すらだん夢

□ライバル
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海南の文化祭。
三日間の予定の二日目の午前中翔陽との試合があった。
神威達二年生は音楽ホールでの公演があり時間がなく体育館に行くことが出来なかった。そこで牧は命の恩人の為に花形を音楽科の公演に行かないかと誘ってみた。すると花形はあっさりと行くと言ったのだ。
「花形、この間生徒手帳落とした音楽科の女子が気になってんだぜ。えっと、名前は…皇、神威?」
「藤真!!」
「皇なら今日の公演に出てるぜ。今日は二年の生徒のステージだから…」
神威の恋心を分かっている武藤のぬかりない一言。神威が出ると分かった時の驚いた花形の顔で、イケるとまで確信した。
「ラッキーじゃん!花形、幸先良いな」
「だから、そうじゃないって!」
「まあまあ。行くってわかったら、俺、孝明に席空けてもらってくるわ」
武藤が音楽ホールの方に走る。
「じゃあ、食堂にいるからな!」
その背中に言葉を投げると片手をあげて武藤はそのまま走っていった。

照明がスッと落ち、真っ暗闇になったと思ったら、ティンパニーと弦楽器のテンポの良い音楽が始まった。
客席の最上段はビロードのカーテンで仕切られていたが、そこがばっと開かれると神威が現れた。
「Don't tellme not tolive, Just sitandputter, Life'scandy andthe sun's Aballof butter. Don't bring around a cloud To rain on my parade!」
見事な英語だ。インカムをつけているが、声量もなかなかだった。客が一様に後ろを振り返るのにならって、花形達も声の先を見る。間違いない。皇神威だった。
客席を見渡し、彼女は階段を降りながら歌う。
「Don't tellme not tofly I've simply gotto. If someone takesa spill, It'sme and not you. Whotoldyou you're allowed To rain on my parade!」
どの角度からも日本語の訳が見られるようになっていた。
強い決意の声音に、その歌詞の意味が重なり、そこに神威自身を重ねていた。
牧は、小さくて可愛い子になりたいと言った神威のコンプレックスを思い出した。
この歌は、そんな事を吹き飛ばす不屈の歌だ。彼女にあっている。私の邪魔をしないで!私は、欲しいものは必ず手にいれるのだからという。
「I'll march my band out, I'll beat my drum, And if I'mfanned out, Your turnatbat,sir. Atleast Ididn't fake it. Hat,sir, IguessI didn'tmake it!」
見惚れていたのだ、彼を見つけてしまったから。
ちょうど花形の席だった。本来は孝明が座っているはずなのだが何故花形が。そこで、何をしてしまったのかと自分で呆れてしまったがやるしかない。
神威はそのまま通路側の藤真の座る椅子の手すりに腰を掛け、隣の花形を見つめたまま歌い、振り付けまで完璧にしたのだ。
やられた花形は驚いて顔を赤くしている。指で額をちょんっとやられただけと言えばそれだけだが。
「おい。花形、これは絶対大丈夫だろ」
藤真は神威が花形を見つけてわざわざやって来たとしか思っていない。
「But whether I'mthe rose Of sheer perfection, Afreckle on the nose Of life'scomplexion, The cinderor the shiny apple of its eye」
両手を広げて歌い、元気よく階段を下りてステージに上がる。
「Igotta fly once, Igotta tryonce, Only can die once, right,sir? Ooh,life is juicy, Juicy, andyou see Igotta have mybite,sir!」
客席へ身を乗り出しながら身ぶり手振りで歌う。
途中花形は目があったように思う。いや、絶対に目があった。
「I'mgonna live andlive now, GetwhatIwant--I know how, One rollfor the whole shebang, One throw, that bell will go clang, Eye on the targetandwham One shot, one gun shot,and BAM Hey, Mister Arnstein, Here I am!」
私はここよ!!
もう、花形は胸がドキドキした。自分がミスターオースティンになった気分だ。見つけて上げたい。
「I'll march my band out, I'll beat my drum, And if I'mfanned out, Your turnatbat,sir, Atleast Ididn't fake it. Hat,sir, IguessI didn'tmake it.」
両手を広げて客席の両方の通路を示す。すると、続々と音楽科が揃いの衣装をきて下りてきた。
客席は割れんばかりの拍手で彼らを迎えた。
普通のクラスよりも少し少ない彼らは、専攻以外の事もこなし、ステージが回るようにしていた。今回は神威がアメリカで出会ったグリーに強く影響されたステージになっていた。
「Getready for me, love, 'cause I'ma comer, Isimply gotta march, My heart'sa drummer. Nobody, no, nobody Isgonna rain on my parade!」
力強く目が眩む様だ。
客席はおおいに沸いた。立ち上がり拍手と歓声を送る。
「スッゲー」
藤真は思わず手を叩いた。なんつう歌唱力だ。
「おい、花形。お前が惚れたのは高嶺の花なんじゃないか?」
「…本当だな…」
その後は代わる代わるのショーだ。神威は伴奏ピアノを他のピアノ科と交互にこなした。
休憩の後、電子ピアノと二学年の弦管打楽器専攻の楽器と、鍵盤ハーモニカによるラプソディーインブルーだった。
真っ暗な中、神威と上沼みちかが、それぞれ熊と兎の着ぐるみを来て、鍵盤ハーモニカを持って用意していた。
パッとピンライトが二人を照らすと客席は何が始まるのかとざわついた。
そして、神威とみちかが見合せ合図するとクラリネットで始まる冒頭を二人が鍵盤ハーモニカで演奏し始めた。
「鍵盤ハーモニカって、あんな風に吹けるのか」
花形が関心したように呟いた。牧と藤真は隣で頷いた。
選曲も構成もクラシッククラシックしていないので、牧のようなクラシックにあまり馴染みの客にも楽しめるものだった。
演奏は大成功だろう。
大きな拍手のなか着ぐるみの神威とみちかが現れ、二人揃って着ぐるみの頭部を外した。
「やっぱり、皇だったか!」
武藤は笑っている。誰もが避けた着ぐるみと鍵盤ハーモニカに手を挙げるなら、神威と室長のみちかだろう。
「アンコール!」
「アンコール!」
それに顔を見合わせた神威とみちか。後ろに合図をすると、皆楽器をおいて舞台の縁に一列に並ぶ。神威は着ぐるみを腕をすぽんっと外すと、空いたピアノに座った。
「本日は、私達二年二十八組音楽科の演奏会にお越しくださいましてありがとうございました。アンコールにお答えいたしまして、ミュージカル レント よりシーズンオブラブを最後にお送りいたします」
ドラムやキーボード、ベースの準備が整うと、タイミングを見計らった神威が前奏を弾き始めた。
「Five hundred twenty-five thousandsix hundred minutes Five hundred twenty-five thousandmomentsso dear Five hundred twenty-five thousandsix hundred minutes How do you measure,measure a year?」
525600分。一年を何で数えようか。



