――髪――
ほんの少し気になっただけなんだ。ただ同じ目線だったからふと目に付いただけなんだ。
柔らかそうなあいつの髪。歩く度にふわふわ揺れて、でも梳かさないからぼさぼさで。それが妙に気になって。
触れてみたいと思った。
ほんの少し。本当に本当にほんの少しそう思ったんだ。
でも自分の性格じゃ触れることなんて出来なくて。なんの抵抗もなく触れることが出来る他の二人がうらやましいと思ってたんだ。
ふと空いた午後のひととき。別に深く考えずにあいつの部屋に言ってみたら、あいつが椅子に座ったまま眠っていた。
備え付けのテーブルに肘を立てて、その上に顔を乗せるようにして小さく船をこいでいた。ただ話し相手になってもらおうと思っただけで、とりたてて用事は無いし、幸せそうな顔をして眠っていたから起こす気にもなれなくて、けれどもこのまま帰るのもあれだったから、反対側にあった椅子に音を立てないように座ったんだ。
身長が同じくらいだから、同じ椅子に座るとやっぱり目線が同じくらいになる。――今はあいつが眠っているから少し下になっているのだけれど――だからやっぱり気になるんだろうか。
あいつのふわふわの髪の毛。こくりこくりと船をこぐたびにゆらゆら揺れて。
今なら触れられる気がした。あいつが眠っているし、きっと気が付かれないと思ったから。
オレとあいつの間にあるテーブルは抱え込んでも余裕があるくらい小さなものだから、手を伸ばせばすぐに髪に触れられる。
オレはゆっくりと手を伸ばしてあいつの髪に触れた。予想通りに――いや、予想以上に柔らかくて、ふわふわであったかくて。不思議とその感触が愛おしくて、触れるだけじゃなくてそっと指にからませた。
「満足、した?」
「――――え……?」
不意に聞こえた声。はっとして視線をずらせばあいつが上目づかいでオレを見ていた。寝起きのせいなのだろうか、いつも以上の緩んだ笑顔のあいつはオレと目があった途端、嬉しそうにふふっと笑った。
「いつも見てただろ俺の髪。触ってみたかったんだ?」
「そんなこと……」
最後まで言葉が続かなかった。図星なのだから否定出来なくて、でも認めるのは悔しくてあいつの髪から手を離した。
くすぐるような柔らかな感触が無くなってしまったことが寂しいと感じるのは何故なのだろうか。
「いいよ触ってても」そうあいつが囁く。
「お前になら別に触られても嫌じゃないし。好きなだけ触って」
言ってオレの手を自分の髪に触れさせる。オレの腕を引くあいつの手は力を入れていないのに、抵抗することも出来なくて、引かれるままあいつの髪の中に手を入れた。そこはさっきとまったく変りのない筈なのに、どうしてか先ほどよりも熱く感じた。
頬が熱い。頭の中でとくとくいっているのはなんなんだろうか。
「ファリス」
あいつがオレを呼ぶ――どこか楽しそうに。
「異性の髪に触れる意味って知ってる?」
その問いにオレはゆるゆると左右に小さく首を振った。
その答えにあいつは――バッツは幸せそうにオレを引き寄せ囁いた。
「それはね――――」
――了――
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