夢幻現世録

□プロローグ
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伶司「あ〜…終わった終わった。」

誰に言うでもなく呟きながら俺は椅子から立ち上がった。
今日も今日とて大学の講義に出席。
将来役に立ちそうもない、ありがたい(?)お言葉を聞いた。
このまま講堂にいたら全身を巡る眠気に負けてしまいそうなので、顔見知りへの挨拶も程々に外へと出る。
講堂から出て廊下を歩いて数分、やっと建物の出口へ辿り着く。
無駄に広いんだよな、と一人思いつつ外に出る。
外へと踏み出すと同時に温かい春風が頬をくすぐった。

伶司「もう、すっかり春だな…」

立ち止まり空を見上げるが、それも一瞬の事。
妙に感慨深くなった自分に、もう歳かと思い、苦笑いしてしまう。
そんなやり取りをしながら歩くこと20分。
やっと大学の門まで辿り着いた。

どういう訳か俺は金持ちらしい。
母さんは小さい時に死んだ。
父さんも訳のわからない仕事でほとんど会えないままに、3ヵ月前に事故で死んだ。
中学までは親戚の家、高校からはずっと独り暮らしでやっていた。
毎月仕送りが振り込まれていたのだが、何故か必ず1000万入っていた。
学費と生活費を差し引いた所で数百万余るわけだが、それを頑張って使い込んでも、来月には何もなかったかのように1000万に戻っていた。
最初は何の間違いかと思ったが、どうやら正真正銘のリアルらしかった。

そんなこんなでちょっと良い大学に入ったのだが、敷地が広い。
更に講堂までの距離が長く、正直鬱になりそうなくらいダルい。
ま、案内とかを確認せずにこの大学を選んだ俺が悪いんだけどね。
溜め息を吐きながら門を出ると、見知った顔が2つあった。

勝「ん…いい若者が溜め息なんて穏やかじゃないな?」


黒いスーツに知的な眼鏡。
年長者を思わせる口振りのこの人、名前は士崎 勝。
俺の一つ年上で兄のように慕っている。


佑香「………」


無言のまま深く頭を下げるメイド服の女の子。
名前は七海 佑香。
俺と同い年で…まぁ、何とも言えない関係である。


伶司「今日も今日とて、奇妙な二人組ですね…早いこと行きましょう…」

佑香のメイド服が人目を引き始めたので移動を促す。
二人も同意したらしく俺についてくる。
大学の門から歩いて約20分、俺達は小さな公園へと来ていた。
入って少し歩いた所にある長いベンチに腰かける。

伶司「今日も、あの話ですか…?」


勝「ああ、そうだ…まだ決心はつかないのか…?」


佑香「………」


もうこれも何度目のやり取りか。
この二人はまた俺を説得しにきたのだ。
分かりやすく言うと、父さんの仕事を継いで欲しいそうだ。
今は勝兄が代理で管理しているらしいあの施設。
俺の嫌な思い出がある、あの施設。

伶司「答えは変わりませんよ…。決心がどうこうの問題じゃない…」


佑香「で、ですがこれは伶司様の為でもあるんです…」


おどおどと佑香が口を挟んでくる。


伶司「俺の為…?確かに父さんのおかげで金には困ったことないけどな。だけどたった一人の家族を親戚に預けてまで熱心にやっていた仕事には俺は誇りと責任を持てそうも無い。」


佑香「ぁ……ぅ…」


泣き出しそうな顔で萎んでしまう佑香に悪いと思いながらも俺は言葉を続けた。


伶司「俺はあの施設を継ぐ気はまったく無いです。何度二人が来ても答えは変わらない…変えない…」


ゆっくりと感情を込めて二人に言った。
二人も流石に言葉の重さを知ったのか諦めた様子だった。
二人は立ち上がり、また会おうと言って帰って行った。
俺も何だか気が滅入ったのでその日は真っ直ぐ家に帰る事にしたのだった。


今思えば、この日が俺の一般人として過ごせた最後の日だったんだなと思う…。
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