その他夢

□無双オロチ 3
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夏侯惇と于禁がこの世を去って五十年。神威は千五十歳を数えていた。
二人を失ったことでその心労からか髪は一夜にして白髪に変わっていた。
「…神威様、大丈夫?」
大きくとられた窓からは午前中の光がいっぱいに降り注いでいて、その向こうは帝都の都と青く広がる海を望むことができる。
都はずっと穏やかだった。扉は異常なく海からも侵入者はない。貴族達は代替わりをした家が多かった。そして、天寿を全うしてこの世を去る貴族達も変わらずにいた。
神威はその己の悠久の運命を初めて呪っていた。セブルスの時もそうだったが、夏侯惇とは三度出逢い、そして漸く百年の時を共に生きることが出来たのだから余計だ。
「神威様?」
はっとして神威は目の前の幼い子供達を見つめた。皆、手に手に楽器を持って神威を見返している。そうだ、今日はチェロのレッスンの日だった。
「あ、ああ。ごめんごめん、ちょっとぼーっとしてしまった」
ふふっと笑う神威の髪は光に透けてキラキラ光っている。だがそれは刈り上げられていて靡くことはない。
「神威様、これは愛のお歌なんでしょ?」
貴族も民も習いたい子供がここに来て、神威が教えていた。永く生きている間にほとんどの楽器は弾けていた。夏侯惇はチェロが好きだと言っていた。それを思い出してほうっとため息をついた。
「…お身体が悪いのですか?神威様」
「っ!…そうじゃないよ。大丈夫。ああ、そうだねトマス。これは愛の歌だよ。だからね、これを演奏するときは自分の一番大切な人を思い浮かべてごらん」
一緒にやってみようと神威はチェロを構える。それを真似て子供達も弦に指を置き弓を構えた。
「さあ、頭からいこう。間違えても気にしないで、一、二、三…」
子供達の紡ぎ出すそれと共に、神威が導く様にチェロを奏でだした。
大きな部屋に響き渡る、人の声に近いその音色は本当に愛おしい人のために男性が歌っているかの様。
自分の一番大切な人。私の一番大切な人は元譲だ。神威は元譲と名前を呼んだ。聞いてくれていますか。あなた、この音楽好きだったものね。いつも弾き終わると抱き締めてくれて、それで良かったと耳に囁いてくれて、それで。神威はぎゅっと目を瞑った。
もうこの世にはいないのだから。あの人は十分すぎるほど永く生きてこの世をさったのだから。
「…うん。とても綺麗だった。皆、上手になったね」
それに子供達は嬉しそうにはにかんで笑った。そこに、メイド達が入ってきて神威に頭を下げた。
「皆さん、お茶のご用意が出来ておりますよ。楽器をしまったらいらっしゃってくださいね」
それにありがとうございますと礼儀正しく答えると、今日は何のお菓子かなと嬉しそうだ。神威はそれに目を細めると、窓際に椅子を寄せ外を眺めた。
もし、また。いや、そんなことは考えてはいけない。だけど、もし。
「…オロチ…か」
三度目の時空の歪みを望んでしまっている。きっと、この姿では直ぐに気がついては貰えまい。それでもあの姿を目に入れてあの声を聞きたい。
「神威様も、いかがですか?」
控え目に声をかけたメイドはにっこりと微笑んでいる。
「…ああ、そうだね、いただこうか」
さあ、行こうと立ち上がり歩き出した途端。突如として落雷が響いた。
「きゃっ!!」
神威はメイドを胸に抱くと、さっと窓を見返す。空は晴れ渡っている。落雷だと?しかし、鳥達が騒々しい。異常気象か。
すると、二度目の落雷が起きる。城内は騒がしくなってきた。神威はメイドと共に部屋を出る。すると、神威様!と貴族が駆け寄ってきた。
「ああ、アシュリー!フレッド!これは一体」
アシュリーは頭を振った。
「分かりません。アイアンメイデンとの通信が切れたと。調練は終了し皆を城内に避難させております」
「都の民も順次避難をさせております。あとは、海上ですがどうやら落雷は城を中心として帝都の上空のみのようです」
フレッドの報告に神威は眉根を寄せた。
「なんだ。可笑しな話だ。…都側のドームを閉じてくれ。アシュリー、私と共に城壁にいってくれるか?フレッドは貴族達に引き続き民の避難に手を貸すように。指揮は任せる」
「お任せを!」
スッと情報通信室に消えるフレッドとは真逆にアシュリーと神威は城の外へと急いだ。ゴロゴロと晴れているのに音だけがする。そんな不可思議な上空を見上げながら貴族や使用人達が庭を行き来している。
「神威様!アシュリー様!」
城壁を守備していた六席の貴族がこちらへと二人を連れてきたのは、外の自由通路だった。
「あそこです!可笑しな渦が空に」
「っ…あれは…」
青空にポカリと穴が開いている。いや、あれは渦を巻いているのだ。まるでブラックホールの様に。良く良く見れば雲が吸い込まれて消えていく様が見てとれる。
「っ…おい、もしやこれは…吸い込まれるんじゃないか」
「そ、そんな馬鹿な!!」
「皆の避難は!」
「城内への避難は完了しております」
「よし、ドームを閉めろ!」
神威の怒号が響くと徐々に城壁の外側から鋼鉄のドームがせりあがって来た。間に合うか?木々が飲み込まれその度に穴が広がっている。
揺れが起き、大きく底から揺さぶられる。思わず地面に伏してそれをやり過ごそうとした。鼓膜を破らんばかりの雷鳴が再び轟いた瞬間、何故だか意識がすっと引いていったのだった。
何が起きた。
埃っぽいそこで神威は目を覚ました。徐々に目が慣れると現状が見えてきた。特に瓦礫が散乱した様子はない。
「皆、大丈夫か?」
それにあちらこちらで人が動き出す音がする。
「神威様…」
アシュリーが起き上がると、神威は頷いた。
「うん。…城側のドームを開けてもらえるか?皆、武器を持て!」
少しずつドームが天井から開いてくる。空に穴はなく変わらぬ青空だ。吸い込まれた気がしたが違うのか。しかし、少しずつドームが開いてくると、神威はああと声を漏らした。
なんということだ。ここは、もしや。願ってしまった所なのか。
やがて城壁まで鋼鉄の防御が開くと、貴族達の間には緊張が走った。
城壁より一キロ先に、青と赤の旗が閃いている。その旗のもとには何万という軍団がい並んでいたのだ。
「か、神威様っ…」
「落ち着け。貴族を集めろ。私もすぐに行く」


