すらだん夢

□ライバル
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陵南高校音楽科と、海南大附属の音楽科は、長年相容れないライバル関係にあった。コンクールでは入賞者を競い、進学では有名音大、海外留学の数を争っていた。だからこそ、この二つの音楽科は音楽大学の附属ではないにも関わらず、質の高い演奏家を輩出していたのだ。
「誰、これ」
「山藤桜。陵南高校の音楽科のピアノだって」
「へぇー!可愛いねー」
可憐な容姿。彼女は、陵南に舞い降りたスターピアニストだった。
でかでかと彼女が載っている新聞に眉を寄せたのは神威だ。それに解説を加えるのは孝明に美恵子。
「人がいない間に…」
短期留学三回。日本のコンクールの季節はことごとく外してきた。
「何々、やだー!神威、それ見つけちゃったの?」
トランペットの早川はケラケラ笑っている。
「早川は、ここでしょ?私が見てるのはこの子!」
入賞の早川はグランプリの桜よりも小さい。神威はバチバチと桜の写真を叩いている。
「ああ!そっちねー。あのね、日比谷先生もピアノ部門の審査員だったんだけど、来年はあんたを出すって息巻いてたよ」
「えー…来年の夏はローザンヌとリスト音楽院にしようとしてたのに」
「神威、いい加減逃げ回らずにコンクール出なさいよ。いくら指揮者があんたの夢でもね、アシュケナージが著名なピアニストだったように、あんたも著名になれるように努力しなくちゃ」
「そうだぞー。あ、でも、俺の伴奏も頼んだからな」
桜の反対側はチェロ部門グランプリの孝明だ。チェロ部門に間に合うようにわざわざずらしたのだ。
「あーもー、分かってる。皇神威、来年は頑張ります!」
高々と掲げた新聞に、皆が笑いだした。
「分かった分かった!じゃあ、文化祭の練習、始めるよ!」
秋の文化祭が今年の山場だ。来年の海南音楽科を評される重要な行事の一つだった。コンクールか続々と終わり出した今、彼らの頭には文化祭しかないのだ。


孝明がバスケ部のインターハイ予選を見に行こうと美恵子と神威を誘った。孝明の幼馴染みは、海南バスケ部のスタメンだ。
「武藤!」
試合前に選手控え室に続く廊下で、武藤達を待っていた。
「おー!孝明じゃん。何々、美恵子と皇も来たの?」
「武藤出るって聞いたから、応援!」
「…知り合いか?」
武藤の後ろから顔をのぞかせたのは、誰よりもオーラのある男だ。
「ああ、牧!俺の幼馴染みとその友達。うちの音楽科…」
そこで牧がピクリと反応した。でもそれには誰も気がついていない。
「…そっか。暑いのに、武藤の応援か。大変だな」
こいつうるさいからなと笑う牧。もちろん神威も知っていた。彼は誰よりも有名人だ。常勝海南の花形選手なのだ。
牧が挨拶をすると、つられて三人も自己紹介をした。
つんとしてなくてなんて柔らかい物腰なんだろうかと神威と美恵子から笑みがこぼれた。
暫く談笑していると、対戦高校の陵南の魚住がやって来た。
次の牧の視線の先。それは、神威にはあからさますぎるくらい分かった。と言うのも、神威も彼の視線をおった先の人物に思わず声をあげたからだ。
「山藤桜…さん」
神威が思わず名前を口に出すと、牧はなぜその名前をと言った風に神威を見つめていた。
「…はい?」
暫しの沈黙。
「…あ、いや、えーっと。すみません。何でもないですっ!」
神威は武藤と牧に頑張ってねというと、そそくさとその場を後にし出す。
「えっ、ちょっと神威!」
「あの馬鹿。武藤、牧君、頑張れよー!」
慌てて追いかける二人を唖然として見つめる武藤と牧。名前を呼ばれた桜も、何だろうかと少し不安げだ。
「おい、牧。誰なんだ、あいつら」
桜の横の魚住が不審げに顎で三人の消えた廊下の先を示す。
「いや、あー。うちの音楽科の子…かな」
それよりも、牧は目の前の可憐な容姿の桜の名前を知ることが出来てそれどころではない。皇神威に礼を言いたいくらいだった。
「あの、男の子思い出した。この間のコンクールのチェロ部門のグランプリだった比島孝明君よね。そういえば、最初の子、チェロの子の伴奏者だった子かも」
チェロはもちろん流石だったが、あの難曲を弾きこなした伴奏者も相当なものだったと晶が興奮して、原田が大いにすねていたのだ。
「あの、彼女の名前、分かりますか?」
桜の真剣な目。それにも牧はぐっと心を動かされた。今の彼女の目にはさっきの変な子しかいないのが悔しいが。
「えっと…皇、神威…だったかな」
「皇、神威」
やんわりと咀嚼して飲み込むように丁寧に名前を繰り返して、桜はありがとうと牧に微笑んだ。
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