すらだん夢

□岸本 マネージャー
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とっても温かかった。この時期は足の冷えで湯上がりに直ぐ布団に直行しないと眠れないのに、温かくて直ぐ寝てしまった。
目が覚めると隣はもぬけの殻で、自分の羽布団の上に毛布が重なっていた。小さくテレビの音が聞こえるから起きているのだろう。神威はゆっくりと起き上がって髪をクリップで止めるとスライドドアを開けた。
こたつに入ってテレビを観ている岸本は、寝起きの神威を見て緩く微笑んだ。
「よう、寝てたなぁ」
お早うさんと笑う彼は爽やかだ。若さかこれも。
「珈琲貰ったわ」
「…どうぞどうぞ」
「声ガラガラっ…」
くっくと笑うそれにふっと苦笑を漏らした。
寝ぼけ眼で神威は洗面所で歯を磨いた。お年頃の口臭は彼と話す前に除去したい。スッキリしてから顔を洗って台所でお茶を淹れる。朝は渋い緑茶と決めているのだ。急須で湯呑みに茶を淹れる神威をええなぁと岸本は眺めていた。神威は気が付いていない。それを持ちながらテレビを観ている岸本の横に座って、おはようございますとちょこんと頭を下げる。
「岸本君は良く眠れましたか?」
「眠れました。神威さんは?」
「近年稀に見る熟睡でした。岸本君温かいから、お布団がぽかぽかして気持ち良かった…」
夢見心地で答えると、ちょっと顔を赤らめてほんなら良かったと小さく答えた。それが可愛くてよしよしと頭を撫でると、唇を尖らせて神威を見る。
「子供扱いやん」
「へ?…そう言うつもりじゃなかったんだけど」
ごめんね?と謝るとええよと言ってテレビに視線を向ける。
「神威さんは、今まで付きおうた人何人おるん?」
「へ?!…この容姿の人間に聞くかなぁ。多分一人だったと思うけど」
「多分って何。そうやない関係の男もおるん?」
「は?いません。いるわけ無いでしょ。岸本君はモテそうだけどね」
「俺?…せやなぁ、付き合ったのは七人位やで?ヤるだけやったらもうちょいやなぁ」
この歳で七人って多くはないのか。
「なっ…七人…は…多くないですか?」
「そうか?…でも、半年せんでフラれたりするわ」
「…へぇー。若いとそうなのかもね。…歳上の人とも付き合ったことあるの?」
「ないない。神威さんが初めて」
「じゃあ、同い年とか」
「そこら辺やなぁ。年下とか同い年」
「へぇー。……ねえ、聞いても良いですか?」
「ん?何?」
「どうして、私なの?」
「俺の好みドンピシャ」
それに信用なら無いのか複雑な顔をする神威に、岸本はあかんかと苦笑して頭を撫でた。
「ええなぁって思ってん。皐さんに話すのも丁寧やし、ありがとうございますって毎回言うやん。そう言うちゃんとした女の人あんま知らんし。それ聞いてて、ええなぁって思ってな。派手な感じやないけど、そう言うとこも落ち着いてて綺麗やなぁって」
「っ…!」
「これ、聞くと自分が恥ずかしいやろ?」
「…はい」
あっはっはと岸本は笑って神威の頭を撫でた。
「もっと言うたろか?まだあんで」
「も、もう良いですっ」
見上げた岸本の顔が意外に近くにあってびっくりした。驚いて固まっていると、岸本が目を細めて、そっと神威の顎を掴む。これは、キスされるのかと思っていると長い睫が柔く伏せられ迫ってきて、そのまま極々自然にちゅうっと唇を重ねてくる。
固まっとるわ。慣れてない感じから付き合ったことあるのはやっぱ一人何やなと頭の中で確信した。ちょっと先もしてみようか。岸本はちろっと舌先で懐柔するように神威の唇を割ってみた。拒否されるかと思ったが少し驚いた後にそっと口が開かれる。ええんか。そこから舌を口内へと。ちゅくちゅくと引っ込んだ舌先を弄ぶと、観念したのかちろりと前へ差し出してきて、岸本は本領発揮とばかりに絡めとった。