「何だ、あれはっ…」
孫呉と曹魏の武将達は突如として現れたその物体の報告を受け軍を率いてやって来ていた。
目の前には巨大すぎる鋼鉄の天幕が二つ並んでいた。これは、一つの都なのか。しんとしている様が余計に怪しい。
「報告では二日前に現れたと」
魯粛が書簡を胸にしまい顎髭を撫でる。その横で呂蒙は鋼鉄の天幕を睨み付けていた。
「いかがいたしますか、夏侯惇殿」
馬上の夏侯惇は麒麟牙を肩に担ぎ、何やら思案している。そこに于禁と李典が馬を寄せてきた。
「夏侯惇殿、突っ込まない方が良いって、俺の勘は言ってますよ」
「様子見か…っ!!おい、見ろ!」
ゴゴゴゴゴっと重たい音を響かせて、ドームの天井から左右にそれが動いている。少しずつ見えてきた。天を突くように聳え立つ、眩いばかりの白亜の城が徐々に姿を見せてきた。
「…美しいな。…あれは、オロチの城ではないだろう」
オロチの居城はもっと禍禍しいものだ。それには武将達は一様に頷く。
「いやあ、あのからくり!!私も作りたいものですね夏侯惇殿!」
なんと緊張感の無いことを。あははと笑っている満寵に夏侯惇達はため息をついた。
「お前は…」
呆れている内に、ドームがガゴォォオンと音をさせて止まった。その城の全貌を見てまた驚愕で目を見開くことになった。なんと巨大な城なのだ。鋼鉄の防御などなくとも聳え立つ城壁は一分の隙もない。これは、この城の主はきっとただ者ではないのだろう。
「魯粛、呂蒙、満寵。どうする?」
それぞれの軍師に問い掛けると三者は三様に苦笑を漏らした。

「ぶ、文則様っ…」
アシュリーは息を飲んだ。城壁の先、い並ぶ将の中に夏侯惇より少し後にこの世を去った、夫の姿を見つけたのだから。
「神威様っ、これはどういう」
同じく双眼鏡を覗いていた神威は于禁の隣の夏侯惇も李典のことも、呉の呂蒙と魯粛をも認めた。
「やられた。これは、オロチの世界だ…」
貴族達はハッとする。かつて主が二度行ったという世界の話を思い出したのだ。
「突っ込まれてはことだぞ」
「神威様ーっ!!」
城内の城壁の下にフレッドが三役人の一人ニコラス侯爵を連れてやって来た。
「フレッド、ニコラス。良いところに来た。城門を開き私と共に来てくれ。…アシュリー、貴族を集め城門前に頼む。武器は持つな。ブレオット!馬を用意してくれ」
それぞれが走ると神威は城壁の上の貴族達に射つなと指示を出し、自分もまた城壁を降りた。

