すらだん夢

□岸本 マネージャー
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月曜日に三週間のスケジュールが分かると、逢えそうな日を岸本にLINEした。だが、彼はバスケ部の遠征で急遽関東に行くらしく、翌週までは逢えないと言う。疑われると困ると思ったのか、ちゃんと遠征だと分かるように、ちょこちょこ友人に撮られた写真を送ってくるから、神威は可笑しくてそれを眺めては頬が緩んだ。嘘ついてるとか思ってないんだけどなぁ。岸本君忙しいんだからそんなに送ってこなくて大丈夫だよ?嘘ついてるとか思ってないから。と送るとその日の夜に、今日は勝ったで!と報告がてら電話が来た。
「今何県にいるの?」
『横浜やから、神奈川やな。…神威さんは何してるん?』
「ん?…ラジオの仕事終わるの待ってるの。そろそろスタジオ戻らないと」
今日と明日は東京なのだが岸本に言ったら来そうだから伏せておく。
『そうなんか。…また、連絡してもええ?』
「うん。…気を付けて、怪我しないようにね」
『おお。神威さんも身体壊さんといてな』
バイバイと言って電話を切る。見上げた時計は十時を指していた。スタジオに戻るとそろそろ終わり頃だ。スタジオの自分の席に座ると、仕事ですか?と馴染みの女性ADに話し掛けられる。
「笹岡さんから」
「ご苦労様です」
歳が近いから話しやすく時折美味しいものを交換しては情報を共有していた。
神威は演者やスタッフに兎に角丁寧で、おおらかで優しく受けがとても良い。大御所からも好かれやすく、そう言うこともあって会社がこれから売り出したい見取り図の専属に付けたのだ。現に神威の指示通りに楽屋挨拶を回ると好感触で、一度叱られた師匠もニコニコしているから二人は驚いた。その師匠の番組にゲストで呼ばれてまた驚いて、皇は天才何か?と言われたのは記憶に新しい。
「お疲れ様でした」
「皇ー、遅くまでご苦労さん」
「お二人も。タクシーもう少しで来ますから」
「明日、TBS七時よな?」
「リリーさんは七時です。盛山さんは五時」
「せや!俺明日踊るねん」
えー!とスタッフに盛大に笑われながら見送られる盛山らと共にラジオ局を出た。
「帰りますか?それとも、飲みに行かれるんですか?」
「俺、あれや。大吾さんらと新宿飲みに行くからタクシーええわ」
「俺は家帰る」
「なら、リリーさん乗ってください。明日七時にまたお願いします」
「はーい。モリシお疲れ。皇さんも気ぃ付けてな」
タクシーに乗って帰っていくリリーを見送る。
「…盛山さん、審査通りそうですか?」
「何か、無理っぽそう。…マジでホテル生活は限界」
「あー…辛いですよね。今日の所は盛山さんが大丈夫だって言っていたホテルなので」
「おお!ありがとな。多分平気や」
神威は赤坂のホテルをとっている。真っ直ぐ行けばTBSに着く好立地だ。今日は高校の友達の美恵子と赤坂で少し飲もうと約束していた。
「珍しっ…。そっか、お前東京の人やもんな」
「あははっ。たまたまです。…盛山さん、タクシー乗って飲みに行って大丈夫ですよ?領収書貰ってください。私の経費で出しますから」
五千円を手渡す。
「お前は、仏か。…釣りと領収書は必ず」
恭しくそれを捧げもって頭を下げてくる盛山。
「はい。…じゃあ、明日五時ですので。くれぐれも遅刻しないでくださいね」
「はい!…お疲れーまたなー」
神威は頭を下げてから駅に向かった。

アパの一階は小洒落たイタリアンで、深夜一時までやっている。既に来ていた美恵子と合流して、カンパリソーダで乾杯をした。
「…あんた、男出来たでしょ」
「わ、分かる?…ちょっと前に…」
岸本の事を話すとあらー!と美恵子は目を丸くした。
「神威が?…そう言うの絶対引っ掛からなさそうなあんたが?本当に?」
「本当に…私だってびっくりしてるよ。そう言う人いないと思ってたのに。だっ、だってね、すっごい好みの顔してたの…だからつい」
「あー…あんたって確か濃い目の顔好きよね。どんな人」
神威はそれに毎日来る岸本のLINEの写真を美恵子に見せた。
「この、髪の毛縛ってる…」
「ああ、この人南海電鉄の岸本実理じゃない。バスケの。でしょ?」
「へ?」
「そっか…あんたスポーツ興味ないもんねー。この人、オリンピック強化選手に選ばれてるの。そろそろ南海から東京か神奈川のプロチームに移籍しそうって言われてるわ」
へぇーとしげしげとその写真を見る美恵子。
「ゆ、有名な人?」
「そこそこ。まあ、ほらここに写ってる牧先生の息子さんとか深津とか河田とか土屋でしょー、諸星に仙道とか松本、三井。まあ、他にもスター選手はいるし、彼は実業団だしね。でも、移籍したら…化けるわよきっと」
やったじゃないと笑う美恵子。そうなんだと神威は岸本の写真をよくよく見つめた。
「私で良いのかな」
「へ?」
「有名になる人なら、もっと綺麗なモデルさんとかさ…そうでなくても他にも綺麗な人沢山いるのに」
「…岸本君の好みドンピシャって言われたんでしょ?そんな野暮なこと考えちゃ駄目よ」
大切にすると先日言われたばかりなのだが、不相応な気がして神威は困ってしまう。
「ばっかねー。これだから恋愛ど素人は駄目なのよ」
言葉はきついが顔は優しい表情をしている。励ましてくれているのだ。
「確かにあんたはデカイかもしれないけど、良いじゃない。何が悪いの?堂々としてなさいよ」
「うん」
「綺麗だから大丈夫。あんたは、纏う雰囲気から素敵な女性よ」
「…ありがとう、美恵子」
冗談は言っても嘘はつかない。これは冗談で言った声音ではないから信用して大丈夫だ。
久しぶりの再会に積もる話もあって、結局ラストオーダーの時間まで話して解散したのだった。