「してもええの?」
「っ…あっ…そのっ…私…十年以上…ブランクが…」
ブランクと反芻して、ははっと岸本は笑う。そっと神威の頭を撫でて。
「嫌やないん?」
「嫌じゃないですっ。…でも、あの…恥ずかしい」
「そんだけのブランクやったらな」
「すみません…仕事しかしてなかったから」
謝ることやないけど。
「…何も気にせんで?…シャワー浴びたらしよか」
「っ……はい……」
顔を真っ赤にしてぎゅっと岸本の服を掴む。自分の人生でこんなことが起きるなんて考えもしなかった。ああ、ちゃんと綺麗にして生きていれば良かったとはもう遅い。そもそも素っぴんまで早々にさらしているのだ。腹を括らねばいけないのだが。
岸本に誘導される様にしてシャワーを浴びて、我慢ならないと言う彼に手を引かれて布団に転がされた。端的に言うとされた事のない事をされた。岸本の愛撫はどれもこれも気持ちが良くて、髪留めを外したその色っぽい顔に見下ろされると恥ずかしくて死にそうだった。まさか秘部を舐められるとは思っていなくて、足の間に岸本の顔が入ると神威は慌てて足を閉じていた。その足を押し開かれ、押さえ付けられてされるそれがとてつもなく気持ち良くて、自分でもなんだか分からないまま上りつめてくたぁとしてしまった。
やり過ぎたと謝られるがそんなことはない。すがるように神威は彼の腕を掴んでキスを求める。キス好きなん?と聞かれたからこくんと頷くと、ほな、いっぱいしよかと今度は嵐のようにそうしてくれた。
なんと言っても驚いたのはそのモノの大きさで、シャワーの時は見ないようにしていたが、過去にそう言う事をした彼よりも随分立派だった。着けていたスキンも特大のものらしいし。それがされたことの無い奥を何度も突き上げるから、神威は途中で意識を飛ばした…と思う。あんまり覚えていない。声が枯れるのではないかと思う程、嬌声を上げていた筈だけど。
何度も達しているのに、俺まだいけるわと言われ、されるがままにひっくり返されたりしていたら、また直ぐに意識がどこかにいってしまった。
「……で、どうやった?」
パンツ一枚の岸本は、はぁーっと天井を見上げまだぽやぽやする神威にそう聞く。今何時かな。大分日が高い気がする。
「何か………凄かった…です…」
ほんま?と嬉しそうに笑う。
神威はされたこと無いことをされたと正直に白状し、昔のセックスを話すと岸本の眉根がぎゅっと寄せられた。いつも咥えさせられて突っ込まれて終わりって。嫌やったろうなぁ。
「災難やったなぁ。そいつ、物凄く下手やで」
「そ、そうなんだ。そう言うものなのかと思ってた」
「あかんあかん。えー…そんな奴おんねんな」
「き、岸本君は違うんだね」
「そら…セックスは女の人喜ばせてなんぼやろ」
「っ!!」
確かに、喜ばされた。あんなに気持ちの良い事は初めてだった。この行為に溺れる人がいることが信じられなかったが、確かにこんなことをされては溺れてしまうだろうな。
「…あ、ありがとう…」
「ん?」
「そのっ……初めて…あのっ…気持ちいいと思いました」
恥ずかしくて布団を引き上げて目だけで岸本を見つめると、彼はふっと照れ臭そうに笑って神威を布団毎引き寄せた。
「なんぼでもしたるわー。朝飯前やもん」
よしよしと頭を撫でられて神威はうんと頷く。うんって頷く顔可愛いな。子供みたいで可愛い。
「なあ、まだ居ってもええ?夕方には帰るから」
「居てください。好きなだけ」
