すらだん夢

□ライバル
2ページ/12ページ

「もー!あんた馬鹿じゃないのー」
「本当だよ。皇、絶対変人確定だぞお前」
「だって、本物めちゃくちゃ可愛いよー」
それもそうだが、一目惚れしてしまった牧の思い人が一瞬でわかってしまったそれも辛い。あってすぐの玉砕。あり得ない。
「そりゃあ、あんたは身長百七十オーバーのデか女だしね。可憐には程遠い欧米スタイルだしねー」
傷口に塩を塗るのは美恵子の専売特許だ。
「やめてー。それ傷付くわー」
「でもさ、大丈夫。あっちは神奈川のスター、先はもちろん日本の宝。あんたは名無しの権米。すぐ忘れてもらえるわよー」
「それも嫌だけど、仕方なし…」
大人しく、三人は海南よりの観戦席に向かった。しかし神威はもやもやと言うかむしろ気が急いて仕方がない。本物を見てしまうと、やっぱり対抗意識が燃えてしまう。山藤桜に負けるわけにはいかない。
「孝明、ごめん。やっぱり、練習行ってくる」
「そう言うと思った」
二人は笑っている。それでこそ、神威だ。
「終わったら高校よるから、寮には一緒に帰ろうね」
「ありがとう!じゃあ、またね。武藤くんによろしくね!」
神威は早々に席をたつと、アリーナを出た。コンクールに合わせるなら、海外の講習会は早い時期のものがいいだろう。それなら、先生と相談しなくてはならない。そんな事を悶々と考えていたら胸のした辺りになにかがぶつかった衝撃を覚えた。
「きゃっ!」
「きゃ?…へ?」
下を見ると小柄な少女が鼻の頭を押さえて神威を見上げている。
「ああ!ごめんなさい!!大丈夫、お嬢さん?」
「なっ、私お嬢さんって年じゃ…!あー!」
「へ?」
「あの、皇神威さん。あの、ほら、比島孝明君の伴奏の!」
「え?ああ、はい、はい!そうです」
「やった!逢えた!ビッシー!ビッシー!!」
向こうからぷらぷらやって来る男が目にはいったが神威はそれどころじゃない。一秒でも惜しいのだ。
「あの、お嬢さん、どこのどなたか存じませんが、急いでいるものですみません!」
律儀に一礼するとだっと走りだし、そのまま原田の横をスーっと走り抜けていった。
「デかっ!」
自分と変わらないだろう神威の背中を見る原田。
「ビッシー!今の皇神威さん!」
「何!?」
もう一度振り返ってもそこには誰もいなかった。
「あれが皇神威。なんか、デかくなってないか?」
「分かんないよ、ステージの上だったし」
原田は嫉妬していた。惚れぬいた晶があからさまに興奮して伴奏されたいとか言い出したのだあのあと。許せないが、確かにあのピアノは上手かった。桜とは真逆の上手さだ。だが、日本のピアノコンクールでは見たことがない。それも、何だかムカつく。
「金持ちのお嬢さんが、何かんがえてんだか…」
陵南には山藤三姉妹がいる。今まで互角の争いだったが、来年は完全に陵南が上になるはずだ。

「いてっ!」
出るまでに迷い、ようやく外に出られると思ったら、今度はデカくて固い人にぶち当たった。
「うっ!…ごめんなさい…っ!」
見上げれば壁のように立ちはだかるジャージ姿の男だった。髪の毛はつんつんだ。不良かと思って、神威は目を丸くして長谷川を見つめてしまった。
「俺は大丈夫だけど、キミは大丈夫?」
「あ、だ、大丈夫です、大丈夫です。本当に、すみませんでした」
腰を屈めてドアから外に出ると、彼女は一目散に駆け出した。
「…随分デカイ女子だな」
「女バスじゃないか?」
行こうぜとぞろぞろアリーナに向かう藤真達。彼女の忘れ物に気が付いたのは、最後にドアを潜った花形だけだった。
「生徒手帳…ないと困るよな…?」
パラパラと捲れば海南大附属とあった。
「皇、神威…ね」
藤真より少し小さいくらいか。生徒手帳に書かれた音楽科の欄に、運動部じゃなくてもあんなに大きい子がいるのかと花形は感心していた。

「桜ちゃん!聞いてー!」
試合終了後。待ち合わせた場所に来たのはいじけた原田と嬉々とした晶だった。
「クロ、なんか大丈夫?」
「心が…痛い」
「大丈夫よ!それよりも、私会っちゃった!皇神威さん!」
「ああ!やっぱりあの子は皇さんだったのね」
「何で知ってるの?」
「え?あのね、名前呼ばれちゃったから」
フフフと笑う桜。
「えー!ズルい!私なんてお嬢さんって言われたんだから」
「ああ、晶ちゃんより随分背が高いもの、お嬢さんに見えたのよ」
ぷりぷり怒る晶を宥め、桜と原田は三人で陵南を待つことにした。


その日の夜。
宣言通り神威は学校で練習をし、消灯一時間前に美恵子と孝明と寮に滑り込んだ。
「皇さん、これお届けものよ」
夜勤の寮母さんに渡されたのは生徒手帳だった。落とした覚えはないのだがとキョトンとしていると、寮母さんが笑っておいでと手招いた。
「バスケの会場で落としたみたいよ。ほら、この子が届けてくれたの。凄く背の高い男の子」
訪問者の欄には翔陽高校 花形透とあった。とても綺麗なきちんとした字だった。だが彼女がとっさに思い浮かべたのはぶつかった長谷川だった。
「違うわよ!眼鏡かけた子だった。礼儀正しい、インテリって感じの」
もしまた会ったらお礼言わなきゃねーと寮母さんは事務に消えてしまった。
「え、誰だろう…」
「神威!何してんのよ!ご飯食べてお風呂入んなきゃいけないんだから、さっさとする!」
「え?あ、はい!!」
花形の事は一先ず保留だ。
忘れないでおこうと鉛筆で一番後ろのページに名前を書いた。

