なると夢


□音楽の先生
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忍の里のアカデミーで音楽を教える仕事があった。火の国の職安所で目を皿にして探した唯一の仕事だ。もうこれしかないと、神威はすぐさま申し込み、急を要することと神威が一種の教員免許をもっていることから面接なしの異例の大抜擢となった。
それから一ヶ月が経ち、神威は自分がとんでもない所に来たのではないかと思うようになった。
「……音楽の授業で、誰が影分身して良いって言ったの」
アカデミーは忍の為のアカデミー。
生徒は忍の卵で同期の教師陣は全員忍だ。
今もまた、音楽研究室と称する小さな部屋にわんぱく盛りの忍の卵が呼ばれていた。
「…だって…」
「だって、何…」
「音楽の授業は、忍には無駄だって父ちゃんが言ってたし…俺…、そもそも…音楽とかは苦手だし……」
そんなんだろうと思った。神威は溜め息をついてから頭をかいた。忍に音楽って教養の他に必要な理由あるのか。
「でもね、だからって、影分身で暴れることないでしょうよ。喧嘩とかさ。先生、忍じゃないから止め方分からないんだよね」
そう言うと、彼は上目遣いで申し訳なさそうに神威を見上げた。
「…ごめんなさい…」
「…もうしないでね。…はい。終わり。気をつけて帰るんだよ」
頭を撫でて帰すしかない。
生徒が帰った後、神威は溜め息をつきながら自己嫌悪と後悔に苛まれるのだ。
そもそも、なんで必要なのか。綱手は実験的な導入と言っていた。普通の音楽の授業とは異なる、少し専門的なものに変えて行っているが果たしてこれで良いのか分からない。何故指示が出ないのか。それが気になる。好きにしてくれと言われても限界があるのだから。
「はあー…もう。ネタ切れ起こすよ」
一つしかない窓を開け放すと神威は校門から帰っていく生徒達を眺めた。幸いにも神威の授業を好んでくれる生徒もいるからまだ良い。
そんなことを考えながらぼーっと風に吹かれ外を見ていると、左の建物から視線を感じた。神威は何だと思いそちらを見遣る。
「……!!何だ、ろ」
左は上忍待機所という建物だとイルカから聞いていた。その窓から煙草を吹かしながらこちらをみる大男と、赤目の女性、更に片目の男だ。神威は彼等を見てから、更に反対側を見てみる。特に何もない。
「私……ではないか」
神威は、はあーっと溜め息を吐いて窓を閉めると室内に戻った。
どうも忍というものは苦手だった。特に関わりのない待機所にいる人間達は何故か。
だが、自分が教えた生徒達がいつかは彼等の部下になるのだから苦手とばかり言ってはいられないのも事実だ。
「ピアノでも弾くか」
研究室の隣が音楽室だ。
神威は隣の部屋に向かうと、グランドピアノを開けた。
世の中上手くいかないなあと、それをぶつけるようにピアノを弾いた。



「あ、始まった」
上忍待機所の窓際で研究室を見ていた三人は、ピアノの演奏が始まるとわらわらとソファーに座った。
「俺初めて見た、噂の音楽の先生」
「何か保護者から色々言われてるらしいぞ。新任早々可愛そうになあ」
アスマが天井を見上げる。
「年いくつなの?」
「お前らと同じか少し下」
向かい席のゲンマがコーヒー片手に言う。
「面接なしの即決。本人はまさか忍の学校なんて思わなかったんだろうな」
気の毒だなと首を振るのはアオバだ。
「なんつったって、募集要項の書き方騙してるようなもんだったからな」
タイプしたのはライドウだった。だから、内心これにひっかかったら可愛そうだなあと思っていたのだ。
「でもな、あの先生結構きちんとしてるんだよ。学歴も申し分ないし、指揮者だし。出した論文も良い評価だし。まあ、プロだよちゃんとした」
そんな人が何故わざわざ職安に出した仕事に飛びついたのか。その謎は分からなかった。しかし、今日のピアノは激しめだなあと待機所の人間は思ったのだった。


「皇先生、まだいらしたんですか」
ピアノの練習も済ませ、楽曲と作曲家研究をしているとイルカが見回りの為にやってきた。
「すみません!今帰りますから」
もうそんな時間だったのだ。神威は慌てて荷物をまとめ始めた。
「あ、俺回ってまた来ますから、どうぞゆっくり用意していてください」
「でもっ…」
「それに、もう校舎真っ暗ですから、待っていたほうが良いかと…」
神威ははっとしてイルカを見た。苦笑いの彼に頷く。暗いのは嫌だ。
「…お待ちしています、海野先生」
イルカは笑みを浮かべ頷いた。
帰る方角は一緒だ。神威も単身者の忍の住むアパートに入っているからだ。
程なくしてイルカが戻ってくると、一度職員室によりそれから校舎を出た。
「お疲れ様でした皇先生」
「あ、お疲れ様です海野先生。あの、今日はありがとうございました」
影分身の危機を救ってくれたのはイルカだった。見ていた生徒が呼んで来てくれたのだろう。イルカは慌てて両手を振った。
「いえ、あいつらがまた忍術で何かしたら言ってください」
「はい!そこは、遠慮なく頼らせていただきます」
金曜だからと、同僚と飲みに行くイルカと別れ、神威はスーパーに向かった。
いつものように食料を買い込み表に出る。ずっと下を向いていたから分からなかったが、今日は星が綺麗に光っている。
「…出掛けるかなあ…」
星が綺麗に見える場所を、最初にここに来た日にイルカに教わっていた。だが、毎日忙しくてまだ一度も行った事がない。
神威はアパートに戻り食料を冷蔵庫に終うと、ビールを二缶とつまみを小さなバックに入れて家を出た。
向かうは小高い丘だ。
里の中心を抜けそこに向かう。