夏侯惇達は暫く手を出さずに傍観していた。何やら城がバタバタしている。あちらもまさか目の前に敵と焦っているのだろうか。
「っ!城門が開きます!!」
やがて、その馬鹿デカイ鋼鉄の城門が開くと中から見たこともない武装の人間達が出てきた。
「やるつもりか?」
いきり立つ副将を夏侯惇は待てと慌てて制した。何か可笑しい。黒馬を先頭にその後ろには三頭の白馬。それから騎馬兵と歩兵が乱れることなく隊列を成して出てきた。だが、彼らは武器も何も持っていないのだ。
「お前達はここで待て!!」
「か、夏侯惇殿!」
夏侯惇は馬をその一団に向け歩かせた。それに慌てて馬首を向け、于禁や李典、魯粛等が続いた。
すると、先頭の将が後ろを振り返り何やら指示を出すと、四頭の馬の後ろに従っていた兵士達が歩みを止めた。
やがて、互いにその顔が確認出来る所まで来ると、どちらともなく馬を止めた。夏侯惇だ。夏侯惇だ。神威ははやる気持ちを押さえ、ひとつ呼吸を置いて微笑んだ。
「魏国大将軍、夏侯元譲様とお見受けいたしますが…」
先頭の馬の武将は上背があり、骨格も堂々としている。白髪を刈り上げ、額と頬には鮮やかな朱色の刺青。笑みを浮かべる余裕は一国の主の風貌。身に付けているものも華美ではないが後ろの三人のそれよりも上等だ。
「…ああ、いかにも…」
怪訝な顔でこちらを見つめてくる彼に苦笑を漏らした。覚えていないのか。
「私をお忘れですか?夏侯惇殿」
始めこそ誰だと眉間に皺を寄せたまま睨んできたが、やがてはたと気が付き、今度は驚愕で目を丸くしている。
「お前っ……」
そうだ。言われてみれば刺青はかわらない。だが白髪とその髪型は変わりすぎていた。
「かっ、神威なのか!?」
「はい!夏侯惇殿!」
それには付いてきた武将達も口をパクパクさせている。アシュリーは于禁を見つめるが、彼は彼女に気がついていない。ということは、まだ出会う前の于禁なのだ。
「神威っ、な、何故ここに!!」
呂蒙の最もな質問にそうですよねと笑う。
「突然空に吸い込まれまして、気が付いたらこちらに。あ、これは私達の城と帝都です」
白亜の城から隣の馬鹿デカイドームまで手で示すと、彼らを見て笑みを浮かべる。
「我が都、帝都ドゥオーラへようこそ」
神威が頭を下げると、後ろの美丈夫達も揃って頭を下げた。


神威は城へ戻ると状況を帝都中に一斉通信で知らせた。確認がとれるまでドームは閉じられることを伝え、どうか脅えないでと念をおした。
「魏と呉は皆無事なのですか?」
神威の執務室に迎えられた主要な武将と軍師達は見たこともない長机の上の立体図を見つめていた。
「ああ…。未だ見つからない仲間もいるが形は保っている。だが、突然勢力を増した新生オロチ等に方々荒らされ散々だ。出払いの武将も多い」
魯粛のそれに、フレッドは頷きながら何やら入力する。三国戦国はそれぞれ再び協定を結び、人員を組むと八方に軍を走らせているという。
「…それぞれの拠点はどちらに…」
『あら、もうお揃いなのですか?』
突然の柔らかな女性の声に、一同はビクッと身体を震わせる。
「ケイト!アイアンメイデンは無事なのか」
すると長机の上の立体図をが消え代わりに荒い映像の女性が浮かび上がる。
『あら、素敵な殿方達!』
薄い茶色のふわりとした長髪。垂れ目は優しく細められ、口元はうっすらと色づいている。李典と満寵は顔を赤らめ綺麗な人だと惚けていた。
『ケイト…』
神威が諌めるとあらと口許を押さえる。
『私、言葉にしておりました?』
「していたよ。…それで機体は無事なのか?」
『えっと…無事は無事なのですが、一ヶ所から動けないのです』
「は?」
『前進も後退も出来ません。ただ浮遊しているだけなのです』
「おや……困ったな…」
神威は顎を擦って苦笑した。
「画像は出るか?アイアンメイデン」
ニコラスのそれにお待ちくださいと言って顔を伏せる。すると、現れたのは地上の画像だ。それも随分と広範囲のまるで衛星写真だ。
「…随分と高い所に閉じ込められたものだな」
神威は映像に触り拡大していく。
「フレッド、地図に書き起こしてくれ。この機械、いつまで保つか分からない」
「はい」
『陛下、暫く私はお役に立てそうにありませんね』
「…無事でいてくれケイト。君がいないと困るんだ」
それに、まあと嬉しそうに笑うケイト。まるで恋する乙女だ。
『陛下。ふふふっ、でもご心配には及びません。この船に近づく輩は灰にしてしまいますから』
その言葉が余りにも不似合いでぎょっとしてしまう。
「あはは。あまり張り切りすぎずに」
それに承知いたしましたと笑い、通信が切れた。
「拠点はこちらとこちら。それぞれの領はどのように」
それには呂蒙と魯粛があたる。
夏侯惇はずっと神威を目で追っていた。満寵はホログラムに夢中だし、于禁と李典はアシュリーと何やら話している。
「夏侯惇殿?」
見つめていた顔が見つめ返し笑った。ああ、神威だ。夏侯惇は、どうした?と問い返す。
「またお逢いできて嬉しいです」
「ああ、俺もだ」
陽の光を浴びてキラキラと輝く白髪。まるで男の様なその姿も愛おしい。そっと長机の下で指を絡め手を握ると二人は微笑んだ。
歪んだ世界だ。それでもまた出逢えた事は素直に嬉しい。
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