長編『無敵に恋するトリッパー』
□3・東の姫か 西の妖精か
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3.東の姫か 西の妖精か
揺らぐ蝋燭の明かりが、今日は常にない客人の顔を明るく照らし出している。
先ほどまでと違い、静かに寝付いている彼女は、少し褐色の懸かった黒く長い髪に赤く染まった頬と驚くほど魅力的だ。
ああ、もしかしたら。
魔法のランプを手に入れたアラジンが恋焦がれたという、東洋の姫はこのような顔をしていたのかもしれない。
だとしたら、ランプの精は飛んだミスを犯したことになるな。
件の姫君を主の下ではなく、私のところへと運んでしまったのだから。
どれくらいの時間だろう。
このようにつらつらと夢物語にも似たことを考えていると。
突然、娘が大きく伸びをして、ごそごそと動き出した。
そのままむっくりと起き上がった彼女は暫く不機嫌そうな顔で、あちらこちらを見回している。
きっと今一つ状況が掴め切れていないのだろう。
さて。この後、彼女はどうするだろう。
また逃げようとするか。
それとも泣き叫んで部屋に閉じこもる?
どちらにせよ、それが私を拒む行為であることは想像に難くない。
目を開けた瞬間、広がっていた光景は美しい王子の待つ、きらびやかに飾られた王宮なのではなく、太陽の光に拒まれた私と、この我が家なのだから。
「すっ………。」
案の定彼女は恐怖に駆られ、下を向いて小刻みに震えていた。
そんな娘に一体何と言葉を懸けていいものか考えあぐねていると
「すっげ―――――っ!!!」
……認めるはしゃくだが、私ももういい年だからな。
耳が悪くなったのだろうか。
ああ、ついでに目もいかれているらしい。
目の前の少女はあらん限りに見開かれた目を、恐怖ならぬ好奇心できらきらと輝かせている。
これまで私の脳内で描きあがっていった、儚げな東洋の姫の肖像はガラガラと音を立てて崩れ落ちていった。
待ってくれ。
確かに地下の家のことを知っている口ぶりではあったが、そこに連れて来られることを期待していた様子はなかったぞっ。
それどころかお前は、私から逃げようとしたじゃないか。
何で今になって…………疲れる。
私の内心のため息がこの娘に伝わるはずもなく、時を追うごとに彼女の興奮は増していたった。
「すっごーいっっ生の地下の住処初めて見た!
うおお、本当に地下の家だ。
ダチョウの卵に船形のベッド…お母さんの家具のある部屋だよねここ!!!」
「どうしてそんなに詳しいんだ。」
あれか?ストーカーか?
この家に(切り穴)でも作って私の行動を逐一観察しているのか、お前は?
勿論そんなことはないと分かりきっている。
恐らく彼女は……世の法則を超えた存在なのだ。きっと。
まがい物の魔術を使う私や、星の動きから吉凶を読むロマの占い師、古くからの自然の因習に従い生きる魔女。
外見は極々平凡な人の子のように装っていても、彼女はそのどれにも当てはまらない。
魔法のランプの姫などと大人しいものではなく、エルフやロビン・グッドフェローのような妖精の系譜に名を連ねる出自なのだろう。
そう思えばこそ、このはちゃめちゃな言動も納得がいくではないか。
しかし、現段階ではそれすらもあくまで私の想像でしかない。
あらゆる真実を知りえているのは、この娘ただ1人しかいない。
幸い彼女は攻撃的でないし、何と美しいフランス語を話す。
お互いの会話に若干のズレは感じるが、礼を尽くして質問をすれば望む答えをくれるのではないのだろうか。
あなたは誰だ?何処から来た?何故、私を知っているのだ?
やっと落ち着きを取り戻した彼女は、居間のソファに腰掛けて。
私が振舞ったカフェを飲みながら、終に重い口を開いた。
「私はですね………。」