MIX 2

□隣人を愛しなさいと誰かは言った。3
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パスタは少し固くなっている。






→人の気持ちがわかりません。






結局隣人は早朝より更に遅い昼前に帰ってきた。

まずは家に帰って睡眠でもとるのかと思いきや、そのまま俺の家まで来て一泊寝泊まりした愛犬とテネブラエの二匹と戯れる事に勤しんでいる。
俺はと言えば「遅かったな」の一声を掛けるのすら戸惑ってユーリの家から持ってきたマグカップに珈琲を注いでテーブルを跨ぎ向かいに座った。
何となく昨日の事を聞きづらい、相手からしてみりゃ今更な質問だろうし自分の世間への疎さをむざむざさらけ出すだけだ。
そもそもさらけ出すも何も昨日の昼の時点で気付いていない辺りそれこそ今更ではあるし、あの時は信頼ととったけれどもこの鍵の意味も『こいつは何も知らねぇから』と馬鹿にされているような気がする。

どうしても言葉の裏側を探ってしまうから対人関係ってのは好きじゃない。
それはどうにも疲れるし空回りばかりを繰り返した挙げ句自爆する事もある、だから俺は動物が好きだ。
あいつらは只生きているだけだし受けた恩は全力で返してくる、そう俺が一番好きなのは動物の中でも犬だ。
それなのに、それなのにだ。
俺の心の癒しは今や悩みの種の張本人である隣人にされるがままにその身体を差し出している、何なんだよ、こいつが土産に持ってきた餌がそんなに気に入ったのかよ、現金な奴。


「おい、ラタ。」

「ラタって呼ぶな。それほど親しくもねぇ癖に。」

「なに、拗ねてんだよ?」

「拗ねてなんかねぇよ。」


ほら、こうやって放って置いてほしいときに限って声をかけてくるし拗ねてもねぇのに勝手に人の心境を決め付けてくる。
そう言うとこが嫌いだ。

じっと俺を見つめたユーリは仕方無いとばかりに肩を竦めて二匹の犬を離しテーブルを越えて俺へと近寄る、なんだ、何なんだ?
思わず後ずさったのは仕方無いだろう、目線を合わせるようにしゃがみ込んで顔を覗こうとするユーリに昨日からポケットに入れっぱなしにしていた隣の鍵を差し出した。


「返す。」

「なんで?」

「人、呼ぶかもしれねぇぞ。」

「は?」


ぽかんとうっすら口を空けて呆然とした様子でまじまじと鍵と俺を交互に見た後そう言う事かと呟いて鍵を乗せた俺の手を閉じさせた。
久しぶりに触れた他人の体温に多少驚きはしたがそれまで、何を言わんとしているのかが理解出来ずに見つめた暗闇は此方を見て笑う。


「言ったろ、お前はそんなことしないだろって。」

「馬鹿にしてんだろ。」

「お前が俺を知らねぇのは俺の力不足、なんで馬鹿にすんだよ?」

「......なら、いい。」


そのまま返す筈だった鍵をもう一度ポケットに仕舞いこんだ。

久々の対人関係はとても煩わしい、なのになんで俺はユーリを家に入れてんだろ?答えは目の前の動物たちだがハイリスクだったろうか。
よしっと満足気に一言溢して立ち上がったユーリは昨日ユーリん家の冷蔵庫から頂いた食材を使って昼飯を作ると言った。
勝手に取ってってくれとは言われたが本当に怒らねぇのな、呆気にとられた俺をよそに真新しい位に綺麗なキッチンに向かうユーリの後を追うラピード。
ぱたぱたと尻尾を揺らしながら此方に来るのが遅すぎる愛犬に八つ当たりを込めて綺麗に整えた毛並みをぐしゃぐしゃに掻き回してやった。





昼飯は茹でたパスタにインスタントのミートソースを合えた簡単なもの、手作りかそうでないかと言えば微妙だけれどもパスタを茹でることでさえ面倒な俺にはえらく久しぶりで満足したし、お互いに愛犬を傍らに侍らせて昨日と同じように話をする事にした。