「一人で飲むの好き?」
「えっ…」
気がつかなかった。後ろの木からもそっとライドウが出てきたのだ。ほろ酔いだ。
神威は彼だと気がつかず、物取りの怪しい奴かと思い、慌ててバックを掴んだ。それを見てライドウは苦笑する。
「アカデミーの音楽の先生…だろ?」
「えっと…」
「赴任の初日に逢ったんだけど。特別上忍の並足ライドウです」
「……あ。並足さん…」
「覚えてないだろ」
「いやっ、覚えてます!綱手様の部屋にいらっしゃった」
ライドウはそれを聞いて、良かったと安堵した。
「…あのさ、良かったら俺達と飲まない?今、ゲンマ達買い出しに行ってるからさ」
「あっでも…私、お邪魔になりませんか?」
「ならないよ!こっちにおいで」
準備万端らしい。ピクニック用のシートが敷いてある神威のいた所と丁度反対側が彼等の宴会スペースだ。
「忍の方でもピクニックシート使うんですね…」
「え?そんな珍しいか?」
変な先生だなと苦笑するライドウ。神威はその彼の顔がちょっと素敵だと思った。
「…あ」
神威は慌ててバックからもう一本の缶ビールを取り出し、ライドウに差し出した。
「あの、良かったら並足さんもどうぞ」
「良いの?じゃあ遠慮なく」
彼の仲間はまだ買い出しに行ったばかりらしい。二人は缶ビールと乾き物を食べながら、綺麗な星を眺めて話をした。
「でさ、神威先生はなんでまた木の葉の里に来たの?」
色々お互いのことを話した後、ライドウがふとそれなら何故と思い思い切って聞いてみた。嫌がるかと思ったが、神威は案外あっさり答えてくれた。
「…生活費とか活動費用の捻出の為です。まあちょっとやらかしたら、干されちゃって。色々なくなっちゃいまして。それでお金が必要だったんです」
説明するのがややこしいのか、神威は言葉をきり、ぐいっとビールを飲み干した。
「人も仕事も離れていって、貯金もなくなりかけていたので職安に行ったら、あったんです!まさか、忍の学校とは思いませんでしたけど」
クスクス笑う神威。
「その紹介作ったの俺なんだ。綱手様にさ、人が来てくれる様に作れって言われて。でも、あんな書き方ってないよな。本当、ごめん先生」
「謝らないでください。私、授業の評判は悪いみたいですけど、でも、凄く貴重な体験をしてるんです。ただ、雇っていただけたのに、力不足で申し訳ないです」
二人は何だか照れ臭くて笑ってしまった。
「火影様は私に呆れていませんか?」
「それはないから大丈夫。俺が保障する」
何となく騙してしまった様な成り行きから、面倒をみないといけない気がしていた。
よかったとホッとする神威の子供みたいな無邪気な顔に、論文や功績を照らし合わせる事が難しい。今、彼女は物凄く楽な気持ちでいられているのだろうと分かった。
「ライドウ買って来た…って、あー!音楽の先生だ!何でいるの?」
ゲンマが神威を見て驚きで指を指した。
「後ろで一人で飲んでたから俺が拾った」
「やだ、先生!何々、色々辛い事でも?乙女の悩み事?」
紅が神威の隣に鎮座し、色々な物を勧めながら聞き出そうと躍起になった。
「いや、星が綺麗だったので。…明日学校休みだし…」
「本当にー?」
少し酔っているんじゃないかと思った。何と言えばいいのか。紅の悪戯なそれに答えられなくて硬直してしまう。
「紅、先生をからかうなよな」
アスマとカカシが紅の隣に座った。ん?と神威は三人の顔をまじまじと見る。
「あの、今日…皆さん音楽室見てました?」
「あら、やっぱり目が合ってたのね!」
「見てたな。今日だけじゃねぇけど」
「んー、俺は今日初めて見られたよ噂の音楽の先生」
噂って何だろう。やっぱり色々文句言われてるのか。難しい顔をする神威を慌ててライドウはフォローする。
「アカデミーに初の音楽の先生だから、皆気になるんだよ」
「あら、やだーそうよ!そんな顔しないで」
「あ、すみません」
困り切って、更に申し訳なさがあいまって、神威はペコペコ謝る。
「…新進気鋭、火の国が誇る若手指揮者が随分弱気だな」
ゲンマが首を傾げる。そうしながらライドウの隣に座った。
「あんたの履歴書、抜けすぎてるってシズネが言ってたぜ。きちんと調べたら、とんでもない賞歴のオンパレードだ。何で、そんな立派な人間がビクビクしてんのかわかんねぇよ」
理由を知らない周りが感心するが、神威にしてみたら二度目の説明を要求されたようなものだ。内心盛大な溜め息をつきつつ、苦笑してみせた。
「…それ、全部今は無効ですから。私、ここ追い出されたらご飯食べていけないんです。…本当に…」
ライドウに話した事と同じ内容を皆に話した。モドルツモリもないことだ。
「…その賞歴もあってないようなものですから、書かなかったんです。でも、もう全部良いんです」
過去は捨てなくてはいけない。頭を下げてまで戻るつもりは毛頭なかった。例え、今の仕事が上手くいかなくても。
「弱気ですみません。謙虚とかって行き過ぎると面倒ですよね。…でも、昔のことを話していたら、やっぱり指揮者辞めて良かったと思います。ここに来られて良かった」
「アカデミーの音楽の先生が、か?」
アスマが怪訝な顔で聞く。地位と名誉を奪われて、本懐でもない職に就き更には文句までいわれているのに。
神威は頷いて微笑んだ。
「知らない世界を知ることが出来たので。世界は私が思ったより広そうです」
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