翌朝、岸本は日課のランニングを済ませてホテルに戻った。シャワーを浴びてテレビを付けると、朝の番組に見取り図が出ていた。それなら神威は東京にいるのかと思ってLINEすると、暇なのか直ぐにそうだよと返ってきた。これが終わったら帰阪すると言う。
「なーんや。居ったんか」
神威が送ってくれたスケジュールの都合では逢えるのは来週の金曜日だ。泊まっても良いかと聞くと構わないと言われている。今度は自分の着替えを持っていって少し置かせて貰おうかと企んでいた。
朝食の時間だからと下に降りると、顔見知りの関東勢と話し込んだ。遅くとも来年にはこっちに移る話は会社とチームの間でついていて、本格的にオリンピック強化選手としてバックアップして貰える様になる。
「…あ、岸本君、そのTシャツ見取り図のライブTシャツやん」
南海電鉄のパーカーの下のTシャツを指さして、中学からの馴染みの土屋が笑う。
「ああ、貰ったん知り合いに。盛山サイズ売れ残ったらしくてな」
「あの人デカイからなぁ!」
「売れ残り持ってるなんて社員さんか?」
牧のそれにせや!と頷いた。
「見取り図のマネージャーさん。良く行く飲み屋に居ってな、在庫が邪魔やからパジャマにでもしてくれーってくれた」
「えー!マジかよ。俺も欲しい」
諸星は見取り図が好きだと言う。さっきもラヴィット観てたわーと。
「ほんなら、聞いてみるわ」
神威のLINEを開いてそれを伝えると、良いよ!何枚欲しい?と返ってきた。俺も俺もと結局八枚と伝えると、次来る時迄に用意するねと言われた。
「ええって。…次の強化合宿の時に持ってくる」
「やったー!あれな!全員で着て、写真撮ってインスタ上げようぜ」
「見取り図からDM来たらおもろいなぁ」
ゆくゆくはチームメイトになる馴染みの笑う顔に岸本もせやなぁと笑った。
そうして上げた諸星と土屋と深津と仙道という人気選手のInstagramとTwitterのお陰か、盛山サイズのライブTシャツが見事に小バズりして、在庫が吉本の倉庫から消え追加発注を掛けるのはもう少し先の話だった。