「花形、お前どこ行ってたんだよ」
会場からの帰り道、寄るところがあるから先に行ってくれと藤真達と別れた花形。その足で海南の音楽科寮に生徒手帳を届けに行っていたのだ。
「海南」
「はあ?敵情視察か?」
「違う、違う。えっと、皇神威さんを訪ねて海南の寮にな。ほら、昼間長谷川がぶつかった女子がいただろ?」
藤真は思い出そうと今日を振り返ってみる。
「あ!いたな。ぶつかったデカイ女子。海南の女バス!!」
「それがな、女バスじゃなくて音楽科だったんだ」
「音楽科?!」
「そうそう。その子生徒手帳を長谷川とぶつかった時に落としたみたいでさ、そこに書いてあったんだ。俺はそれを寮に届けにいったって訳」
「はあー!なるほどな。あ、それより、今日陵南席にめちゃくちゃ可愛い女子がいてさー。どっかで、見たことあんなあって思ったら、この間の新聞の子だった!」
少し前に、藤真が嬉々として持ってきた号外新聞だった。確か登校途中でもらったとか言っていた。
「山藤桜!俺クラシックとか分かんないけどすげえ美人だったから」
「思わず貰ってきたんだろ?」
山藤桜は日本音楽コンクールグランプリをとって、地元紙の号外のトップに載っていたのだ。演奏もさることながら藤真の様なミーハーを誘う可憐な容姿。高嶺の花に相応しい人だと花形は思っていた。
「そうだよ!それが、前の席に座ってたんだよな」
「へえー。陵南の応援か…」
「あーあ、俺もあんな子に応援されたいわ」
「あすかちゃん…」
「おまっ!別れた女の名前なんて言うなよなー!」
珍しく藤真がフラれたと部内では持ちきりだった。
「お前だって最近別れたくせに、何でそんな飄々としてんだよ!腹立つな!」
ろくに知らない女子に告白されて、可哀想だったから付き合ったのだから、思い入れは特にない。だからと言って適当には接しはしないが、結局忙しくて会えないとなると、思っていたのと違うと言われ別れるのだ。
思っていたのと違うとはどういうことだろうか。
だから、そんなことで一々落ち込んだりはしない。
「別に。飄々となんてしてないさ。いつもと同じだ」
「ったく。あ、陵南と練習試合組めばあの子応援に来るんじゃね!?なあ、陵南と練習試合しようぜ!」
「だから、下心しかないだろう。止めろそれは」
「ちぇっ。…あーあー、もう一回生で見たい山藤桜ー」
藤真がぶつぶつ言っているのを眺めながら、花形は生徒手帳の神威の顔を思い浮かべていたのだ。


夏休みももうすぐ終わる頃。練習終わりで寮に帰る途中、脇の体育館から漏れる明かりと人の声が聞こえてきた。
静かに近寄って窓から覗くと、中には牧と武藤と高砂がいた。神威は思いきって花形について聞こうと、いくつもある扉のひとつを横に開けた。
「…あれ、えっと、皇さん?」
桜の名前を教えてくれた命の恩人だ。牧は名前を忘れずに覚えていたのだ。神威はもう叶わないが一目惚れした牧に名前を呼ばれて凄く単純に嬉しかった。
「こんばんは」
「おっ、皇じゃん。何、どうしたんだよ」
「…あ、ねえねえ、武藤君。翔陽高校の花形くんって知ってる?」
「花形?ああ、バスケの?」
「そう!」
傍らの牧はさっと神威に選手名簿のコピーを見せてくれた。
「こいつだけど、皇さん知り合い?」
眼鏡を掛けている。インテリっぽいといった寮母さんの話と合う。そして、格好いいと思った。背が凄く高い百九十七センチだ。高砂と同じポジションらしい。
「この人か!…あ、あのね、この前の体育館で、この人にぶつかって、落とした生徒手帳を花形君が見つけて寮に届けてくれたの。でも、私いなかったからお礼も言えなくて」
ぶつかった相手は長谷川だった。随分デカイのにぶつかったなと三人は笑った。
「そっか。それは大変だったな。…そういえば今度の文化祭の試合翔陽だよな?」
「ああ、監督が言ってたな」
高砂がそういえばと別のプリントを引っ張り出した。
「二日目が翔陽だ」
高砂の指差す所に確かに書いてあった。
「皇達も二日目だろ?公演」
「あ、うん!そうだよ!」
「だったら、花形も誘ってみるか。その方が皇さんの公演終わったらお礼でも何でもすれば…」
「でも、疲れてるから帰りたいんじゃないかな」
練習試合の後だ。午後の公演の前に、帰りたいと思うのではないか。
「そこは、牧が何とかするから」
「おう!そうだよな牧!大丈夫、心配すんな皇」
高砂と武藤が半ば強引に牧に大役を押し付けた。見ていればわかる。これは、恋をしている女そのものだ。
もちろん、嫌とは言えず牧は首をたてに振った。
「よろしくお願いします!」
勢い良く頭を下げる神威。
牧だけは、神威の恋心を理解していないようだった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