長編『無敵に恋するトリッパー』

□1・物語は突然に
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チャリーンッ ガラン、ガラン ペコッペコッ パンッパンッ

「世界が平和になりますように。

世界が平和になりますように。

世界が平和になりますように。」

「…ねえ、あんた本気で祈ってないでしょ?」

隣の友達は呆れて呟いた。

1物語は突然に

今日私は友達と近所の縁日にきている。

ちゃんとお賽銭も上げたし、お願い事もしたし。

ついでにおみくじも、頭の良くなる線香の煙もこれでもかというほど浴びた。

後は屋台めぐり堪能するだけだと、私が団子のパックを手にベンチに腰掛けて。

焼きそばを買いに行った友達を待っていると。

「……………。」

熱いっ、視線がもの凄く熱いぞ。

ひしひしと感じる目力に恐る恐る横に目を向けると、やっぱり。

いつの間にやってきたのか私の隣に1人の老人が座り込んでいて、恐ろしい真剣な目で私の持っているみたらし団子を見つめている。

真白な作務衣のような格好といい、長く伸びたこれまた真白な髯といい。

浮世離れした仙人のような雰囲気を纏っているじいちゃんが、視線にばかりあらんかぎりの俗世(食い気)を込めて私の団子を羨ましがっている。

これってやっぱり……食べたいってアピールなのかしら。

「あの。よかったら食べますか?」

あまりの前のめり姿勢に思わず私が手にした団子を勧めると、途端にじいちゃんはパッと目を輝かせた。

「なんと。いいのか?」

一応確認はとってきたけれど、きっとじいちゃんは今更駄目だなんて答えは微塵も考えていない顔だ。まさに食べる気満々。

まあ、良いも何もじいちゃんの視線があんまり熱烈すぎて食欲なんてとっくにどこかへ飛んでしまったしダイエットだと思えば、ね。

「ええ、まあ。」

曖昧な返事を愛想笑いで誤魔化しながら私がじいちゃんの方にパックを差し出したけれども。

見ればその時点で団子は既にパックの中に入っていないじゃないっっ。

そして代わりに隣のじいちゃんが満足そうに口を動かしている。

…口から3本の串が出てるって、漫画的な景色だよね。

あまりの早業に私が唖然として固まっていると、団子を食べ終えたであろうじいちゃんが、今度はその串を器用に1本ずつ地面に飛ばして遊んでいた(迷惑だよ)

スイカの種じゃないんだからさ。

「いやあ、それにしても感心な娘さんじゃ。

さっきの願い事といい、日本もまだまだ捨てたもんじゃないのう。」

全ての串を飛ばし終わって、やっと一息ついたのか。

満足そうに髯に付いた餡を拭いつつ、じいちゃんはおもむろに私に話しかけてきた。

唯一の俗気である食欲を満たされた彼は、口調こそ親しみがあるもののますます仙人じみた気配が強くなったように感じた。

いえ、神社なんだから神主さんが歩いていたって、作務衣姿の老人が団子を強請ったって殊更異常なことじゃないんだろうけれど。

何故かこのじいちゃん一人だけは、まるで黄門様が突然現代の日本にトリップしてきましたっ、というような妙な違和感が感じる。

うーむ、不思議なじいちゃんだね。

………ただし。残念なことに今、じいちゃんの正体はそこまで重要な問題じゃない。

寧ろ、問題は

「いっっ、聞いていたの!?」

あんな遊び心満点のお祈りをっっっ!?

突然の事態で、私が羞恥心から顔を赤らめると彼はこともなげに言い放った。

「それはもちろん。わし宛ての願い事は全て聞いておるよ。

ほら、神様の仕事じゃから。」

「ふーん、そうなんだ。神様なんだ。

で、じいちゃんどこのお宅の神様なのかな?

