Novel 1st
□後悔
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部屋に入ると貴方が眠っていた。
柔らかな銀髪に低位同調された幼い身体。
美しい紫の瞳は閉じられて、長い睫毛が縁取る瞼の奥にあった。
ソファーの片隅でひじ掛けに頬杖をかいて、静かに寝息をたてる自らの上司。
敬愛するコンポーザー。
「何故、ここに」
思わず言葉が漏れた。
普段どこにいるとも知れない彼がこんなところにいるなんて。
予想外の出来事だったから。
このまま放置する訳にもいかない。
こんなところにいつまでもいたら風邪をひいてしまうかもしれないし、煙草を吸う人間のいるこの場所は空気も悪い。
だがその高貴な身体に触れるなんて度胸は自分にはなくて、どうすることもできずにその隣に腰掛けた。
横から下から、さらさらと水の音がする。
それ以外は何の音もしない場所。
いつもの場所なのに、いつもの場所ではない。
何故なら、隣に貴方がいるから。
ちらりと隣をみる。
頬杖をついて眠る貴方。
そっと手をのばす。
近くて遠い貴方。
触れた肌は、白い顔は、自分の体温よりだいぶ冷たかった。
瞼が僅かに動いて、眠りから覚めそうな貴方。
慌てて離れる。
彼の座るソファーから飛びのくように距離をとった。
案の定、開きかけた瞼はもとのように閉じられて。
「…なにをしているんだ、私は。」
自分の行動が信じられない。
触れた。
触れてしまった。
汚してしまった。
高貴な貴方を。
こんな、こんな小さな存在のくせに。
触れてしまった。
貴方に。
後悔の念が後から後から押し寄せる。
何故自分はこんな事をしたのか。
ほとんど無意識だったような気もする。
触れた頬の微妙な体温がまだ手に残っていて。
その僅かな体温が犯した罪を象徴しているような気になる。
口から謝罪の言葉が漏れる。
こんな薄っぺらい言葉なんてなんの意味もないのに。
「そんなに気にする事ないのに」
ふいに声が聞こえて振り返ると、貴方がこちらを見ていた。
頬杖をついて。
足を組んで。
紫の瞳をこちらに向けて。
「僕はそんなに大それた存在じゃないよ。」
浮かべられた悪戯っ子のような微笑みが、美しくて、美しくて。
違うんです、コンポーザー。
言葉が言いたくとも出てこない。
貴方は純潔で、高貴で、なにものにも変えがたい存在なんだ。
そんな事、言えもしないで。
ただ貴方の言葉に頷くことしかできなかった。
【後悔】
―…許されるのならば、貴方を抱きしめるのに。
→おまけ・後書き