「普通ラタみたいな歳のだとそう言うの詳しいだろ?」

「俺ん家は基本的アイドルとか興味ねぇから。」

「なに見てんだ?」

「一番上の兄貴がなんかサイエンス系の番組、もう一人が料理番組、俺は動物。」


どうやら俺の家系は人付き合いがてんで苦手らしい、一番上の兄貴-アステルはまだ当たり障り無く人と付き合うが俺に至っては何度も言うように煩わしいから興味もねぇし、双子の癖に真逆の性格してるエミルは虐められっ子体質だ。
そんな俺たちの興味は他人から何処に行ったかと言えば俺は知っての通りで、アステルは馬鹿みてぇに頭が良いから科学にエミルは無駄に手先が器用だから料理に自然と移行していった。
けれどユーリにこんな所まで聞かれちゃいねぇから話さない方針で俺の中での答えは言葉にした所までで打ち切った。
くるくるフォークを回して巻き込んだパスタを口に入れて返ってくる答えを待つ。


「そんでこの家CDの1つもねぇんだな。」


ぐるりと家中を見渡して出された言葉に「まあそうだな」と肯定を返す、因みに持っているDVDのほとんどが動物もの。
CDが1つもねぇってのが歌って踊る事を仕事にしてるユーリには信じられないのかもしれない、実際ユーリの部屋にはギターが1つ、戸棚には楽譜とCDが所狭しと並んでいた。
これなら俺が音楽機器も持ってねぇ、つったら驚くだろうか?

パスタを口に運ぶ作業を何度も繰り返しながら目の前でのろのろとパスタを食べる隣人をじっと眺めていると何を思ったかいきなり「よしっ」とデカイ声を上げてフォークを置いた。
大声に二匹の犬の耳がぴんっと立つのが愛らしいとかそんなんじゃなくて、何事だと立ち上がったユーリを目で追うと「すぐ戻る」と宣言して家と外を隔てる扉を開けて忙しなく出ていった。


「なあ、ほんと何なんだ、お前の主人は?」

「くうん。」


知らね、と言わんばかりに素っ気なく鳴いた。
俺がパスタを全て胃の中に収めた頃家の扉が開いてCDを4枚ほど手にしたユーリが戻って来た、パスタは少し固くなっている。
皿を片していたから俺側のテーブルの空いたスペースにそれを並べていく、ジャケットに写っているのは目の前のこの隣人。


「......なんだよ?」

「決めたんだよ。お前を俺のファンにするってな。」

「は?」

「ハードルは、高い方が燃えるだろ。」


ニカッと歯を見せて笑うのは中々様になっていて流石アイドルだと思ってやらんでもないが言ってる事が無茶苦茶だ。
こちとら極力対人関係は減らしたいしユーリには『ラピードの飼い主の隣人』で居てくれることがベストだったってのに、ファンにする?
と言うことは飯とラピード以外の事で絡まれるって事か、迷惑極まりねぇ!


「やめろ。隣人としてなら付き合ってやるが、それ以上余計な事すんならもう来んな!」

「俺は今までどおりラタの隣人を続けるさ、けど一応CDと番組布教するのは許してくれよ?」

「聴かねぇし、見ねぇよ。」

「気が向いたらでいい。」


ばっさり要求を切り捨ててやったのに、ファンにするとか宣言したくせに俺の意思を尊重する態度に驚くがユーリはそれだけ言って固まったパスタを早口に食い出す。
既に食事を終えた二匹は並んで昼寝にでもしゃれこむみたいだ。

押し付けられた4枚のCDを手にとって眺める、成人しててイメージカラーが黒で無駄に長い髪のせいかジャケットの写真が無闇にやらしい。
裏に書かれる曲名は全く知らねぇし俺にとってこのCDは未知の領域で出来れば一生踏み入れたくない場所だ。
突っぱねてしまえばいい、『迷惑』その一言で。
捨ててしまえばいい、どうせこいつは怒らねぇだろう。
そうしてしまえばいいってのに、なんで俺は......


「音楽プレーヤー買えよ。」


見開いた、外見と合わせるように黒い目が何時もの大きさに戻った時「明日渡しに来る」と笑った。












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