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□しんしん
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自分が目を閉じている事は知っていた。
だが今自分がいる場所が何処なのかは判らなかった。

真っ白い世界。

視覚が機能していない。

そう悟るのに時間は掛からなかった。何かが重たくのし掛かっているかのように意識に集中しても動かない瞼。

『帰らなければ』

どうしてそんな事を思ったのか。
それでも動かない瞼を諦めて、俺は耳を周囲に傾けた。



『怖くはないの?』



不意に耳元で聴こえたのは彼女の声。
少し特徴的で暖かいな声はいつの間にか俺の傍に在った。

確かに、俺は恐れてはいない。

俺の唯一無二の能力が失われているのにも関わらず、俺はどうしてこうやって総てを穏やかに受け入れている?

しんしんと何かが俺の顔をよぎった。

『どこか痛いの?』

「いやっ、どこも痛みはない」

動かせるのは左手だけだった。
そしてとくとくっと温もりを感じているのも左手だけだった。

「俺は今どうしてる?」

いる筈の彼女に問うたが返事は無い。
彼女の名前を呼ぼうと口唇を動かすが上手く言葉にならなかった。

『大丈夫だよ』

額当てをしている筈のおでこに彼女の温もりを感じる。


――― 感じた。


波打つ音が二つ聴こえる。
それはまるで子守唄のような音だった。
音は重なる事はないがそれでもお互いを感じているのが解る。
俺はそれを何処かで聴いている。

そう、生まれる前に聴いていた。

暖かい空間にゆらりと浮かび、俺は二つのその音を暗闇の中で、瞼を閉じて聴いていた。

『ねぇ』

「んっ?」

彼女の顔が近付いて来るのが分かった。
おでこは離れた温もりで一瞬冷たくなったがまた新しい温もりで覆われた。

『開けてみて』

くすぐる声に導かれて俺は瞼に集中する。

開けた先には何も無かった。

或るのはただ真っ白い世界。
白い世界は降り続けていた。ふわりふわりと俺に降る世界は、冷たかった。



そして俺は覚醒した。



戦場とは思えない程のその世界には俺だけが存在していた。

『大丈夫だよ』

彼女の姿は消えていたが、そう言った彼女は確かにここにいた。

「だから大丈夫だ」

今度は自分から瞼を閉じた。
変わらない世界。終わらない世界で彼女の顔を思い浮かべる。

笑っていた。

いつも彼女は笑っていた。

その笑顔を思い浮かべながら、俺はまた耳を周囲に傾けた。

しんしんと降る世界が俺の耳に暖かく聴こえてきた。


そして俺の瞼にも温もりが溢れていた。





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