はあーあと言って神威は岸本にすり寄る。
「眠いん?」
「…うん。とっても、心地良いから…」
良く眠る人だ。俺も寝るかな。
「神威さん、俺も布団いれて」
ん、と持ち上げられたそこに入り込むと岸本は神威の柔肌を引き寄せて、気持ちええと言いながら揃って眠ったのだった。


岸本がここのバーに飲みに来るようになったのは一年程前。カウンターでママ件バーテンの皐さんのジントニックが美味くて一人でやって来ていた。
その日はたまたま、阪神巨人の巨人師匠が来ていてカウンターは満席、帰ろうとしたら目敏くそれを認めた巨人に手招かれた。
「あら、きしもっちゃん」
「兄ちゃんでかいなぁ。ここ、帰るから座り」
劇場でもテレビでも良く観ていた大御所の隣を勧められ座ると、何飲む?今日は俺の奢りやからなと楽しそうに笑うからいつものジントニックを頼んだ。
酒が着くと乾杯と言ってグラスを付ける。巨人は話し上手だが聞き上手だ。南海電鉄のバスケ部にいることやらプライベートな事を話してつい、先日彼女にフラれたことを話してしまう。
「どんな人が好みなん?」
「あんまし華奢な人は好きやなくて、理想は背が高くてがっちりした人がええです。あんまそう言う女の人おらんけど」
ほんま?と巨人が食い気味に言うから変なことを言ったのかと思ってたじろいだ。
「歳とかは?」
「それは、別に。あ、でも…同い年とか年下ばっかりやから上の人とも付きおうてみたいですね」
そこまで言うと、巨人はママと顔を見合わせる。師匠!ほら、おるやん!とママは嬉しそうだ。
「好みがあるやろー。顔とか…なあ?」
「どなたかいらっしゃるんですか?」
「師匠のマネージャーさん。前のな。神威ちゃん言うんやけどお店にも時々一人できてくれるわ」
「今はやすともに付いてんねん。そうか、皇さん来るんやな」
「師匠、写真ないの?あったら、きしもっちゃんに見せてやってー」
見るだけ見るか?と聞かれるからこくこく頷く。
「男っ気なしやからなぁー。気に入らんかったら無理せんといてなー」
これが一番まともかと笑いながら見せてくれた写真に岸本はあっと声を漏らした。
「今、三十三歳かなぁ。ええこやでー。よう気が付くし、真面目やけど面白いわ。優しいからなぁ、マネージャー大御所内だけで回してんねん」
好きなだけ見たらええとスマホ毎手渡された。岸本はそれをじっと見つめる。ブラックのロングワンピースを着て、シンプルなのだがパールの装飾品が品があってよく似合っていた。優しげな笑みを浮かべていて、岸本が今まで関わったことの無い類いの女性だった。
「あかんよー。神威ちゃん担当変わるとまた大御所になったって緊張して悩んでんねん」
「ほんまかー?平気やて悩まんでも。きよしさんも、カウスさんも気に入ってん。やすともやってそや」
まったくと苦笑するママはふと隣の岸本を見て、そっと指差した。ん?と巨人はその先を見て笑みを浮かべる。これは、ええ感じか。
「兄ちゃん、どや?あんましやったか?」
「いやっ…このお姉さん…ほんまに彼氏居らんのですか?」
「おらんわ。ずーっと仕事してるで。あ!これな、新年会の時のパーティーやからいつもより綺麗にしてるわー。普段はこっち」
すいっとスライドさせた写真は、黒のウィンドブレーカーと黒のスウェットでこれはこれでキリッとしていて格好良い。街ブラのロケやからなラフやけど局の時はスーツ着てるわ。身長百七十二cmあんねんと笑う。
「神威ちゃんは可愛いわ。礼儀正しいし、品があってな。綺麗な空気纏ってる子やで?」
「いつ来ます?」
「…ほんま?兄ちゃん、ええと思うん」
「会うてみたいです」
あらーっ!と嬉しそうなママと巨人。