武藤達に連れられて舞台の後ろに行った。
孝明に神威を呼んでと頼むと、心当たる節があるらしく彼は了解と控え室に消えた。
「邪魔者は消えないとなー」
藤真と武藤がニヤニヤするのに対し、牧はキョトンとしている。
「ホールの出口にいるからな!」
高砂が牧を押す形で、皆はさっさと舞台裏から出ていった。
「花形…くん?」
はい、と返事をすると神威は走りよってきた。
「あの、ごめんなさい!あの席、違うの!」
「へ?」
なにがなんだか分からない。花形は首をかしげた。
「本当は孝明が、クラスメイトが座ってるはずで…。ビックリしたでしょ?ごめんなさい!」
そこで理解できた。なんだ、選んできた訳じゃないのか。そこで自信が萎んでいくのが分かった。
「いや、大丈夫だよ」
「歌いながら、ずっと考えちゃって。その、…あー、あの、えっと」
「俺、告白されたのかと思ってあの歌聞いてた。ごめん、恥ずかしいな」
「いや、でも、本当は違うんだけど、そう聞こえてたら、嬉しいかなって」
「え!?」
「いや、迷惑だと思うから、ごめんなさい!忘れてください」
「皇さん?」
「花形君と目があって、ドキドキして、それで、ここまで来たらえいって花形君にそう言う風に聞こえてたらいいなって思って歌っちゃった」
どうしようと困り顔で、もう真っ赤だった。
と言うことは、私はここよ!!は自分に向けて本当に歌っていたのか。花形は自分の下心が現実になっているのを感じた。それなのに、興奮でふわふわして感覚がまるでない
「席も、下から振り返って上がるとき花形君を見つけちゃって」
もういいやと思って白状してしまった。
結局、寮の訪問者記帳の丁寧な字に惚れて、牧達が見せてくれた選手名簿の写真で一目惚れした結果がここだ。
「それって、やっぱり俺の所選んできてくれたってことだよね?」
「そうなるよね!ごめんね、こんなデカイ女が花形君みたいなスッとした格好いいひとの所に自分の意志で行って、さも演技ですって振る舞った挙げ句、こんな変な話して」
もう泣きそうだった。
確かに、歴代の彼女達の共通項は何一つ被らないし、背だってきっと彼女達より二十センチ位高いだろう。しかし
「隣に立つのは俺だよ。皇さんよりデカイんだから」
思わず手を握っていた。大きいが柔らかい手だ。
よく知らない女子に告白されることはよくあった。神威もその部類にいたはずなのに。知りたいと思ったのは初めてだし、自分から先に思いを告げなかった事を後悔したのも初めてだ。
「先に言わせてごめん。俺、皇さんの事もっと知りたいし俺のことも知ってもらいたいんだ。だから、付き合ってくれないかな」
「はい、喜んで!」
少し食い気味の、どこかの焼肉屋の受け答えみたいで、花形は笑ってしまった。
「あ、で、でも、本当に良いの?…大きい人ってちっちゃくて可愛い人が好きなんじゃ…」
「えっと、それは人によるね」
「本当に!…良かったー!」
「あ、でも俺、あんまり会えないかも」
「大丈夫だよ。忙しいんでしょう練習?気にしないで、バスケ頑張ってね。あ、試合教えてね観に行くから!」
「うん。あ、皇さんって本とか映画好き?」
「好きだよ!美術館も好き」
「じゃあ、今度行こう。観たいのとかあったら、教えて」
携帯のアドレスを交換して、花形は藤真達の所に戻っていった。
「…あらー神威!あんたもしや!」
「人生初の彼氏!」
「あの人?あ、生徒手帳の王子様!」
「何々、皇お前やったなー!」
「やったー!!」
皇に背の高い他校の彼氏ができたとその日の内にクラス中に知り渡る所になった。

