その他夢

□無双 よろず
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「ああ、曹操か!」
好好爺は体を崩し、にこやかに笑みを浮かべて近づいてきた男を歓迎した。
身なりの良いその男は、己よりも背が高く大層立派な体躯の二人の従者を従えていた。どちらも笑みは浮かべず、ただただ主人の後ろに付き従っていた。
「翼悠殿、して例の…」
「あ、ああ。すまんなぁ、それが。…まだ戻らんのだ」
いや、直ぐに帰ると思うがなと困り顔で答えると、客人を手持無沙汰にするわけにはいかないと家令に茶の支度をさせ始めた。
もとより帰る気はない。曹操は勧められるがまま用意された席についた。園庭を見渡せるそこに四人は腰を落ち着け、やがて家令の給仕が済むと翼悠は家令を下がらせる。
「買い物か…何かですかな?」
目当ての人間の話だ。
「…いや。急ぎの仕事が入ってな…一昨日より出ているのだが、そろそろ戻るだろう。今日お前が来ることは伝えてあってな」
白髪白髭の好好爺はすまんのと苦笑した。老齢ではあるが崩されないその姿勢はまるで己と同じ様だと于禁と夏侯惇は思っていた。武人。死ぬまで武人の様だと。だが、その武人の表情は酷く穏やかで、今も曹操と和やかに話している。
しかし、だだっ広い庭だと夏侯惇は園庭を見渡していた。色とりどりの季節の花は今は盛りの時期で濃い香りを放っているし、それにつられて蝶や鳥がやってくる。木々はその葉を繁らせ、日光を透けさせると園庭に濃い影を落としていた。
眩しいな…。夏侯惇はすっとその園庭の先の小さな戸に目をやった。徐にそこが開き、外からこちらへ一人の人間が入ってきた。お世辞にも綺麗だとは言えない着物で、着古しているだろうことが分かる。ひと息吐き出すと、目深に被った頭巾のようなそれを払うように後ろに追いやった。
男か……いや、女か?
短すぎる髪を無造作にかきむしるとそれを何となく整えた。いや、それよりもとキョロキョロ辺りを見回し、井戸の水を桶にさっさと汲み上げ、それを移し代えることもなく頭から突っ込みそのなかで乱暴に顔を振った。それには夏侯惇は目を丸くして固まった。ちらりと于禁を見やると、彼もそれを見ていたらしく、目を見開いて唖然としている。だが、主は好好爺と積もる話で笑っていて気がついていない。
犬のように頭を振って水気を飛ばすと、もう一度髪をやんわり整えこちらに歩みを進め始めた。そこで、夏侯惇も于禁も視線を前へと戻す。
「お館様!!」
ある程度距離をつめると、かの人は片膝をついて拱手した。
「神威、ただいま戻りました」
「神威!待っておったぞ。ご苦労であった」
さあ、こちらへと促され石段を上がる。男か?女か?身体の線が出ない着物で、捌かれる脚は男のそれのように決然としたものだ。男と言われれば男で、女と言われれば女。
「神威よ、こちらが話していた曹孟徳殿だ」
「ああ、はい!…ん…?では、お待たせをしてしまったのですね。それはっ、大変な無礼を…!!」
慌てて頭を下げるその姿に曹操は目を細めた。
「良い。仕事であったのだろう?」
「はい…」
「お前は、埋伏が得意と聞いたが?」
「ああ。まあ…そうですね」
「男を抱けるか?」
「…ええ、まあ。…私は女ですから」
「は?」
ああ、やはり。神威は苦笑した。
「神威は女だ、曹操」
翼悠はまあ分からなくもないがと曹操に言葉を投げた。
「あははは。女ですから男と出来ますよ。ああ、でも…さっきのは女でしたね。三人ばかり。…お館様、じきに吉報が届きますよ…」
最後は囁くように翼悠の耳に吹き込んだ。
「しかし、お前は女…だろう?」
女を抱けるのか?夏侯惇のそれに神威はクスリと笑った。
「夏侯将軍、男根で貫くだけが…性交ではないので…」
ぶはっと茶を吹き出したのは夏侯惇、于禁は別段意識しなくとも、汚らわしいものを見る目付きで神威を見据えていた。
「神威よ、お前は言葉を選べ…」
「失礼いたしました、お館様」
男にも女にも見える。だが、脱いでしまえばそれは分かってしまうだろう。しかし、それこそが曹操が神威を指名した理由。この女は、思うがままに見かけを変えることが出来るのだ。