俺が言った言うたら怒るで皇さんと苦笑するから、ほんなら私が仲介したる!と張り切るママ。
「神威ちゃん来たらな、きしもっちゃんに電話したるから」
「ほんま?おおきにおばちゃん」
ええなぁーええなぁーと楽しそうに言うママ。忘れんといてなと念を押すと巨人が付き合ったら教えてなと悪戯っぽく笑った。
それから少しして店を訪れて奥のカウンターで飲んでいると、三人向こうに座った女性に岸本は目を丸くした。後ろで髪をぎゅっと纏めて、こんばんはとママに挨拶をする。すっと戻ってきたママはあの子やでと岸本に囁いて奥に引っ込む。残念ながらよく見えないが注文の声は優しくて静かな声だった。きっといい人なのだろうと分かる。礼儀正しくてと言っていたそのままで、ママにお願いしますとかありがとうございますとかちゃんと言う。関西人ではない。
「あ、せやった。神威ちゃん、この前な巨人師匠来てたわー」
「あ!そうなんですか?…最近お会いしてないんですよ。もうそろそろお会いできそうな気がするんですけど」
「M-1か!漫才の!」
隣の客がそう言うから、神威は身体をこちらにして話している。岸本はふいと左を見やって、隣の客の頭の上から神威を見ることがほんの少し叶った。
「予選から見てるーって言うてるもんな」
「はい。あれは本当なんですよ。若手の漫才を袖で観ていらして、アドバイスもくださるんです。師匠は本当に立派なお方です」
「神威ちゃん今だれやったっけ?」
「やすともさんです。お二人もとっても優しくて素敵なんです。でも、来年は若手になるかなぁ。見取り図かなぁ、多分」
初めて若い芸人さん担当するんですと苦笑する神威は気持ちの良い可愛い人だと思った。皇神威さんか。
神威は二杯程飲んでスッと帰っていった。ママは岸本に寄ってどやった?と言う。
「ええ感じの人やな。…次来たら話し掛けてみるわ」
「よっしゃ。おばちゃん、仲取り持ったる」
そうやって話を付けてやっと会えた。もう行くしかないと思っていて不思議だがフラれる気はしなかった。おばちゃん師匠に言うんかなぁ。そうしたらきっと驚かれる事だろう。それもまたおもろいかもと岸本は可笑しくて自然と笑みが溢れるのだった。

二人で目が覚めたのは夕方近く。寮では休日は食事がでないからと、神威は有り合わせのものでご飯の支度をした。豚肉の生姜焼きとごはんとなめこの味噌汁。それに、作っていたきゅうりの浅漬けと蒟蒻の醤油煮に冷凍のエビフライを少し揚げた。
美味いと言って綺麗に全部平らげる。その食べっぷりは気持ち良く惚れ惚れするものだった。
「次、いつ逢える?」
部屋を出る時に岸本はくるりと振り返って神威に聞いた。
「後でLINEするよ。会社行ってスケジュール確認しないとね」
「絶対やで?」
「はい。…岸本君も予定教えてね?私も合わせる様にするし…」
「男が合わせんねんそんなん」
「……そうなの?……岸本君は優しいのね」
ほうっと嬉しそうにするそれに岸本はむず痒くなる。
「あほ。…ほな、俺行くから。…またLINEする」
「うん。気を付けてね。それから、ありがとう」
嬉しかったと微笑む神威を引き寄せて、岸本はちゅっとキスをした。
「飯美味かった。料理上手なんやね神威さん。…俺、ちゃんと大切にするからな。これはほんまやから。何も心配せんでな?」
「うん!…ありがとう」
名残惜しさでもう一度岸本はキスをして抱き締めた。玄関を開けて見送ってくれる。エレベーターホールに向かう曲がり角まで神威は熱心に手を振ってくれた。
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