Novel 1st
□謝罪
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その部屋に入ったときにまず感じたのは、むせ返るようなアルコール臭だった。
机の上に置かれていたウイスキーはすでに空で、その他にも奥のバーカウンターにあったのだろう空瓶が大量に見てとれた。
机に突っ伏すようにソファーに沈む自らの上司はその手に飲みかけのグラスを掴んだままだった。
「…メグミちゃん」
その近くに寄って呼び掛ける。
こんな時にも大きなサングラスを外さない北虹はその声に反応してか、僅かに身じろぎした。
「メグミちゃん、風邪ひくぜー…」
机の上の大量の空瓶を眺めながら再び呼び掛ける。
今度は反応すら返ってこない。
腕で隠されて顔は見えないが、この様子から見てかなり酔っているのではないかと思う。
…まさか彼のこんな姿を見ることになるとは思わなかった。
別にそのまま放置しても問題はないのだが、それだと虚西サンが後々に五月蝿いだろうと判断して、南師はとりあえず北虹を部屋に帰そうと考えた。
死せる神の部屋から死神幹部の執務室は繋がっているため、運ぶのに苦労はしないはず。
蛇柄のかわったスーツを着込んだ肩に触れると、思ったよりもずっとその肩は細かった。
「メグミちゃん」
返事はない。
完全に寝入ってしまったのか、反応すらしない。
そっと、長い髪に触れる。
ふわふわして柔らかいかと思っていた黒髪は、なんだか荒れてぱさぱさしているように感じた。
こんなの触れてみるまでわからなかった。
いままで触れたことなんてなかったから、わかるはずもない。
そしてそれを知った瞬間どうしようもなく彼が弱々しく見えてしまって。
そうだ、
彼はまだ二十代の若さでこの街を統括して。
ストレスやらなんやらたまらないはずがないではないか。
辺りに散らばった空き瓶が、それを象徴していた。
「メグミちゃん」
何度目かの呼びかけ。
返事や反応はやっぱり無くて。
でもむしろ今はそれがありがたいような気がした。
「いつもごめんな」
こんな言葉。
彼の前では言えないから。
【謝罪】
―…でも貴方は俺を見てはくれない。
→おまけ・後書き