「意地悪を言うな神威よ。お主、その見た目を変えられるのだろう?女を抱くときは、男になる。違うか?」
「はははっ。…左様にございます」
「うむ。夏侯惇は、女同士の睦事を想像しただろうがな」
「なっ!孟徳!!」
慌てて立ち上がった夏侯惇が、がたりと茶器の音をさせると、翼悠があっはっはと笑った。まだまだ若造よのう。
「…それで、埋伏は…どちらに向かえば?男として、男を抱くのですか?」
「いや。それは、ただ聞いてみただけだ。…興味があったのでな」
「そうですか…?」
神威は困惑して翼悠を見やる。翼悠は神威の頭を優しくなでた。
「翼悠殿、神威は私が来た意味が分からないようだが…」
「それはそうだ。お前が来るからとしか伝えていないのでな」
「…お館様…?」
「神威よ、これよりはこの曹孟徳の下でその力を発揮するのだ。私のところにはもう帰って来んで良い」
「そんなっ!!…お館様、私は」
神威は翼悠にすがった。
「良い子だから何も聞かずに、そうしておくれ」
「嫌にございます!!」
はらはらと涙を流しすがる神威。
「どうしてですか?私は、お館様のお役に立てていないのですか。でしたら、もっと…お役にたちますから」
「そうではない。…神威よ、この曹孟徳は覇道を歩むもの。ここより、広い世界を見るもお前のためだ」
「私は…広い世界などいりません」
「翼悠殿、本当の話をしてやれば良いのではないですかな?」
翼悠はため息をついて、泣き笑いで神威を見つめた。
「お前に、私の死に目に会って欲しくはない…」
「翼悠様…それはどういう」
「翼悠殿はもうすぐ死ぬと言うことだ」
曹操のそれに神威は思わず彼を睨み付けていた。
「出鱈目を…っ」
「本当の事だ」
翼悠のそれに、唖然とした神威。
泣きながら思わず彼に抱きついてその唇を貪った。
なっ!と驚愕したのは夏侯惇と于禁。于禁は思わず顔をそらした。曹操はほうと口許に笑みを浮かべてから、すっと茶器に視線を落とし茶を啜った。
「…も、孟徳…」
今にも事をおっ始めそうな勢いの二人だ。そうか、この女はこの好好爺に飼われていたのか。
「ん?…この世の最後だ、構わんだろう。…翼悠殿、我等は少し出てきます故、また夕刻にでも」
「っ…ああ、すまんな…。…神威、少し待てぬのか?客人の前だぞ」
ふるふると左右に頭を振る仕草は女のそれだった。曹操は、行くぞと二人を連れて庭を通って出ていった。
そうして、神威と翼悠は庭先で最後の睦事に溺れていったのだった。


「お前、年の功は幾つだ?」
「二十七にございますが…」
自分より二つ下か。よもやその年まであの男に飼われていたとは。
「そうか。爺に抱かれるのがそんなに良いか?」
「っ!!」
「どちらで抱くんだ?男か女か。そもそも、使い物になるのか?」
神威は苦虫を噛み潰したような顔をしたが、ゆっくり息を吸い込む。吐き出しつつ足をゆったりと組むと夏侯惇を見つめた。
「…夏侯将軍は、どちらが良いですか?」
「は?」
「男としたことは?…なんなら、あなた様の初めてを私がもらって差し上げましょうか?」
後ろのをと笑うと、彼は顔を真っ赤にして激昂した。
「貴様ぁ!!」
夏侯惇の怒号に、馬車に付いていた兵士がいかがいたしましたかと声をかけた。夏侯惇はそれに何でもないと返すと、笑みを浮かべて自分を見つめる神威を睨み付けた。まかしてやろうと思ったが逆に遊ばれて終わった。
「…夏侯惇が煩いようだな、于禁よ」
「大方、あの者にからかわれているのでしょうな」
「そうか。夏侯惇め、まだまだ若いのう」
「殿、何ゆえあの者を」
「…翼悠殿に頼まれたと言えばそうだが。話を聞くに、面白そうな奴だと思ってな」
確かに、今は優秀な兵が欲しい。神威ならば武将になるのも容易いだろう。
思った通り、神威は異様な強さを直ぐ様発揮した。




「おや、夏侯惇殿」
衝立の向こうに立っているのは夏侯惇だった。神威はその巻き毛の前髪をかきあげると、腰に布を巻いた状態で湯屋を出た。
「っ!!」
出てきたのは南蛮族の様な色黒の美丈夫だった。若々しく水を弾く肌は、彫刻のように筋肉の起伏を描いていて、特に腹部のそれは男でも惚れ惚れする。