花形に彼女がまたできた。しかし今度は趣味が大分違うと。
「夏の大会で一志にぶつかった子!」
「…ああ!背の高い」
「え、花形女バスの子と付き合ってんのか?!」
そりゃ珍しいと高野は納得している。
「違う。海南の音楽科…」
「海南の音楽科!?」
「何でまた?住む世界が違い過ぎんだろそれ」
「でも、なんつーか、お嬢様って感じでも無さそうだけどな」
藤真が思い返してみてもどっちかと言うと極々普通の家庭のような気もした。それなら、山藤桜の方がよっぽどお嬢様お嬢様しているだろう。
「逢ってみたい」
「俺も!」
「だとよー花形」
「…少ししたらな」
「つかさ、そう言う学校に行かせる親って何の職業やってんだろーな」
「医者か社長か弁護士ってとこじゃん?」
永野は何となく目星を言ってみた。何となく金持ちの職業だ。
「聞いてみるかな…」


「皇さんのご両親って何をしてるの?」
高野達との話が気になっていた。
話の流れで、花形は家族のことを話した。
「えっとね、弁護士だよ。二人とも」
永野のいった通りだ。
「へぇー!お母さんも弁護士?」
「いやっ。正しくは、うちのお父さん二人ともって事なんだけど…」
「へ?」
どういうことだ。花形は頭が混乱していた。
神威が慌てて話始める。
「あのね、うちの両親はゲイなの。だから、母親はいなくて、父親とパートナーに育てられて。私は日本人の父の血だから、日本人なんだけど、もう一人のお父さんはフランス人なんだ。二人とも国際弁護士でね、今はニューヨークで仕事してるの」
花形にはひとっつもぴんとこない。きっと自分は呆けているのだろう、神威は困っている。
「えっとね、あの。…私にお母さんがいないっていうのは」
「うん」
「お父さんがゲイだから、お母さんの代わりにお父さんが二人っていうのは」
「うんうん」
「私は日本人の方のお父さんと代理母の産みの親の女性も日本人だから、国籍も日本人ね」
「ああ!代理出産か…」
「そうそう。でも、お父さんのパートナーはフランス人のポール。うちの両親は二人ともお父さん」
「なるほど」
「お父さん達は子供が大好きだったから、代理母を頼んだの。いっぱいいじめられたけど、私はジェンダーで差別する人間なんて大っ嫌いだから全然大丈夫」
それは想像に容易かった。
ゲイの両親なんて珍しいにも程がある。世間体に縛られる日本なら、ろくでもない奴が絶対にいるはずだ。
「花形くん、引いた?嫌いになる?」
「引きはしないよ。初めて聞いた話で難しい話だけど、嫌いにはならないよ。そう言うご両親だから、今の皇さんがあるわけだしね」
神威の手をそっと握る。
「…今度さ、皇さんをいじめた奴踏みつけてやろうか?」
神威は目を丸くしてから声をあげて笑った。
「ありがとう。花形くんは優しいんだね」
神威は花形を手まねいてその耳元に口を寄せた。

「でも、ぼっこぼこにしたから大丈夫っ…て…?」
練習終わりの部室。そう言えばの話になって、花形は仲間達にこの間のことをつつかれ話したのだ。
藤真は爆笑している。日本よりキリスト教の強い国はゲイにも厳しいと調べた本に載っていた。アメリカにいたときがそうだったのだろう。東京では日本人父親とその姉との生活だったようだ。
「おもしれぇ。やっぱ逢ってみたい」
永野と高野は花形の様な真面目には随分不思議な組み合わせだと思っていた。でも、それが良いのだろう。学年一の秀才には。
「そっか。親がフランス系のアメリカ人なら、あれだけ英語が上手いのは頷けるな」
「中学までアメリカだったって」
「やっぱりお嬢様か」
「ははは…」
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