺたりと合わさった薄い唇の感触に思わず後ずさった身体を逃がさないとでも言うように頬に宛がわれていた筈の片手が腰を抱いて俺を捕らえた。
言葉を発する為に開いた唇の間から侵入した舌が探るように口内を動くたびに呼吸が乱れるのと似た感覚を久しく味わう。
逃げ腰の舌を捕らえられた時にぞくりと背に痺れが走るような、そんな感覚も知っているけれどそれは今の俺には有り得ない事で混乱した頭で物を考える事が出来ずに一先ず突き出した両腕でなんとか距離を取った。


「っ、...あんた、いきなり何しやがる!」

「何って今更だな。俺が死ぬ前何回もしただろう?」

「俺が聞きたいのはそういうことじゃ」

「まあそういうことは置いといてだな。」


どんっと肩を押されて足が踏鞴を踏み衝撃に耐える事も出来ずそのまま背後のベッドに受け止めれる。
すぐさま起こそうとした上半身はぎしりとスプリングを鳴らしながら乗り上げてきたユーリのお蔭で中途半端な体勢のまま終わる、見下す顔が悪ガキの様に笑ってるせいで嫌な予感しかしねぇ。
というかもう此処まで来たら何がしたいのか分からなくはねぇが、それでも身体が身構えるのは何時までたってもこういう状況に慣れねぇからで後のひとつはどうしようもない事だ。


「分かってんのか、俺は精霊だぞ?」

「なんか問題でもあるのか?」

「俺はお前らみたいに繁殖なんざしねぇから、反応なんか返せねぇぞ。」

「ああ、それなら大丈夫だろ。」

「言っとくが昔とは別だからな。」


あの頃は人間エミルと精霊ラタトスクに分かれたとはいえ力が半減していたのもあって俺の感覚もなにも人間と似た構造になっていた。
だからこそユーリの求めるような事も気恥ずかしささえ覗けば特に気にする事は無かったが今は違う、外見こそあの時と同じだが中身は全く違うものだ。
味覚も痛覚もそれこそ快感であるにしても本来の役割を果たす事に必要がある筈が無く、いわば味覚と感覚は人の世に溶け込む為に真似て作り出したようなもの。
それでも全く同じと言うわけでなくだからこそユーリが求めるような感覚を宿すのは難しい、ようは諦めろと告げたんだがその笑みを崩すことなくその手は動く。
首元を覆ったマフラーを解かれ露になった首筋を白い指がなぞるように伝う、くすぐったい様な居心地の悪いそれに顔を背ける。
小さく笑い声が聞こえる、背けた顔を追った唇が髪に隠れた耳を噛んだ。


「っ、」

「ほらな、大丈夫だ。」

「なにが...?」

「覚えてんだろ、こういうこと全部。」


なにせ反応が変わらねぇと懐かしむ様に微笑まれてどうにも反応に困る、視線を逸らしてみた所で根本的解決にはつながりやしねぇ。
なら逃げ出してみれば良い、一向に退く気配の無いユーリを前に溜め息をつく、その選択は始めから消えてるんだよ。
全身から力を抜いて完全にベッドへと倒れこめばぎしりとスプリングが鳴いて全体重を受け止める、意地悪く笑う姿に業とらしく腕を上げた。
元々こいつの好きなように生かしてやると決めたんだ、多少の我が儘にくらい付き合ってやろうじゃねぇか。


「降参だ。......好きにしろよ。」

「そいつはどうも。」

「ただし、萎えてもしらねぇからな。」

「それだけは有り得ねぇよ。」


ばさりと艶やかな黒髪が流れ落ちる、きっと途中でやめるだろうと予想を立てながら近づく体温に目を閉じた。










 
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