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□自分を可愛がって、慰めているだけなのさ。
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秋の月が綺麗な理由を教えてくれたのは意外にもリーだった。
得意気に話して聞かせてくれた横顔は月の光に照らされて白く輝いていたのを覚えている。
「月、きれい」
少し試してみたかったのかもしれない。どんな気の利いた答えが返ってくるのか気になった。
それでも期待したような言葉が返ってくるでもなく、一歩前を歩くネジはちらと空を一瞥して「ああ」と無機質に発しただけだった。
秋の月が綺麗に見えるのは空気が澄んでいるからなのだそうで、空気中の塵や水分の加減が他の季節と比べるとバランスがよく光がまっすぐに届くらしい。
そしてもうひとつ、
「遠いね」
「何が、」
「月」
夏の月は低過ぎて、冬の月は高過ぎる。
この一歩が近過ぎるようで手が届かないほど遠いことをきっと貴方は気付いていないだろう。安全圏にいる私達を、周りの人は綺麗な距離だと思うかもしれない。
それでもいい。望みが枯れても声が届けばそれでいい。笑うことを忘れてくれさえしなければ、どんなに遠くにいてもいい。ずっと見ていられるくらい貴方が綺麗でいてくれれば、それだけで私は生きていける気がした。
「リーは秋の月が一番きれいで好きだって言ってた」
「……」
「私も好きだなあ。欠けたのも好きだけど」
綿を細かく裂いたような薄い雲が月を覆って僅かに暗くなった。
月の光とはすごいもので、目を閉じてもその場所が白く目蓋に焼けていた。
「…雲に隠れるくらいが丁度いい」
遠く土の匂いが鼻を掠めた。明日は雨が降るかもしれない。
何もかも遠過ぎる。見上げると、首が痛くなってしまうから。だからこの距離が丁度いいのに、少し背の高い貴方は私の苦労なんて知らずにいるからずかずかと近付けるのだろう。
そうして私の気持ちに気付いているようなふりをして、また遠くへ行ってしまうのだろう。ただただ私はそんな無神経な貴方を目で追ってはあの月のようだと想いを巡らせるのだろう。
いつまでも待っている私は、きっとこの先もこの季節がずっと続いてくれればいいと願ってやまないのだろう。
紐のもつれがほどけるように、視線が交わり離れていった。
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