漸く逢えた金曜日、仕事終わりに待ち合わせをして食事を済ませると、報告がてら二人で皐ママのバーに向かった。
「ほんま?ほんまに、ほんまやろね?」
「ほんまやて」
おめでとうと微笑むママに二人で顔を見合わせて苦笑した。
「大切にせなあかんからなきしもっちゃん」
「分かってるわー」
「神威ちゃんも、きしもっちゃんの事頼んだで?」
母親の様なそれに神威は、はいと答えていた。
二杯ずつカクテルを飲んで、気ぃ付けてー仲良くなーとママに見送られる。今日は電車で帰ろうと二人で乗り込んだ。
「そうだ。Tシャツ、持ってきたよ」
「おおきに。ほんまに大丈夫なん?」
「大丈夫。盛山さんが、なんぼでも持ってけ!って」
見取り図の在庫として倉庫に入っている。そこにあるのは芸人としては不名誉らしく、さっさと捌きたいのだそうだ。
「それ着た写真SNSに上げてええ?」
「構わないけど」
諸星の言っていたことを話すと神威は成る程!と笑った。
「問い合わせきて売り切れたら良いなぁ」
何の気なしに言ったのだが、それが事実になって嬉しい悲鳴を盛山があげるのはやっぱり少し先の話だ。
今週は時間があったから色々常備菜を作って置いたと言ってくれるそれが、岸本は嬉しかった。
「せや、これ俺の着替え。部屋に置いておいても構わん?」
「あ、どうぞどうぞ。歯ブラシとかは買ってあるから使ってね」
「買ってくれたん?おおきに」
嬉しいと喜ぶ姿がやっぱり年下っぽくて可愛い。お茶を二つ淹れてこたつに潜り込む。すると目敏く隠し忘れた雑誌を岸本は手にとってにやっと笑った。
「バスケのお勉強ですか、お姉さん」
「それもそうなんだけど。あの…岸本君って、とっても有名な選手なんだね…」
美恵子に言われてからバスケの記事を読んだり、雑誌を買って情報を集めた。豊玉高校から大阪体育大学、そして南海電鉄所属。浪速の得点王として活躍しているし、全日本にも選ばれている。南海電鉄はそのキャラもあってか人気の選手で、しかもオリンピック強化選手。来年度からは東京のプロチームに所属が決まっている関西きってのバスケ選手だった。
「言うたやろ?バスケ上手いねんでーって」
「上手いどころじゃないよね?」
「あははっ。神威さん、スポーツ興味ないもんな。…せや、浪速のポイントゲッター岸本実理やで?来年からはプロに行くわ。東京」
神威の頬を撫でてそっと笑う。
「付いてきて欲しい言いたいなー俺。東京に一緒に」
「付いていこうか?」
「…へ?」
「見取り図は東京所属になるだろうから、私はそろそろ東京吉本勤務になるよ」
ふふっと笑う。
「ほんま?」
「私、元々東京出身だしね。移動願いは出してるから。それまでに岸本君とお別れしなかったら、一緒に付いていくよ」
「別れへんわ……えー…俺嬉しい」
うわぁーと口元を両手で押さえてチラチラ神威を見る。
「どうしたの」
「大人、格好ええ」
「へ?」
「神威さん、可愛いと思っとったら格好ええから…俺ドキドキしてるわ」
「へ?あ、そうなの?…ありがとう…」
「俺頑張るからな!ほんま、オリンピック選手に選ばれて大活躍して、ほんでプロで飯食うてける様にするからな!ほんまやで。嘘やないから。嘘やったら殺してくれて構わん」
その必死の物言いに神威は可笑しくてクスクス笑った。若いって素敵だなぁ。夢も目標もちゃんとあって、頑張るんだもんなぁ。
「殺さないけど…頑張ってね。応援してるから」
酔っているから明日も覚えているかは微妙だけれど。嬉しそうに微笑む岸本が可愛らしくて、神威は甘やかしたくて堪らなくなるのだった。

朝の残りの食器を洗うとハンドクリームの入ったポーチを持って、テレビを観ている岸本の横に座る。ふわっといい香りがして岸本は熱心に手にクリームを塗る神威の膝の上のポーチに目がいった。
「神威さんって…持ち物可愛いな」
「っ!!」
さっと隠したポーチ。
「に、似合わないよね…?」
「いや。隠さんでも別に…」
ピンクの花のイラストが幾つも並んでいるこの柄は北欧系のパブリックだ。
「変じゃない?」
「変やないわ。そう言うの好きなん?」
「う、うん…。キラキラしてたり、刺繍してるのとかも好きなの……恥ずかしいけど…」
「ええやん別に。恥ずかしくないわ」
「…あ、ありがとう…」
可愛いものが好きだ。でも昔、意外だと言われてからあんまり人目に晒されない物にしようと思っていた。この歳と容姿では少し恥ずかしい。
「他にも好きなもんあるん?」
「あ!…あとこのMAMBOちゃんシリーズ」
脇に置いてあった鞄から出された巾着と、丸いポーチとそれに付いた大きな白い丸い人形のキーホルダー。全部同じキャラらしい。
「MAMBOちゃんって言うワンちゃんなの。デザイナーさんの飼い犬なんだって」
「それが好きなん?」
うんと頬を赤らめて頷く。それが子供みたくて可愛らしくて岸本の頬も緩んだ。
「可愛いから…好き」
やっぱりちょっと恥ずかしい。人の持ち物を可愛い!と言うのは何も戸惑わないのに、自分が可愛いものが好きだと話すのは恥ずかしい。
「俺、覚えとくわ」
「へ?」
「神威さんの好きなもの。可愛らしいもん好きって」
「…え…あ、うん。…ありがとう…嬉しい…」
岸本を見上げて照れたようにふふっと笑うと、あかんと言いながら彼に抱き締められる。何で。何があかんのだろうか。可愛いと呟きながら、彼は頬を包むと神威の唇を掬うように口付けた。
どのタイミングで彼のスイッチが入るのか分からない。私は恋愛初心者だから余計に。
「っ、岸本君…?っ…あ、の…」
「黙って?」
後頭部から包まれて、また舌も唇も奪われる。溶けてしまいそうだ。神威は岸本にされるがままの心地よさを教授しようと、そっと目を閉じたのだった。
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