「夏侯惇殿、長々とすみませんでした…」
どうぞと神威がそこを譲ると、夏侯惇は、神威の横をすり抜ける。
「久しぶりだな。仕事だったのか?」
薬湯だった。夏侯惇はそれを桶に汲み頭から被った。
「ええまあ。…呉の色街で女を散々抱いてきました。情報も得ましたけど」
「そ、そうか…早く服を着ろ!」
「え?あ、はい」
神威は夜着を羽織り、身体の泥を湯で流す夏侯惇の仕草を見つめていた。
「まだ何か用か?」
「…土方の仕事でした?」
「ああ。川が氾濫する村でな、家屋やらなんやら片付けて新たな側溝を作っていた」
「…なるほど」
神威は夜着のまま夏侯惇の身体を背中から抱き締めた。
「なっ…おい!濡れるぞ」
「構いませんよ」
「俺が構う…っんん!」
抗議しようと振り返ったその唇を神威は徐に塞いだ。男になると夏侯惇より頭ひとつデカイ。
「…やめっ、ろっ!!んっ!」
神威は夏侯惇の下唇に舌を這わせた。それから上唇にちゅっと口付けてにっこり笑った。
「どうしてです?…おや…やはり可愛いですね、あなたは」
それだけで起立した男根に指で触れ異国の綺麗な顔でクスクス笑う。
「ふざけるなっ、くそっ!お前っ、女に戻ったら覚えていろ…」
こいつ、男になるといつもこうだ。性格まで真反対ではないか。
「あははっ、可愛がっていただけるのですか?寝屋に随分呼んでいただけませんでしたけれど」
「お前が、いつも誰かに呼ばれているからだろうっ!」
「そうですね。それに、ここ最近は、李典殿や張遼殿なんかと…」
「一々言わんで良い!!」
「ははっ。李典殿は男の私が好きなようで…ほら、こちらに…ね?」
徐に後孔に指を這わせてぐちぐちほじると、夏侯惇は身を震わせた。
「やめっ。いい加減にしろ!!」
「…嫌がらないで元譲。…しよう?」
耳元で囁くと、夏侯惇は盛大に舌打ちをした。
「っくそ…」
博望坡で命を助けられた。それから、夏侯惇は神威に強く出られない。戦場では男の姿ならば紳士的で、女の姿ならば従順だ。突出しがちな夏侯惇は幾度も神威に助けられている。
神威は神威で思うところがあるようだ。左目を失った時、盲夏侯と揶揄する人間を聴衆の面前で殴り飛ばし、次その言葉を吐いたらお前の心臓を抉るからなと怒鳴り付けた。左目を失ってもあなた様は見目麗しい夏侯惇様に間違いございません。どうぞ、お気を落とさず、強くお願いいたします。
そう言って、新しい鏡を部屋に置いたのだ。だが、悪戯が過ぎからかう癖は抜けないようで。二人が親密になればなるほど神威は他の武将に抱かれることが多くなっていった。
「お前は…不誠実な人間だな」
寝台で転がるようにして神威に背を向ける夏侯惇はそう吐き捨てた。神威は苦笑するしかない。
「そうですね。…私はこうするしか生きていけなかったものですから」
「ふんっ。…お前、俺のものになるつもりはないのか?」
「…あなた様のものになってしまったら、失った時に悲しみで死んでしまいます…」
「…神威…」
身体を返した夏侯惇は、目を丸くする神威の頬に手を添えた。いつの間にか女に戻っている。
神威は怖いのだ誰かを失うのが。だから、拠り所を多く持つようにしているのか。しかし、その方が酷ではないかと夏侯惇は思っていた。
「俺に死なれるのが怖いか?」
「はい」
「俺は死なん。お前より先には死なん…」
「翼悠様のように、消えてしまわないですか?」
翼悠の名を出すと顔を歪めた。
「あの爺と俺を一緒にするな」
神威は夏侯惇の手を握り口許に持っていくと、ちゅっと唇を落とした。
「どうした…」
「…いいえ。何でも、ございません」
本当の事など誰が言えよう。
これは翼悠の放った毒矢だと。魏にささった毒矢は染み渡るようにその毒を放つ。より多くの者を毒で犯してしまうように。そして、その毒なしでは立っていられぬようにするために。
全ては翼悠の為に。死して尚、生き永らえているあの人のために。
私は、ただの道具なのだから。
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