息子さんやらお嫁さんやらが困っているから早く帰ったほうがいいよ。」

「迷子とはなんじゃ失礼な。

十数メートル前に家があるのに帰れなくなるわけがないじゃろう。」

びしっとご老体が指差す先にあるのは期待どおりの、神社の本殿。

「はいはい。ちょっと迷子札ないの、迷子札?」

「むっ、おぬし信じておらんな。」

途端に彼は胡乱な目つきで私を睨んだ。けど、負けはしない。

信じてなくて、当たり前でしょ。

わし神様ですって言われて素直にそうですかっなんて思える訳がないじゃない。

大体この世に自分の縁日なのに団子も買えない神様がいるかってっっっ。

「おお、何じゃその痛い者を見るような視線はっ。

くそお、仕方がない。

では証拠におぬしの願いごとを1つだけかなえてやろうではないか。」

「ええ、じゃあ今すぐお宅に帰ってください。

そして私のことは忘れてください。」

ニッコリと生暖かい笑みを浮かべると、小癪にもじいちゃんは私以上にニッコリと笑い返してくる。

「そうか、行ってみたい世界があるのか。」

そんなこと言ってないよ。

っち。やはりBOKEているな、このご老人。

そして人の話を聞いていないっ。

「……家に帰ってくださいって言っているんです。

強いて言うならあなたと出会う前の平和な日常に帰りたいよ。」

「はー、何と言ったかの。最近耳が遠くてな。」

「嘘をつけっっっ。」

「さなえさんや、おやつはまだかね。」

こん〜のジジイはあああ。

良く考えたら私も老人相手にここまで熱くなる必要なかったんだけどね、しかしながらこの狸親父っぷりにはたまらない。

すっとぼけた表情といい、わざわざ耳の裏に手をあてがう小芝居といい、一々神経を逆なでしてくれるじゃない。

「くそっ、いいかげんに。」

普段は比較的温厚で通している私も終には怒って、思わずベンチを立ち上がる。

するとそれを察した狸じいさんはすかさず、泣き崩れる真似を始めるという顛末だ。

「おっおうっおうっ……すまんのう、さなえさん。

わしが至らないばかりに。

わかっとるんじゃよ、こんな年寄りの世話にちょっと疲れ果ててしまっているんじゃよな。おうおう。」

彼をそれこそを謀って演技しているんだろうけれど。

これじゃあまるで私が血も涙もない鬼嫁で、嫁ぎ先のおじいちゃんを苛めているみたいじゃない。

通行人に誤解されたらどうすのっっっ。

周りに人がいないってのがせめともの救いだけどさ……。

「さなえさんって誰?」

んっ?何で…。

「人がいない?」

この人口密度の高い縁日で、そんなことってあるかな?

ここでふと我に返った私は急いでベンチの横を眺める。

さっきまで子供達がはしゃいでいた金魚すくいのコーナーではいつのまにか店主もお客もいなくなって、水槽の中の金魚だけが悠々と泳いでいた。

その先の綿菓子屋ではすくい手を失った綿菓子が機械から溢れ出そうになってる。

向かいのイカ焼きの店は……特に変化なし。あそこはさっきから誰もいない。

私の無いに等しいボキャブラリーではこの時の恐怖心はどうやっても表現できないんだけど、ちょっと考えて欲ちょうだい。

ついさっきまで観光客であふれかえっていた神社の境内。

くたびれた感じのベンチに座り、たまたま隣に座った老人と話をしていて。

そして、ふと気付いた瞬間。

それまで居たはずの、いや現在進行形でいるはずの人間が誰一人としていなくなってしまったのだ。

その異常な出来事以外は全てが平穏そのもので、空にはのんびり鳶が飛んいでるし、主のいなくなったカキ氷屋の旗はひらひらと風に揺れている。

だがのどかな景色は、この状況では寧ろ恐怖を煽りしかしない。

「じいちゃ…。」

私がすがりつくような気持ちで隣に手を伸ばしたけれど、ちょこんと座っていたはずのご老体もまた居なかった。

いない、いない、いない。

私以外の誰も彼もが、いない。

あまりの事態に私が呆けたようにベンチに座っていると、どこからともなくじいちゃんの『声』が聞こえてきた。

同じ『声』なら、ファントムの『声』が良い……ん?

意外にまだ余裕があるね、私。

『団子の礼じゃ。

一年間お前さんの望む世界に連れて行ってやろうではないか。

よいか、一年じゃぞ。

一年後にまた迎えにいってやるから楽しんできなさい。

あっ。でも死亡保障は付いとらんから、その間に死んでもわしは知らんからの。

まあ、せいぜい頑張れ。ほっほっほっ。」

「おーい、ほっほっほっじゃないよ!!

保険もおりないデンジャラスな旅なんていらないからさっさと元に戻してええっ。」

「さなえさん晩飯は…。」

「だから誰だよっ、さなえさんって?」

最高に危険な状況のはずなのに、じいちゃんと話しているとついつい彼のペースに引っ張り込まれてしまう。

こんなことしてる場合じゃないのにっ。

と考えつつ条件反射で立ち上がった私が声に聞こえてきた虚空に向かって叫ぶと。

ほぼ同時にそれまで全くノーマークだった神社の境内がものすごい勢いで光った。

辺りを真白に染め上げた強烈な白光は、私にも容赦なく襲い掛かってくる。

くっ、目がぁぁ。

団子あげたのにこの扱い!?訴えてや……へっ。

落ちるっううう!!!!!
 

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